第53話 スランプに陥ったので気分転換のために巫子とデートに行くことになりました

「これじゃあダメね。やり直し」

「えええ……まだダメなのお……」

 渾身のプロローグをあっさりと真白に却下されて僕は絶望する。


 金曜日の定時直前。

 プロローグを書き始めて今日で10日目になるが、未だに真白からオッケーをもらえずにいた。


 突き返される度に新しいアイデアを考えなければいけない苦行に、僕は次第に何が正解なのか分からなくなり、迷走し始めて頭がおかしくなりそうになっていた。


「もういいじゃん。まあまあの数書いたし、その中で真白が一番良いと思ったものを選んでオッケーにしてよ……」


「何を言ってるのよ文人。小説投稿サイトの読者を舐めちゃダメよ」

 僕が泣き事を言うと真白の目つきが厳しくなる。


「ねえ文人、初対面の人と話す時、上手く言葉では説明できないけど何となく、2、3分で優しいとか頭が良いとかその人がどういう人なのか大体分かるわよね?」


「うん、分かるね。多分だけど人相とか話し方とか、今まで会ってきた人の傾向から予測できるんだろうね」


「それと同じで小説投稿サイトの読者は多い人で1000作品以上、下手をすれば出版社の編集者よりも多くの小説を読んでいて目が肥えてるの! だから妥協やおかしな点があったらすぐに気づく! 無料だから、相手が一般人だからって甘えちゃダメ! 出版社の編集者に読まれると思って死ぬ気で書きなさい!」


「は、はい。分かりました……」

 真白の正論に完膚なきまでに論破された僕は委縮して俯く。


 始める前に「締め切りがない代わりに厳しくいく」って言ってたけど、これは予想以上だ。


 僕がこの地獄から解放される日はくるのだろうか……。


「……あら? もうこんな時間なのね? 今日はここまでにして続きは来週にしましょ。お疲れ様」


「はあい、お疲れ様あ……」

 ふと時計を見た真白が終業を告げると、僕はガックリと肩を落としながら巫子と一緒に真白の部屋を出た。


◆◆◆


 バタン!


「うわあああん! 巫子おおおおっ! 今日も真白にいっぱいダメ出しされたよおおおおっ!!」


 僕の部屋に帰りドアを閉めた瞬間、僕は年上の男としての威厳を完全に捨て去り、巫子に泣きついて巫子の大きな胸に顔を埋める。


「うんうん。見てましたよ。辛かったですね♪」

 巫子はそんな僕を見て、呆れることも情けなく思うことも嫌がることもなく、優しく僕を抱きしめ頭を撫でて慰めてくれた。


「うう、やっぱり僕って才能ないのかな……」


「そんなことないですよ。文人さんは天才です。この前真白さんが言ったように今が一番重要な部分なので簡単にオッケーが出せないだけです。ここさえ乗り切れば後は楽なので頑張りましょう♪ 私で良ければいくらでも応援しますから♪」


「……うん。ありがとう巫子。僕、頑張るよ」

 巫子の母性に癒され、さらに励ましの言葉をかけてくれたことで、心が折れそうになっていた僕は何とか自分を奮い立たせる。


 ああ、巫子って本当に優しいなあ……。

 もう幸せ過ぎて無理。大好き。結婚して。


 この小説がベストセラーになったらプロポーズするから、もう少しだけ待っててね。


「とりあえず明日から休みですし、一度辛いことは忘れて気分転換にデートに出掛けませんか?」


「いいね! でも、どこに行く?」

 巫子の魅力的な提案に僕は飛びつき、顔を上げるがすぐに考え込む。


 巫子とデートする日はいつも、朝から晩までビッシリとスケジュールを詰め込んでいたため、既に近場で定番のデートスポットはほとんど制覇してしまっていたのだ。


「そうですねえ……もし文人さんに行きたい場所がないなら、私が決めてもいいですか?」


「うん。いいよ。というか僕としてはその方が助かるかな?」


「分かりました♪ 明日の朝までに考えておきますね。さて、心はデートで元気になるとして、次は美味しいものを食べて体を元気にしましょう。晩ご飯を作ってきますね♪」


「うん。よろしく。楽しみにしてるよ」

 話がまとまると巫子は僕から離れて手を洗い、エプロンを着けてキッチンに立った。


◆◆◆


「うわあ、迫力のある絵がいっぱいですねえ……」

「そうだね。画力もそうだけど、大きさの時点で存在感があるなあ……」


 縦横数メートルにわたる大きな絵を前に、僕と巫子は圧倒される。


 翌日、巫子がデートに指定した場所は、まさかの美術館だった。


 理由を聞くと、僕がプロローグのアイデアに困っているということで、インスピレーションというか感性に何か良い刺激を与えられたらいいなという巫子の配慮だった。


「ゴッホの絵は絵の具を重ねる『厚塗り』の筆跡が特徴的で、絵なのに微妙に表面に凹凸があることで立体感があって、さらに距離を変えると少しずつ色の見え方が変わり、何とも言えない幻想的な雰囲気を醸し出してとても素敵なんですよ♪」


「そ、そうなんだ……」

 この日の美術館で行われていた催し物は「ゴッホ展」で、下調べしてきたのか巫子が熱心に解説してくれるが、絵画に疎い僕には何がどう凄いのか全然分からない。


 もしかすると何も言われずに出されたら、風格を出すのが上手い小学生が描いた絵だと思ったかもしれない。


 せめて『ひまわり』のような名前を聞いたことがある絵があれば「おおっ! これがあの有名な!」と巫子と一緒に盛り上がれたんだけど……。


「文人さん、知ってますか? 一説によるとゴッホの絵は、ゴッホが生きているうちに1枚しか売れなかったらしいですよ♪」


「えっ!? そうなの!? 日本人の僕でも知ってるくらいだし、生きてる時から世界的に評価されている天才だと思ってた」


 すると巫子が意外な事実を教えてくれて僕は驚いた。


「そうですよね。でも美的感覚や芸術の評価は時代によって変わりますし、一点物や芸術家が亡くなって制作されなくなったことによる希少価値の要素もあるので、死後に評価される文化人も少なくないんですよ♪」


「そうなんだ?」


「それに不思議だと思いませんか?」

「ん? 何が?」


「絵の『内容』は変わってないのに、時間の流れによって二束三文だったものが何億円にもなるんですから」


「確かに……」


「結局芸術の評価というものは『品質』ではなく、権威のある人や多くの人が凄いと言ったことにより生まれる『付加価値』で決まるんです。他で言うなら宝石でしょうか? 実用性はないですけど、綺麗でみんなが欲しいと言うから価値があるんです♪」


「なるほど……」

 もうこれで何度目だろうか?


 巫子の語りに圧倒された僕は言われるまま相槌を打つ。


「そして私も同じです。チャンネル登録者がいなくなってしまったら私は元の無力な女の子に戻ってしまいます。これからも世に出るべき作品を送り出し世の中の人を喜ばせるために、私は結果を出し続けないといけないんです」


「……そっか、巫子は偉いなあ」

「えへへ♪」

 改めて巫子の小説紹介への想いを聞いたことで、感心した僕は巫子の頭を撫でた。


 同時に今の僕は、巫子に比べて本気度が足りないことを痛感する。


 前回聞いた時は一緒に仕事する前だったけど、毎日仕事する姿を見ている今だと言葉の重みが全然違ったのだ。


 今日ここにきて良かった。

 

 今の気持ちのまま仕事していたら「一生懸命やってダメだったんだから仕方ない」と甘さが出て、巫子の足を引っ張ったり迷惑をかけてしまっていたかもしれない。


 絶対に成功させてやる。

 巫子が本気なら、僕もパートナーとして同じくらいの覚悟を決めよう。

 僕は無言のまま闘志を燃やして誓った。


「さて、それでは次のブースに行きましょう。そこに展示されている作品は、流派が誕生するまでに複雑な時代背景や人間ドラマがあって――」


 その後も僕はお昼前まで、巫子の解説を聞きながら美術館の中を見て回った。


◆◆◆


最新話まで読んで戴きありがとうございました。


もし巫子みたいな優しいヒロイン好き!

真白いいぞ! もっとやれ!

文人頑張れ! 応援してるぞ!


思ってくださいましたら、

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