第54話 デートの帰り道に真白から事件発生の連絡が入りました

「はい。オッケーです。文人さん、行きましょうか♪」


「うん」

 美術館を出た僕たちはその後街に出ると、いっぱい美味しいものを食べ、いっぱい遊んで普段なかなか仕事が上手くいかない鬱憤を発散した。


「ん?」

 夕方になりショッピングモールの本屋へ行き、恒例である紹介した本の反響チェックを済ませると、本屋を出たところであるものが僕の目に入った。


「あれは……個展?」

 フロアの隅にブースが設置され、個人で描いたと思われる絵がたくさん飾られていたのだ。


「ああ、そこのお客さん、もし良ければ見て行きませんかな?」

「ああ、はい……」


 するとブースの前にいた主催者と思われる、人当たりが良さそうで気品を感じる初老の男性と目が合い、声をかけられて僕は言われるままブースの中に入る。


「うわあ、凄い……」

「お上手です……」


「はっはっは、ありがとうございます」

 そして近くで絵を見た僕と巫子は感嘆の声を上げ、それを見た老紳士は満足そうに笑みを浮かべた。


 僕たちが見ているのは海と空しか描かれていない風景画。


 他の絵も動物や物だけを描いたシンプルな構図のものばかりだけど、素人の僕でも上手いと分かるくらい巧みで繊細な色遣いをしている。


 それだけではなく写真のように実物に忠実に描いているが、写真とはまた違う趣や存在感があった。


 こういうものを魂が宿っていると言うか「生きている絵」と呼ぶのかもしれない。


「私は若い頃画家を目指しておりましてな。でも才能がなくて美大に入ることができず、一度夢を諦めて就職することにしたんです。そして定年を迎えて家で退屈な日々を過ごしていると、忘れていた絵への情熱が甦り再び絵を描こうと思ったわけです」


「なるほど、数十年越しの夢への挑戦ですね。素敵です♪」


「いえいえ、夢だなんてそんな大層なものではありませんよ」

 僕たちに褒められて謙遜しながらも気を良くしたのか、老紳士は自分語りを始めた。


「そして知り合いがこのショッピングモールに勤めている縁で、無理を言ってここで個展を開かせてもらったのですが、やはり才能がないからか、朝から誰も足を止めてくれずこの有り様で……」


「才能がないなんて、そんなことないですよ。私たち、たまたま午前中美術館に行ってゴッホの絵を見てきたんですけど、おじい様の絵も全然負けていませんよ♪」


 笑顔から一転暗い表情をしてため息を吐く老紳士に、巫子がフォローを入れる。


 老紳士の言う通り、今ここで絵を見ているのは僕たちだけで、近くを歩いている客は一切目を向けることなく通り過ぎていた。


 僕だって、今日美術館に行ってなければ気に留めることはなかっただろう。


「ほほう、そうでしたか。それを聞くと何だかお見せするのが恥ずかしくなってきましたな。ゴッホに比べると私の絵なんか子供のお遊びで――」


「そんなことありません!」

「お、お嬢さん?」

 すると巫子が自嘲する老紳士の言葉を怒鳴り気味に遮った。


「芸術で大事なのは上手いかどうかではなく、見た人の心を動かしたかどうかです! 私、美術館で見たゴッホの絵よりもおじい様の絵の方が感動しました。だって心を込めて描いているのが分かるし、本当に絵が好きなんだってこともしっかりと伝わってきましたから! おじい様だって、子供さんが一生懸命描いた絵や唄った歌に感動したことがあるはずです!」


「お嬢さん……」

 巫子の熱弁に心を打たれたのか、老紳士は呆然と佇む。


「……そうだ! 私、おじい様の絵を買います! おいくらですか?」


「え、ええっ!? えっと1枚5000円ですが……」


 さらに巫子は言葉だけじゃないと言うように財布を取り出し、老紳士は困惑しながらも値段を言う。


「5000円ですね。それじゃあ……あれとこれの2枚ください!」

「は、はい! かしこまりました!」


 すると巫子はブース内を見回し、持ち帰りしやすそうな小さめの絵を2枚指差すと、老紳士に絵を袋に入れてもらい1万円を支払った。


「これでおじい様は生前のゴッホを超える偉大な画家になりましたね♪」


「お嬢さん……本当にありがとうございます。おかげでこれからも胸を張って絵を描いていくことができそうです。あなたのことは一生忘れません」


 巫子の心意気に、感激した老紳士が目に嬉し涙を浮かべる。


「いえいえ、こちらこそ素敵な絵をありがとうございました。家に帰ったら大切に飾らせてもらいますね♪ 頑張ってください♪」


 こうして僕たちは何度も頭を下げて感謝する老紳士に見送られながらショッピングモールを後にした。


◆◆◆


「さて、帰ろうか?」

「はい♪」

 ショッピングモールを出た後、ファミレスで夕食を済ませた僕たちは、電車に乗り最寄り駅まで戻ってきた。


 タッタッタッタッタ……


 ドン!


「うわっ!?」

「きゃっ!?」

 駅を出ようとした瞬間、走りながら入ってきた女性と出会い頭にぶつかってしまった。


「す、すみません。大丈夫ですか?」

「ああ、はい。あたしは大丈夫……って、ええっ!?」

 僕が謝ると、同じく謝ろうとした女性が僕を見て驚きの声を上げる。


「ふ、文人!?」

「……ええっ!? ま、舞子!?」

 僕とぶつかった女性は舞子だった。


 何か、前にもこんなことがあった気がするな。


「……ん?」

 すると僕は舞子の不審な点に気づく。

 舞子はなぜか私服ではなくスーツ姿だった。


「今から仕事? それとも接待や飲み会かな? 大変だね土曜の夜なのに」

「え、えっと……」


 ピンポンパンポーン♪


『まもなく、2番乗り場に、電車が参ります』


 舞子が僕にどう答えようか困っているような顔をしていると、助け船を出すかのようにアナウンスが流れてくる。


「あっ、ヤバッ! ごめん! 悪いけどあたし急いでるから!」

 

「あっ!? 舞子!?」

 そして舞子は僕の相手をしている暇はないと言うように、焦りながら磁気カードを自動改札機にかざして中に入り、ホームへ向かって走って行った。


「行っちゃった……」

「お姉ちゃん、どうしたんでしょうか?」


 ピリリリリリリッ♪


「ん?」

 僕と巫子が呆然としていると、突然僕のスマートフォンが鳴る。


「真白だ」

「真白さん?」

 電話をかけてきた相手は真白だった。


 ピッ!


「もしもし?」

「あ、文人? 私私、休みのところゴメン。聞いて聞いて大ニュース! 今すぐネットニュースのトップ記事を見て!」


「ネットニュース?」

「何でしょう? 見てみますね」

 いつになく興奮している真白に僕は異様な雰囲気を感じながら、隣で巫子がスマートフォンを取り出してネットニュースを開く。


「……っ!? ふ、文人さん大変です!」

 すると巫子の表情が緊迫したものに変わり、表示されている画面を僕に見せた。


「何々……ええっ!?」

 そして僕も驚きの声を上げる。


『自動車業界に激震! 帝国自動車、安全装置の検査データ改ざんが発覚! 数百万台のリコール発生か!?』


「巫子、帝国自動車って……」

「……はい。お姉ちゃんが働いている会社です」

 それは舞子が働いている自動車会社の不祥事のニュースだった。

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無名の頃から応援している人気VTuberが元カノの妹のSSS級大和撫子だった件 山下ひろかず @yamasita-hirokazu

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