月を剪った鋏

安良巻祐介

 月を剪った鋏、青黒く光っている。

 卓の上で、鋏はぢんと冷えている。


 知らぬ顔をしているが、噛み合わせた刃にぬらぬらと薄青いバタを光らしているから、言い逃れはできないのだ。


 星みずくな夜空の中天で、かつての真円は、いつからか綺麗な半分になっていた。


 半月事件、と新聞は報じた。

 ムーン・エスケイピスト、とラジオはわめいた。

 探偵が何人も雇われ、メーン・ストリートや噴水の回りを、ありもしない影と幾度も駆けていった。


 そうやって、あちこち犯人捜しをして、世間もいい加減手詰まりになった処で、マアフィの法則というやつ、まさか、我が家の卓上にすまし顔とは。


 今こそ両の刃を行儀よく閉じて、知らぬ顔の半兵衛を決め込んではいるが、大博物誌の片隅に、鳥に似た足跡を残していたのが運の尽き。


 手近な真綿でこっそりと包み、刃の乾かぬうちに締め上げて、剪り落とした月の半分を、溶けきる前にせしめてみせよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

月を剪った鋏 安良巻祐介 @aramaki88

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ