第33話 イモの蔓延の始まり

「馬鹿かお前は」

 王様がが俺に呆れている。

「なんでソレなの⁉ 寵愛が! 寵愛が~!」

 バジリアは眉間に皺をぎゅうぎゅう寄せて俺を睨んだ。

 イモの祝福を受ける代償として貞操を誓ったのだが、彼女たちには不満なようだ。

「一生、童……清い身体でいるのは俺にとって難しいことじゃないからさ。むしろ全く縁のないものだし、ポテチへの情熱に比べれば、俺のせ、性欲なんて些末な問題だろ?」

「私の性欲は些末ではないぞ」

 アイブラスの声は低く、ちょっと不機嫌みたいだ。

「陛下と俺じゃ、意味が違いますから当然ですよ。あくまで俺の話ですから」

「鈍いミオも愛いと思っていたが、ここまでとはな。では、お前の性欲が些末な問題だとなぜ思う? 説明しろ」

「うーん、生々しいことは言いたくないんだけど……あのさ、前にいた世界で教えてもらったんだ。男でも四十代に入れば、子どもをつくるにあたっていろんな困難があるんだって。バイトで働いでたスーパーのおばちゃんたちいわく、個人差はあるものの四十代に入れば何をどうしても役に立たなくなるって残念そうに言ってた。使わないと三十代で使えなくなるわってアドバイスされたのも覚えてる」

「……ほう、それで?」

 たっぷりの間とともに促される。支配者みというのか、さすがアイブラスは王様だなーとしみじみ感心してしまった。

「個人差があるとはいえ、使わないままなら十年か二十年すれば性欲はなくなる、もしくは『使えなくなる』らしいんだ。だけど『食』は一生ものだろ? ライフバランスを考えれば、食に重点を置くのは当然だよ! それに子孫を残すことにも興味ないし。俺、自分一人で精いっぱいだもん‼」

「使えなくなるはともかく、『使わない』ってどこまでのことをいうのかしら?」

 首をひねるバジリアには、そこはあまり詮索しないでくれと頼んでおく。これ以上、女性の前で『使わない』意味の詳細を語りたくない。

「私がお前に夜這いをかけたら、お前は『イモの祝福』のために断るのか」

 お前呼びされて、ちょっと背中がゾクゾクした。怖いとは違うんだけど……なんだろ? 

 ともかくやっぱり陛下は不機嫌だ。だけど機嫌が悪いほど陛下の美貌が一層際立って見惚れてしまう。

 睨むのが似合うというか、見下ろされて幸せだな~と余計な雑念が浮かんでしまった。

「おい、ミオ。不敬だと殺したりしないから正直に言え」

 急かされ、ぼうっと呆けてしまっていたことに気付く。っていうか、殺すパターンあったの⁉

「えっとその……もし万が一、そんな気まぐれを陛下がお持ちになったら……遠慮させていただくかと」

 名前で呼べと言われていたけど、思わず陛下呼びに戻してしまった。

 美女の夜這いとイモならさ、選ぶのは決まってるでしょ。

 だってイモだよ? イモを前にすればどんな美人でも霞む。それに食料増産が成功すれば王さまだって喜んでくれるはずだ。

 ムッとした表情の陛下を見上げる。

 私の夜這いを断るとは無礼者! とかなんとか言って叱られるのを想像したらドキドキしてしまった。そんな日は来ないだろうが、もし夜這いに来てくれたら叱ってほしいなと期待してしまう。

 これってもしやトキメキってやつか?

 俺の人生において、胸が高鳴るなんて身体的変調は収穫間近のイモ畑に対して感じものであって、可能性ゼロの、中身も姿形も全て完璧な美女に感じていいものじゃない気がする。

「そこまでイモが大事なら好きなだけ励め。前にミオがねだっていたカスももうすぐ届く。」

「魚油の絞りカスですね! ありがとうございます‼」

「ミオ様、カスを陛下におねだりになった噂は本当だったのですね……」

 色々諦めた顔をしたバジリアが呆れた声を上げる。

「噂になってた?」

「バジリア、気兼ねせず正直に言え。市井の声を聞きたい」

 良くない反応だったのだろう。陛下に促されたバジリアが渋々答える。

「クソの次はカスをねだったらしいと、人々は面白がって噂しています。さらに貧民に頼んでゴミも集めていると知って……ミオ様の近況は人々の娯楽のようになっています」

 ゴミと言っているのは、貝殻のことだろう。酒場や街角でゲラゲラ笑う人々が目に浮かぶ。

 バールさんをはじめとした貧民と呼ばれる人たちや、隣りのターニャさんのような人たちが大きな口を開けて笑っているのを想像したら、お城で笑われたときとは違って、なぜだか俺も笑顔になった。

「次は噂で笑われるんじゃなくて、イモで笑顔にさせたいね」

「そうだな、ミオ」

 陛下が俺に手を差し伸べる。立ち上がらせてもらい、彼女と同じ目線で見つめ合う。

「そういう野望には是非私も加担させてください」

 バジリアも立ち上がり、三人で微笑み合った。


 祝福を受けたその日以降、イモの葉枯れは止まった。

 また、農場の小川を渡った向こうに、来客用の家や警備兵の宿舎が建てられることになった。

 貞操を守る誓いは伏せられたが、樽のごとき救国の乙女が祝福を受けたニュースは国中を巡り、アイブラス王の寵愛っぷりが明白になったことで、長期的に見ても乙女への警護は必要だと判断されたらしい。(忘れてるかもしれないけど、乙女は俺のことです)

 ちなみにバジリアが自腹で建てた小さな家は、ここから遠くはないが適度に人が近寄らない土地だ。色々と後ろめたい都合があるので、隣りのターニャさんから紹介してもらったらしい。

 貧民たちと俺だけでは心もとないからと、近隣の農家さんも手伝ってくれることになった。

 この農場に人が増えたことで、近隣から農産物を買い上げることが増え、その商機を掴もうとした何人かが自分から申し出たそうだ。

 イモに興味はないが、気に入られれば、自分たちの商売につながると思ってくれたのだろう。

 糞尿を使用した下肥には拒否感があるものの、貝殻の粉末や魚のカスを畑に撒く農法にについては興味を持ってくれているそうで、感触は悪くない。

 バジリアはイモの蔓延の始まりだと、少し俺とは違うものの、意気込んでいる。


 そんなあれこれが決められた後、アイブラスは休養を終えて王城へ帰っていった。

 週末は必ず来るからそのつもりで待っていろという言葉は小言のようだが、俺にくすぐったい喜びを与えてくれた。

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悪徳魔女から転生した俺はイモでこの国を滅亡に導きます あめみや飴 @amemiya_ame

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