80%の気持ち

三枝 優

100%の気持ちは90%になった時に落胆するであろう

祥子は、山奥の温泉旅館に来ていた。

一人旅である。

日々のいろいろな雑念に疲れた心と体を癒すために来ている。

季節は秋。見事な紅葉である。


チェックインしたのち、まずは温泉に入った。

そのあと、食事までは時間があるので周囲を散策している。


旅館の通路では、年配の女性がイチョウの葉を竹ぼうきで掃いている。

「こんにちわ、見事な紅葉ですね」

「こんにちわ、ゆっくりされていますか?」

「えぇ、おかげさまで」


女性は掃き掃除をしているだが、ちょっといい加減なのか全部は掃ききれていない。

気になった祥子は聞いてみた。

「失礼ですけど、全部は葉っぱを掃いてしまわないんですね」

「えぇ、どうせすぐに落ちてきますしね」

確かに、話している間にも一つ・二つと落ち葉が落ちてきた。

「ですから、8割がた掃除すればいいことにしているんです。

 人の気持ちと一緒です」

「え?人の気持ち?」


「えぇ、昔から100%好きな人より80%好きな人のほうが良いって言いますでしょう?」

残念ながら初めて聞いた。

「すみません。初耳です。どうしてなんですか?」

「いや、私も聞いた話だから説明できるかわからないんですけど

 100%好きって、時間がたって90%に変わったらもう嫌になるってね。

 80%好きな場合、それが70%や60%になってもまだ好きって言えるって言いますよ。何事もほどほどがいいってね」

笑いながら、年配の女性は言う。

「そうですか・・」



部屋に戻って、お茶を飲みながら祥子は物思いにふけっていた。

祥子は、プロポーズをされていた。

相手は同じ職場の人。

嫌いではないが、100%好きかっていうと違う。

だから、プロポーズは断ろうかと思っていたのだ。


「100%より80%か・・」


祥子は、自分の過去を振り返る。

今までの自分は仕事も恋も100%を求めすぎていたと思った。

だから、心をギスギスとすり減らしてきたように思った。


ふう、と息をついて窓の外の景色を見る。

見事に紅葉した山々。

下を見ると、旅館の通路には点々と黄色い落ち葉が落ちている。


「これも綺麗なものね」


祥子の心はスッと少し軽くなった。

プロポーズの件、もう少し考えてみよう。

そう思い、新鮮な空気を大きく息を吸った。



(了)

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80%の気持ち 三枝 優 @7487sakuya

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