その6
「ついに五冠王と対決できるぞ」
「お、おう!」
対決と言っても、指導対局だ。五冠王ともなれば倍率も高いので、岩田さんに頼み込んで何とかしてもらった。魔王を押し付けられたのだ、これぐらいのコネは使ってもバチは当たらないだろう。
イベントでの5面指し。魔王には4枚落ちで挑むように言ってある。最近の急成長で、僕相手には4枚落ちで互角の戦いができるようになっているのだ。
「いやいやどうもどうも」
五冠王が部屋に入ってきた。その視線が、魔王へと向かうのが分かった。かっと目を見開き、口角がぐっと上がった。
「はいはい、どうしましょうかね」
順番に手合いを聞いていく五冠王。だが、魔王の前に来て、こう言った。
「君は平手にしましょう」
「4枚落ちがいいと教わったのだが」
「いいのかな。こんなチャンスはめったにないのに」
「わかった。平手で」
なんと、五冠王と魔王の対局は平手になってしまった。現時点では、勝負になるわけがない。
対局が始まり、魔王は定跡の形をちゃんと指していた。だが、なんと五冠王の方から定跡にない手を指してきたのだ。明らかに、指導対局の指し方ではない。
「むむむ」
「ふふふ、悩んでね」
形勢は、どんどん五冠王が良くなっていく。当たり前だ、プロ棋士でもなかなか勝てない人なんだから。
魔王の角が、ふらふらと揺れている。翼が、少し開いたように見える。
「つかみ取らねば、ならんのだ」
金が、思いもよらないところに打たれた。まさか魔法で作り出したのでは、と思ったが数えたら盤上には四枚しかない。それほどまでに、打つとは思わなかった金だ。何取りでもない。玉を守っているわけでもない。けれども、相手の攻めのいくつかを防いでいる。逆転するのはさすがに無理だが、いい手に見えた。
「そうこなくては」
五冠王は笑っていた。そして、そこから一切手を抜かずに、勝ち切った。
「負けました……だ……」
今回は赤べこではなかった。深々と下げた頭を、なかなかあげなかった。
「すじはいい。早く、ここまで来てね。人間との戦いは、そろそろ飽きてきたから」
まるで、獲物を前にしながら、食べるのを楽しみに待っている猛獣のような目つきだった。
「どうだった?」
「強すぎる。貴様には悪いが、何倍も強かった」
「……だろうね」
五冠王はよく、人間離れしていると言われる。実際、魔王と対峙している姿を見ても、魔王よりも怖かった。あの人は、本当に人間離れしている。
「より一層、勝ちたくなった。俺は、将棋で本当の王になりたい」
「うん。魔王なら、できるかもしれない。そうだ」
「どうした」
「あれ、もう一回しようか。今度は、急がず」
「何の話だ」
「この前やったじゃない。飛ぶんだよ」
「怖がっていただろう」
「今日は、大丈夫な気がする」
「そうか。よし、俺もそういう気分だ」
魔王は僕を小脇に抱えると、翼を大きく広げた。数歩の助走の後、飛び立ち、どんどんと高度を上げた。
こうして、力を解放させていけばいい。僕は見たくなったのだ。あの五冠王が、余裕をなくすところを。
「ぐええ……でもやっぱりこええ……」
別に一人で飛んでもらえばよかったんじゃないか、と気が付いた時には、スカイツリーよりも高いところにいたのであった。
魔王はタイトルに含まれますか? 清水らくは @shimizurakuha
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