リトル・ブレス/かえる翼(「蒼葬の片」収録)

 我が家には、黒い片翼のモチーフが代々受け継がれている。手記によればその昔、「天裁」とのちに呼ばれる大規模な地殻変動のさらに前、東の荒野が灰で更地になる前で、母の血筋を今は亡き小国の姫君まで遡る。僕の先祖にあたる人は両翼を携えて求婚に参じたそうだが、その翼は「片や初めの真雪の如く清廉な白、片や高貴に佇む黒曜の艶めき」であったという。この数世紀の間に、ヒトは飛ぶ必要がなくなって、痛ましい宗教戦争なんかの歴史もあって、僕や家族友人の誰一人、背中には何もない。祖の時代にはヒトが翼を持って産まれ、しかしそれは進化の道行で戻り進みつする機能の名残として成長とともに散り痩せてなくなるのが常であったらしい。そんな中で僕の先祖が何故飛べるほどの両翼を持つことになったのか、おそらくは都合の悪い背景がいつもそうであるように、不自然に記述が抜け落ちているために知ることはできないが、翼の顛末についてはドラマチックに記されている。晩年、祖は病床に臥した。いよいよという時になって、黒い片翼が根本から剥がれ落ちた。熟した林檎が落ちるように、枯葉が枝から離れるように、あまりに自然に取れてしまったそれは、祖の身体にはうっすら痣を残しただけで傷つけることはなく、自身は硬化して再び動くことはなかったそうだ。その翼を有り難がって奉じ、守護存在の偶像を創り上げたのが、今日まで続いている。少年期の生意気盛りの僕は、まるで御伽だと片肘ついて聞いていたものだが、数十年に渡りヒトの翼を証明する遺産が発見され、一学究の徒として自らの眼でその一部を知ってからは転身、翼の神話を掘り返す身だ。東の荒野は灰に覆われ、果ても底もきりがない。

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【本文サンプル】蒼葬の片 言端 @koppamyginco

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