「転逃」って何ですか?
K-enterprise
遮二無二
「キミにはその能力を与えよう」
そんな声に目を開けてみると、そこには「転逃」という文字が浮かんで、しばらくしたら消えた。
「…転逃ってなに?」
「後はその石碑でいろいろ決めるがよい。では良い人生をな」
声の主は僕の質問には答えず、それきり気配も消え去り、一辺が五メートルほどの立方体の部屋に僕一人だけが存在している。
部屋の中は明るく、気温もちょうどよく、マッパな状態でもなければ問題も無いのかもしれないが…いや、なんだこの状態は!
頭の中を検索しても、常識的なこと以外のパーソナルな部分が何も思い出せない。
名前も、どこで生きていたのか、そして何故こんなところにいるのか。
なんとなく、体が弱かったな~とか、そのせいで辛い思いをしたな~という感情の残滓のようなものは残っているみたいだけど、今現在はそんな事より、これからの事だ!
部屋の中にはドアも無く、中央に高さが1.5メートルほどの、一辺が30cmほどの石柱があるだけだ。
さっきの声は石碑でいろいろ決めろと言っていたか。
近寄ると、滑らかな表面に文字が浮かんでいた。
○名前
○特性:転逃(発揮時選択効果極大)
○職業:▽
○スキル:▽
○魔法:▽
○武器:▽
○祝福:▽
○ポイント:100
と表示があり、名前と特性以外はその横にプルダウンメニューが開く仕様だ。
「キャラメイクかよ…つまり、ここが仮想現実的なゲームの世界じゃないなら、転移なり転生ってとこか」
僕は前世の記憶も無いまま、死から次の人生への通過点にいるみたいだ。
『名前』と『特性』は何も反応が無い。
『特性』の(発揮時選択効果極大)というのは説明なのだろう。「転逃」とやらを発揮すると、下で選んだ項目の効果が倍になるという事だろうか。
説明している雰囲気だが、関連が全く分からないし、そもそも何を発揮すればいいのか、使用方法が分からなければ効果の確認だって出来やしない。
とりあえず他の項目を確認してみる。
『職業』の欄は、「凡人:0」「業界人:40」「教育者:50」「創造者:20」「先人:30」「タフガイ:30」「遊び人:20」など、意味の分からないモノも含め100種類以上もある。
横の数字は恐らく、必要ポイントなのだろう。
「…これ、取説って無いの?」
ヘルプや?ボタンを探し、画面の四隅を長押ししたり、ヘイ!と声掛けしても何も誰も反応してくれない。
気を取り直し『スキル』欄を見ると、「記憶特化:10」「並列思考:20」「万夫不当:80」「謙遜低頭:2」「不徳姦淫:60」と四字熟語のオンパレードだ。中には「万事解決:200」など、所有ポイント以上の選択肢もある。
こちらも保留だな。
次は『魔法』。
「時刻:10」「直感:10」「豪胆:10」「孤高:20」「執念:10」「話術:20」「視力:10」「聴力:10」「器用:20」「走力:30」などなど、人の持つ特性を向上させるといったところか。つーか魔法の定義ってなんなんだろう?
『武器』は、「竹刀:20」「薙刀:30」「無手:30」「棒:10」「鞭:50」「銃:70」「手榴弾:30」「小刀:20」といった具合だ。
これを選択すると実物が手に入るというのだろうか。
仮に銃を選んだとして、弾は付いてくるのだろうか?
最後の『祝福』は「金運:60」「子宝:20」「良縁:60」「親友:30」「環境:50」「健康:40」…こんな感じだ。
う~む。僕の知っている異世界転生モノとは勝手が違うようだ。
まあ、キャラメイクもチートも無く放り出される設定も多くあったからな、何かしらの底上げが出来るのはありがたい。のだが。
行く先の情報が無いのが困る、どころか切実だ。
せめて、転生なんだか転移なんだかステータスやレベルの有無、魔法や生きるための手段、そもそも、なんでマッパなんだよ。異世界言語、マジックバッグ、鑑定のチート三点セットは無いのかよ!
としばらく激高に身を任せ落ち着いてからキャラメイクに戻る。
文句ばかり言ってもしょうがないもんな。
ここは一つ、感謝の気持ちで挑もうじゃないか。
『職業』は「努力人:20」を選んでみる。
個人的な主観だが、偶発的な成功よりも、裏付けのある成功がいいなと感じられたのだ。結果に結びつく行為、それがきちんと出来るのがこの「努力人」なのではないかな。できれば、努力を続けられ、努力が報われやすい、そんな効果もあると嬉しい。
職業は一つしか選べないみたいで、「努力人」を選んだら他の選択肢はグレー表記になり、画面の一番下に決定ボタンが現れた。
全項目の一番下ということは、これを押すとここでの作業が終了になってしまうのだろう。
ま、職業も選び直しはまだ出来るみたいだしな。次だ次。
『スキル』はポイント残がある限りいくつでも選択できるみたいだ。スキル名の隣に四角いチェックボックスがあり、それを押すと選択済みとなる。
「並列思考:10」「七転八起:10」を選ぶ。
危機に直面した時になんとなく役に立つのでは?という理由だ。
『魔法』も複数選択が可能だ。
残りは60ポイント。
「直感:10」「視力:10」「予知:20」を選ぶ。
これも全般的に危機回避に重点を置いているな。特に視覚情報は五感の中でも一番比率が多いのと、ずっと裸眼でいられたらいいなと。ひょっとしたらこれまでメガネで苦労した経験でもあるのかも知れない。
『武器』は「棒:10」にした。
どんな武器が現れるのか、またはそれを造り出す能力なのか分からない以上、ギャンブルは出来ない。
ただどんな効果があるのか確認するために一番低いポイントの中から選んだ。
残り10ポイントで『祝福』から「家族:10」を選ぶ。
予想では、この祝福というやつは、自分ではどうしようもない外的な要素なのではないかと想像している。
他力本願は本意ではないので、一番ポイントの少ない中から選んでみた、だけだ。
さて、これでポイントは全部振った訳で見直そうとも思ったが、結局どんな選択をしたところでこの先が分からない以上再考の余地は無い。
軽い気持ちで「決定」ボタンを押す。
まばゆい光に包まれ、せめて「本当にこれでいいですか?」くらい聞いてもいいんじゃないのか?と思ったのが最後の記憶となった。
○●○●
「っていう夢を見たんだよ」
「…お兄ちゃんはちょっとゲームや本の影響を受け過ぎていると思うんだよ」
「そうねぇ、家族の仲がいいからその理由づけを無意識にしてみたのかも?」
「それにな、なんだっけ、努力人だっけ?あんまり報われているとも思えんからなあ」
朝食の席、先ほど見た夢の話をすると、妹と母と父からそれぞれお言葉をいただく。
「ってお兄ちゃんもうこんな時間だよ!急がなきゃ!」
そんな妹の言葉で、僕の長い話に付き合ってくれていた家族がそれぞれ動き出す。
僕も慌ただしく準備を整え、妹と一緒に「行ってきまーす」と家を出る。
「紗江はさ、さっきの僕の夢って、やっぱり変だと思う?」
「う~ん、変っていうかただの夢だよね?よく覚えているなぁとは思うけど、内容的にピンとこないっていうか」
そう、夢にしてはハッキリしすぎていて、まるで昨晩そんな経験をしたくらいの明晰感を伴っている。
「そうなんだよな…努力人で、並列思考、七転八起、直感、視力、これは合ってるな、それと予知…」
「武器は棒」くすくすと笑われた。
「うるさいな、ひょっとしたら棒を持たせたら強いかも知れないじゃないか」
「ゲームとかの序盤みたいだね、ひのきの棒だっけ」
「くっ、…それにしても確認しようがないものばっかりだなぁ」
「並列思考なんて実際に出来ていたって比較できないもんね。実際、数学の問題と国語の問題を同時に解いてみるとか?」
「夢の中ではいいなと思ったんだよ。戦いながら活路を見出すとかさ」
「そっかそっか、家族を守るために戦い、成長し続けるって構成だもんね。で?転生先がこの平和な地球でしたと。そりゃあ今の今までもらった力を実感できなくても仕方ないね」
普段から仲が良い兄妹ではあるが、今日はやけにご機嫌に見える。いや、単純に僕の提供した夢物語をいじっているだけか。
僕たちが通う高校の前、歩行者の信号が青に変わり横断する直前、僕は妹の腕を引く。
「どうしたの?お兄ちゃん」
直後、信号無視の車が僕らの眼前を通り過ぎて行った。
風圧で巻き上がった妹の髪が戻ってもその場を動けなかった。
「あ、ありがとお兄ちゃん!私全然分かんなかったよ」
と、紗江は少し震えながら僕を見上げて言った。
「ああ、危なかったな…」
僕には何も見えていなかった。
体が勝手に動いただけだ。まるで予知したかのように。
放課後、繁華街にある本屋に寄って帰る途中、なんとなく川沿いの道を選ぶ。
散り始めた桜並木が並ぶ道は、ところどころ工事中で人影も少ない。
薄暗くなる時刻、工事をする人たちも引き上げた後で、資材が積まれている空き地に数人の男女の姿があった。
絡んでいる三人の男子と、絡まれている二人の女子。そしてその女子は。
「お兄ちゃん!」紗江でした。
「おやおやお兄さんのお迎えですか?ま、妹さんの方はお兄さんと帰れば?俺たちはそっちの彼女と遊ぶからさ」
男たちの視線が妹と、その隣の、確か相良さんと言ったっけ、二人の胸のあたりに向いている。ああ、下卑た顔ってこういう顔のことなんだ。
「ちょっ、どこ見てんのよ!」
豊乳と貧乳の好みはあるだろうが、この三人は前者を好むようだ。
「いいから、行こうぜ」と相良さんに手を伸ばそうとする男Aの手を紗江がひっぱたく。
「痛てぇな!何しやがる!」
「触んないでよ!」
おびえた感じの、いかにも文学少女的な相良さんを庇う紗江。
僕はその間に何をしていたかというと、工事現場にある、両端が輪っかになっていてコーンに刺せるようになっている進入禁止のポールを手に取っていた。
長さは1.5メートルほどのプラスチック製だ。
再び掴みかかろうとした男Aの拳を輪っかで捉え、ひねり上げる。
「痛てててて、ちょっ痛いって」
男Bと男Cが「おい、やめろよ」とこちらに向かってくる。
男Aを解放しながらその場でポールを旋回させ、僕に近い男Bの眼前でぴたりと止める。
「ヒッ」っと声を上げ後ずさり、そのまま三人とも立ち去って行った。
「…お兄ちゃん、すごい…え?どうしたの大丈夫?」
僕は今になって、小鹿の様に足が震えていた。
「こ、怖かった」
「はあ、もう、しょうがないなぁ」と紗江は体を支えてくれる。
「あ、ありがとうございました!お兄さん、すごい動きでしたけど、武術とか何かやってたんですか?」
「いやいや、なんも。お兄ちゃんがケンカしたとこなんて…あ、まあとにかく弱いのは私が保証する、うん」
「くっ、否定できない…」何よりまだ震えが止まらない。
「とにかく帰ろ」
紗江の言葉で大通りに向けて歩き出す。
その途中で絡まれた経緯を聞く。
桜並木を見に行って、カラオケしようと声掛けられた、ただのナンパだったみたいだ。
「ああいうの初めてじゃないし」
「いつも紗江ちゃんが追っ払ってくれてるもんね」
嬉しそうに話す相良さんを自宅まで送り、僕たちも帰路に着く。
「…今日はありがと」
「ん?ああ最後が格好悪かったけどな」
「朝も、さっきもカッコよかったよ。…ねえ、なんで私たちが絡まれてるところに来れたの?」
「…直感としか」
「…もしかして、朝の夢って…」
「うん。ひょっとしたら僕に備わっている才能を夢が教えてくれたのかも」
ポールを持った時、何も考えずに体が勝手に動いていた。つまりは『武器』とは、適正のことなのかも知れない。
「…でもさ、じゃあなんで「努力人」とか「七転八起」とか、今までのお兄ちゃんはさ…」
「そうな、まあ「努力」も「七転八起」も足りて無かっただけかもな。…中学でバスケのレギュラーになれなかったのも、高校受験に失敗したのも、足りなかったんだよ。努力の足りない情けない兄貴だな」
「でも、小っちゃいころ、私をいじめっ子から助けてくれた…弱いのに、何度も立ち上がって、助けてくれたよ」
「そんなこともあったな…じゃあ「七転八起」もクリアしているのかな?」
「…お兄ちゃん。最初に何を授かったって言ってたっけ?」
ホント、なんだかんだ言って僕の言う与太話を結構真剣に聞いてくれてたんだな。
「えっと、「転逃」異世界転移の「転」に逃げるの「逃」って、テンヒなんて読んでいたけど、今思えば漢字じゃなかったんだろうな。当て字なのかな?意味分かんないよな」
「…テンヒ、転と逃、テンがニゲル…」
紗江は深い思考に入り、二人の沈黙は帰宅するまで続いた。
食後は家族全員でテレビで映画を観たり、お菓子を食べたりするのだが、紗江は考え事!と言って早々に自室にこもってしまった。
両親とは隠し事をしない約束もあり、今日の出来事を一人で話しながら、紗江の事や夢の事を考えていた。
入浴を済ませ自室で勉強をしていると、紗江がノックと共に入室してきた。まあいつものことだ。
「どした?」
「…お兄ちゃん、今から言う事、笑わない?」
「事と次第による」
「じゃあ、笑わないで」
「善処する」
「あのね」と何やらメモ用紙を見せてくる。
そこには、転と逃の文字と、その下に、車、二、ム、逃と文字が並ぶ。
「なんだこれ?」
「読んでみて」
「くるま「音読み」…しゃ?」すぐに訂正が入り言い直す。
「続けて」
「しゃ、に、む、とう「訓読み」…に?」またしても訂正。
「続けて」
「しゃにむに」
「…そういうことなんじゃないのかな?」
「遮二無二?」
「うん」
「言葉遊びかよ!なんでもありだな神様!」
「ホントの事は分かんないけどさ、でもバスケの時は、怪我もあったし、どっかで諦めてたよね?」
「……」
「受験だって、ホントは推薦で行けるはずだったのに、他の部員に譲って、いざとなれば家に近い私立でいいかって本気じゃなかったよね」
「……遮二無二って、一生懸命みたいな意味だっけ?」
「一つの事に全力を出すとか、がむしゃら、とかだって」
「…夢の中でさ、この転逃って、発揮時選択効果極大ってあったんだ。つまり僕が遮二無二に頑張れば、努力人も並列思考も七転八起も直感も視力…は大丈夫か、それと予知も」
「棒も!」
「…あ、うん、棒も、全部もっと使えるようになるかも知れないってことだよな!」
「自分だけの力で、異世界でもやって行けそうだね」
満面の笑みでそんな返しをしてくれる妹を、本当に嬉しく思った。
あの時の選択で、僕は自己責任を基準に考えた。
そして今日、僕は自分の才能を活かして行けるのだと思えた。それがこじつけの解釈なのかも知れないけど、これからの「遮二無二」な努力で確信に変えてみせるよ。
でな、紗江、僕はやっぱりこう思うんだ。
あの時最後に選んだ『祝福』が無ければ、僕はきっと、そんな気付きにすら至らなかったんだって。
「転逃」って何ですか? K-enterprise @wanmoo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます