仮想と現実
久根 生白
第1話
誰もが一度は聞いたことがある、と言えるほど有名な説かはわからないけれど、シミュレーション仮説と言われるものがある。
平たく言うと、高次元の存在がプレイしているゲームの世界で、僕らはゲームのキャラクターである。という説だ。
僕はこの説がたまらなく好きで、いつも何かにつけてこの説に結びつけて考えようとしてしまう。
ただなんとなく生きていた。
将来なりたいものもなかったし、親が勧めるまま、友達に合わせるように学校や部活を決めた。
僕みたいなやる気の無いやつは、プレイヤーも“エンジョイ勢”か“ログイン勢”なのだろうと思う。
“ガチ勢”にプレイされている奴らはテストで学年トップを目指したり、部活で全国目指しているんだと思う。
今日も何となく入った美術部に向かう。
絵を描いている時だけ、シミュレーションの外側に居られる気がするからだ。
センスや技術が別段高いわけでもない。言ってしまえば並程度だ。
部室のドアを開け、独特で心地のいい匂いを感じる。
「お疲れ様です。」
挨拶だけ済ませ、自分の作業スペースへと足を運ぶ。
「おつかれー、今日も望美ちゃん学校にきてないんだってね。」
隣のクラスの優だ、いつも話かけてくる。
望美というのは、僕と家が近所の所謂幼馴染だ。
あいつは高校二年の一学期までは学校に来ていた。美術部だった。
特に仲が悪かったわけでもなく、よく一緒に帰ったりしていた。
「そうだな、何で来なくなったんだろうな。」
僕はそう返しながらも内心では“ログアウト”されたんだろうというふうに考えていた。
「お前、幼馴染なんだから様子くらい見に行ってやれよ。」
「そういう役回りは苦手なんだ、優が行ってきなよ。望美のこと好きだったろ。」
「もう行ってる。お母さんが出てきて会わせられない。って言われるんだよ。お前なら会えるんじゃないかと思うんだ。」
「気が向いたら行くよ。作業に集中しなよ。コンクール近いんだし。」
僕がそう言うと優は無言で作業に戻った。
「和希君、ちょっと頼まれごとをしてほしいんだけどいいかな?」
部長の咲先輩だ。
「内容によるので要件を話してください。」
「望美ちゃんにこの書類を届けてくれないかな?コンクールのチラシとか諸々なんだけど。」
絶対にタイミング考えたろ、この先輩。
「…わかりました。行きますよ。」
“ガチ勢”にプレイされている僕の苦手なタイプの先輩だ。断れない。
「今日は創作意欲が無くなったのでもう帰ります。ちゃんと届けるんで良いですよね。」
半ば強引に切り上げ、返事も待たずに部室を後にした。
「先輩も人が悪いっすよ、“フラグ”立ったじゃないですか。」
「これくらいしないと彼の“モチベ”は上がらないでしょう?もっとも、今の望美ちゃんがどういう状態なのかわからないけどね。」
僕は帰り道を少し逸れ、望美の家に向かっていた。
何故、二学期から来なくなってしまったのか。その疑問だけをずっと抱えながら。
僕は中学生まで望美が好きだった。いつも笑っていた、その笑顔を見ているだけで元気が出た。僕のやる気の源と言っても過言ではなかった。
そんな源が絶たれ、いつかネットの記事で見ていたシミュレーション仮説を信じるようになった。
何故、望美のプレイヤーは辞めてしまったのか。と考えるうちに物事に対する考え方が歪んでいった。
そんなことを考えていると、望美の家に着いた。
今更会ったところで何を話せばいいのか。上手の話せるのか。
不安は拭えないままインターホンを押す。
「はい。」
「和希です。」
「すぐに開けるわ、待っていて。」
望美のお母さんだ。
「いらっしゃい。今日はどうしたの?」
「美術部からこれを届けるように言われてきました。望美、元気ですか?」
「上がって、少し話してもらえるかしら。」
「…わかりました。」
望美の部屋へと案内される。
「和希君なら大丈夫かもしれないから、あとはお願いね。」
「え?後はお願いってどういうことですか?」
望美のお母さんは足早に去ってしまった。
一体どういうことなのか。
何とも言えない恐怖が全身を巡る。
なんだ?何が考えられる?クスリでもやって廃人化してるとかか?
考えても答えは出ない、確かめないことには何もわからない。
意を決してノックをした。
「望美、僕だ。和希だ。部屋に入っても良いか?」
少しの静寂に耐えられず再度声をかける。
「望美、開けるぞ?」
僕はそう言いながら、ドアノブを回す。
鍵はかかってないようだ。
ドアを開け、部屋の中を見渡す。
部屋というよりただ暗闇が広がっているだけのように見えるが、本当に望美はいるのか?
「望美?居るなら出てきてくれ。」
暗闇に声が吸い込まれていく。居ないのだろうか…。
中に入り、スマホで辺りを照らしてみる。
何も無い。
ベッドも。机も。クローゼットも。本棚も。
何も無い。
あるのはそこが何も無い事を示すかのように存在している壁のみ。
何故だ?意味がわからない。
「そうだ、望美のお母さんに…」
聞こう、そう考えて振り向いた時だった。
全てを確信した。
この世界はゲームだ。それを観測できていた人間が2人いる。
望美の母、先輩の2人だ。
明らかにこの一箇所のみバグが起きている。
そしてその領域に踏み入ったキャラクター自身も抜け出せなくなる。
気付いた時にはもう遅かった。
目に見える形で壁がある。そして壁抜けなんかも当然出来ない。
途方に暮れた。
アレからどのくらいの時間が経っただろうか。
眠くなってきた。この狭い空間の中で望美を探すために声を出し続けていた。
喉も渇いた、声ももう出す気力がない。
一眠りするか。こういう時、バグマップのまま眠る、セーブをすると一生出られなくなるよな…。
と考えるが早いか意識を失っていたらしい。
目覚めると元いた場所なのか、全くわからないほど普通の部屋で目が覚めた。
でも何故か見覚えがある。
望美の部屋なのか?
前に来た時と若干違うが、模様替えくらいするだろう。
「望美?そこに居るのか?」
確かに人間の気配はする。
が、どこから感じているのかわからない。
こういう時は何かフラグがあるはず。なんだ?
部屋をもう一度見渡し、あることに気付く。
「さっきはドアの向こうは真っ黒だったはず。」
来た道を帰り、違和感を覚えながらリビングまで辿り着く。
誰も居ない。気配はする。確実に見られている。
どこだ?誰だ?
「おい!見てるなら出てこいよ!なんだよこれ!」
当然返事などない。
もう一度望美の部屋に戻ることにした。
「和希、ありがとう。」
…え?
「私をちゃんと探してくれて。ありがとう。」
理解が追いつかない。
「バグに気付いたでしょ?この世界はゲームだって気付いたでしょ?」
本当にそうだったのか…?そうとしか思えなかったからそう解釈していただけだ。
「このバグはね、1人じゃ抜け出せなかったの。」
どういう意味だ。
「必ず誰かがここに囚われていないと、出口が塞がってしまう。そういうバグが“二学期の実装”で起きてしまっていた。」
あぁ、そういうことか。
「私のプレイヤーはそのバグでどうしようもなくなって諦めてしまった。言うなれば今の私はNPC。」
それで、どうして突然復旧したんだ?
「和希のプレイヤー、実はすごく有名な人?神様?みたいで。知ってる?あっちの世界でも動画配信とかあるみたいだよ。」
なんだよそれ。でも、この世界にもあるんだから“あっち”の世界にあっても不思議ではないのか…
「そうだね。それでこのバグに巻き込まれて、運営に問い合わせながら抜け道を探してたんだけど。修正の方が早く来たみたい。」
バグの抜け道を探す生配信をしてたから、大勢に見られてる感覚があったのか。
「これで元の世界に戻れるけれど、私はNPCになっちゃうから何もかもが並にしかならない。少し寂しいな。」
そう、なのか。残念だな。
「今こうしてる記憶もお互いに無くなる。身の回りだと咲先輩しか記憶が残らないと思う。」
そういえば、なんで先輩なんだ?
「咲先輩は運営側だよ、不正がないか、バグは起きてないか実際にプレイして確認しているの。」
なるほど、これで辻褄があったよ。
「私、忘れちゃうけど、これからのこと不安だし悲しいよ。」
望美、覚えてるか?僕ら2人揃ったら和希と望美で希望が生まれるって話してたこと。
「そんなこともあったね、幼稚園の時だっけ。」
それくらいだったな、漢字の意味を教えられて舞い上がってたんだと思う。今思い出しても恥ずかしいよ。
「希望が生まれて和やかで美しい日々が訪れたら良いなぁ。なんて。もし覚えてたら付き合おうよ、私たち。」
忘れちゃうんだから言うけど、僕は望美のこと好きだった。望美は僕なんかでいいの?
「僕なんかがいいの、そろそろ時間みたい。最後のチェックポイントまでロールバックされるから、どこまで戻るかわからないけど。忘れないでね。約束だよ。」
あぁ。また。
今日もコンクールの為、部活に向かう。
将来は国内でも有数の美大に行って世界でも評価されるようなアーティストになるのが夢だ。
その為にも今のうちから出来る事をしたい。感性を磨きたい。そういう一心で部活に励んでいる。
部室のドアを開けると、咲先輩、優、一年生が数名。望美がいる。
「お疲れ様です。」
「おう、おつかれー。」
優はいつも気だるそうな返事をする。
「お疲れ様、和希は今日も遅くなりそう?」
「望美、お疲れ。コンクール近いし、作品のブラッシュアップかな。」
「わかった。私もいっしょにいるよ。」
「ありがとう。付き合わせてごめんな。」
「そこ、部室内でイチャつくなー。」
「咲先輩、すみません…」
望美と話していると、咲先輩に絡まれた。やっぱり苦手だ。
「せっかくくっつけた…ら、見守り…うよ。」
「ここで弛ませちゃだめ。NPCと……がくっついたらどういう…が起きるのかしっか……取らないといけないの。」
優と先輩ってあんなに仲良かったっけ?
何をいてるか聞き取りづらいくらい小声でやり取りをしている。
今度、優を問い詰めよう。
そう思いながら、僕は筆を握った。
仮想と現実 久根 生白 @Nek203
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