ほぼ魔王。〜読み切りサイズ2《異世界転生編》〜
ぎょっぴー
グレゴリウス、転生する。
我が名はグレゴリウス。
魔族だ。
今は訳あって、人間どもが作りあげた凶悪な組織『冒険者ギルド』を壊滅させるべく、先日、長年勤めた魔王城をあとにしている。
いつの日か、魔族が笑って過ごせる世界の訪れを夢見て……。
◇
「腹が、減った……」
魔王城を出立して二日。
我はようやく魔王領と人間領の国境である魔の谷デスバレーまで来ていた。
魔の谷デスバレーの底の見えない崖っぷちに腰を掛け、我は束の間の休息を取ることにする。
「そう言えば、この深い谷の底は『異界』に繋がっているなどと言われていたな……」
どうせそんなもの、闇に怯えた臆病な人間どもが、作り上げたくだらない噂話だろうが。
我は『ふん』と鼻を鳴らす。
「しかし、人間どもから『地獄のグレゴリウス』と恐れられたバンパイアロードであり、魔王軍の近衛騎士団長を長年務めた魔貴族の筆頭公爵である我が、まさかこのような殺風景な場所で羽を休めることになるとはな」
まぁ、こういうのもまた、旅の一興ではあるのだが……。
ーーぐるるぅうぅぅ……ーー
「それにしても、腹が減った……」
我は飢えていた。
辺りを見渡しても、魔猪ボアはおろか野うさぎ一匹いない。
明日には国境を越え、人間どもの街にたどり着ける。
そこなら、冒険者の血肉にありつけるはずなのだが。
空腹。
冒険者の怯える悲鳴。
恐怖にゆがむ顔。
最高の食事ではないか……!!
もう少しの間の辛抱……である。
ーーぐるるぅうぅぅ……ーー
そんな想像をしながら、我はいつの間にか、暗い谷底に誘われるように、深く眠りに落ちていった。
◇
「……じちゃん。おじちゃん」
「……ん……む?……?……?ここは、どこだ?」
旅の疲れが祟ったのか。
どうやら我は、いつのまにか眠りに落ちていたようだ。
「あ!おじちゃん生きてたよ、ママ!」
「ほんとだ、よかった。私たちがこの"公園"に来た時から、ずっとこのベンチで寝てたから、死んでるんじゃないかと思ってヒヤヒヤしてたんです」
……?
……様子がおかしい。
我はたしか、魔の谷デスバレーで休憩をしていたはずだが。
寝ぼけているのか……?
それとも寝返った際、深い谷の底に落ち、頭でも打ったのか?
あるいは、人間のかけた幻術かもしれない……。
ふん、姑息な人間の考えそうなことだ。
「きゃはは。おじちゃん、寝ぼけてるの?ここは公園だよ」
なぬ、公園だと?
……ふむ。
確かに、緑の生い茂った広場のようだ。
人間どもには居心地の良さそうな場所であるな。
「大丈夫?白い顔して、顔色悪いよ?」
「お前は……誰だ?」
見たところ人間の親子、母と娘のようだ。
……と言うか、この親子は我を、バンパイアを知らんのか?
バンパイアの肌は、もともと凍るような白さなのだ。
それを顔色が悪いとは……。
いくら子どもとは言え、魔貴族筆頭公爵の我に対して無礼ではないか。
それに意図せずとは言え、この人間の親子は、我の眠りを妨げたのだ。
……いい度胸をしているな、人間め。
ちょうどいい。腹も減っていたところだ。
子どもの罪は親の責任。
子どもは生かしておいてやるが、母親のほうは、我の腹の足しにしてやろう。
旬は過ぎているだろうが、まだまだ美味そうな女ではある。
「聞くがいい、人間ども。我が名はグレゴリウス。元魔王軍近衛騎士団長であり『地獄のグレゴリウス』と恐れられ……」
ーーぐるるぅうぅぅ……ーー
うっ、い、いかん!
腹が減りすぎて、口上の途中で腹が鳴ってしまったではないか!
「おじちゃん、お腹すいてるの??」
うっ……!
魔族は食わねど高楊枝。
こ、ここは一つ、三叉魔狼ケルベロスの鳴き真似でもして誤魔化すか。
「グ、グルルルウゥ」
「あははは。よかったら、私たちと夜ご飯でもご一緒しませんか?悪い人ではなさそうだし、娘も気にしてるようなので」
「なぬ……夜…ご飯だと?」
「ええ。近くに行きつけの焼き鳥屋があるの。ご迷惑じゃなければだけど」
「やったー!行こうよ、行こうよおじちゃん!」
ーーぐるるぅうぅぅ……ーー
「…………」
◇
「へい、らっしゃい!……って、誰かと思ったら、久しぶりじゃねえか、ネエちゃん」
「こんにちは、お久しぶり大将」
「なんだぁ?しばらく見ねぇと思ったら。こんないい男引っ掛けてやがってよ。ちょっと顔色悪いが、なかなかイケメンじゃねぇか?」
「あはは。そんなんじゃないわよ」
ふぅ……我としたことが。
人間に気を許したつもりはないのだが、あれよあれよと言う前に、こんな所に連れて来られてしまった。
なかなか強引な女である。
まぁ、魔族であれ人間であれ、女という生き物は強き男と交わり、子孫を残したいと願うものだ。
我を誘惑したくなるのも、無理はない。
宿命とは言え、モテる男とは辛いものだな。
「ここの焼き鳥屋のネギマ、超おいしいのよ。大将、ネギマ3人前、それからあれとこれと……」
「あいよぉ!」
しかし、この親子も店主のオヤジも、バンパイアロードである我を見て驚かぬのか。
もしかすると此奴らは、相当腕に自信のある冒険者かもしれぬ。
……あるいは、我を油断させておいて、どこかに潜ませた仲間に我を狙わせる、そんなところだろう。
ふっ。
隠れるのが上手い冒険者のようだが、今回は相手が悪かったな。
我はかつて魔王の右腕であり、魔王直属近衛騎士団長にして、『地獄のグレゴリウス』と恐れられたバンパイアロードだ。
たとえSランクと言われる冒険者であっても、我にとっては、捻り潰すことなど造作もない!
「……念のため、もう一度言っておくぞ。我が名はグレゴリウスだぞ」
「グレ…ゴリ?」
「あぁ。グレゴリウスだ」
「ふーん。あ、私ユキナって言います」
なっ…………!
ば、ばかなっ……?!
我の名を聞いても顔色一つ変えぬとは?!
コヤツはかけ出しの初心者冒険者なのか!?
それともただの馬鹿なのか?!
い、いや、違う……。
我が名を聞いても、まったく動じないこの余裕は、まさか……まさか……!!??
勇者!!!??
「フ、フハ………フハハハ!そうか、そういうことか!女であることに騙されておったわ!女勇者よ、正体見破ったり!」
「へ??ちょ……どうしたの、急に?」
「グレゴリおじちゃん!あたしの名前は麻央(まお)って言うの!」
「なっ!?ま、ま…………」
魔王だとおぉおおぉぉぉ?!!
な、なんだこの小娘はっ……?!
畏れ多くも『魔王』を語るなど、正気の沙汰ではない!
「う、うん。ま……麻央(まお)だよ」
つまらぬジョークだ!
勇者の娘だからと言って、冗談半分で『魔王』を僭称するなど、命知らずにもほどがある!
それ相応の報いを受けさせねばならぬっ!!
「き、ききき貴様!一度ならず二度までも魔王を名の……」
「へぇー、麻央(まお)ちゃんかい?大きくなったねぇー!前に来た時はもっとおチビちゃんだったのに」
「え〜?麻央(まお)、全然覚えてないよ〜?」
「ガハハハ!そうかいそうかい。へい、お待ち!ネギマ3人前ね!」
「さあ、どんどん食べてね!グレゴリくんも遠慮なく、さぁさぁ!」
「グ、グレゴリ……くん……?!」
母親の女は手をパチンと合わせて、我の前に皿を差し出す。
ーーぐるるぅうぅぅ……ーー
「お、女勇者よ。我は食にはうるさい方だぞ………」
ふん、ネギマとか言ったな。
どうせこれには、毒でも入っているのだろう。
だが甘いな、女勇者よ。
我に人間の作った毒など、効きはしないのだ。
よし、ここからは我のターンだ……!
見えすいた罠だが、ここはひとつ、引っかかってやるとしよう。
そしてこの女勇者とその娘を油断させ、腹の内を暴いてやるのだ!
パクッ、モグモグ……。
ふははは、パクッパクッ、どうだ、勇者よ、パクッパクッ、甘かったな!
我に毒は効かぬぞ?パクッ、どうだ?!
「どう?おいしいでしょ?」
モグモグ、甘い!!甘いわ!勇者よ!
ふははは!!
モグモグ、甘い!あま……う、うま……
あ、うまい……
え?うま……
モグモグ……。
「どうだ。うめぇだろ。うちの焼き鳥は。地鶏を炭火で焼いてるし、秘伝のタレを使ってっからよぉ。さぁ、どんどん食ってくれ」
「……うまい……」
「でしょー?!ここのネギマは最っ高なのよ!」
「あ、ああ、悔しいが、うまい……ロック鳥よりうまい」
「あん?ロク腸?どこの部位だぁそりゃ?」
む?
もしやここの店主のオヤジは、ロック鳥を知らないのか?
「ロック鳥だ。食ったことないのか?」
「さぁ……聞いたこともねぇな」
魔王城の北方に高くそびえる山脈の頂上。
そこに生息するロック鳥の丸焼きは、人間世界でも超がつくほど有名なはずだが。
見たところ、人間の60歳ほどの店主だが……気の毒なことだ。
60年も生きておきながら、ロック鳥を食べたことがないだけでなく、存在すら知らぬとは。
無知とは恥ずかしいものだな。
「しかし、このネギマと言うものも、なかなかに美味であるぞ。魔王城の宮廷料理長ヴェルヌーブに教えてやりたいぐらいだ」
「あん?ゔぇる……な、なんかよく分かんねぇけど、気に入ったならよかった。どんどん食ってくれ。へい、泡盛お待ち!」
ふん。
どうせ、ネギマとやらを沢山食わせておき、我の動きを鈍らせたところで、隠れていた仲間に我を襲わせる作戦なのだろう、女勇者よ。
モグモグ……むぐっ?!!
「うっ……!!」
「ど、どうしたの?喉に詰まったの!?」
わ、我としたことが。
ネギマとやらのあまりの美味しさに、ついつい喉に詰まらせてしまったではないか。
ハッ!
こ、これがもしや、女勇者の策略なのか!
恐るべし、女勇者!
「むぐっ……く、苦しい……か、貸せ!その水を、我に寄越すのだ!」
「あっ!それは泡盛……!」
我は女勇者が持つグラスを奪い、中の水を一気に飲み干した。
「ゴクッ……ゴクッ……うっっ!!」
バタンッ…………。
◇
時刻は午後11時過ぎ。
明日からは平日である。
そのせいもあってか、人気の焼き鳥屋であっても、客の引けは早い。
ユキナは勘定を済ませると、いつの間にか眠ってしまった麻央を抱き上げる。
「まぁ……女手ひとつで、色々と大変かもしんねぇがよ。麻央ちゃんを大事に育ててやんな」
「はい。ありがとうございます、大将。ご馳走さまでした」
「またいつでも来なよ!」
ユキナは店主に丁寧に頭を下げ、店を後にした。
「あれぇ?やきとりはー?」
店を出てすぐ、ユキナの腕の中で目が覚めた麻央は、不思議そうに顔を上げた。
「あら。起きたのね、麻央」
「うん。やきとりおいしかったね!また行こうね!」
「うん、おいしかったね。ホントに……おいしかった……」
「あれ?ママ、泣いてるの?」
麻央が心配そうにユキナの顔を覗き込む。
「うううん……」
「どうしたの?ママ、何で泣いてるの?」
「……あの焼き鳥屋ね、あの時、あの人と食べたあの味と、全然変わってなかったから……」
ユキナは涙を拭いながら、麻央に微笑みかける。
「あの人ぉ?あの人ってだぁれ?パぁパー?」
「……うううん。何でもない。また来年もお墓参りに来たときに、焼き鳥食べに来ようね!」
「うん!」
ユキナは麻央をギュッと抱きしめた後、優しく下ろして手を繋いだ。
「あれぇー?ママ、グレゴリさんはー?」
「グレ……ゴリさん?」
「うん、グレゴリさん」
「うふふ。グレゴリさんって、誰かしら?」
「えー?グレゴリさんだよー。ちょっとだけ顔色が悪いけど、イケメンで面白いヒトー!あれぇ?どこ行ったんだろ……」
(うふふ。麻央ったら。何か楽しい夢でも見てたみたいね)
◇
「う……ん?ここは……魔の谷デスバレー?」
目が覚めると、我は深い谷の淵で横になっていた。
夢か……。
夢だな。
どうやら我は、おかしな夢を見ていたようだ。
ふん……。
魔族に対し、あんな親切な人間がいるはずがない。
ましてや、あの女は勇者。
魔族である我にいつ攻撃を仕掛けようかと、ずっと期をうかがっていたはずだ。
だが、なぜだ?
夢からは覚めたはずだ。
なのになぜ。
我の『心』と『腹』は満たされたままなのだ……。
……不思議な夢である。
「女勇者よ……。ネギマ、美味であったぞ」
ほぼ魔王。〜読み切りサイズ2《異世界転生編》〜 ぎょっぴー @gyoppy
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