An Orange Knocks the Door

 チラシの隙間から覗いた水道料金の督促状に、思わず「げっ」と漏らすも束の間、その下から滑り落ちた葉書の宛名におや、と首が傾いた。正確には、見慣れた筆跡の宛名が葉書に書かれているのを、初めて見たからだ。チラシの束は督促状もろともその辺に放り、葉書を拾う。半ば手癖でひっくり返すとどこの旅先にもよくあるポストカードというやつで、ヨーロッパ然としているがやはりどこかは判然としない、路地の階段が写っていた。その階段の下から三段目に、「トオル」。そして風景に重ねて、地に足のつかないあの筆跡で、初めて読む言葉ばかりが並んでいた。手紙を盗み見する趣味はなかったが、一度目に入ってしまった短いメッセージは、それこそ転がり落ちるオレンジのように、私の胸の階段をトントンと弾んで一番下で一回転した。「手紙は無事、君のところへ届き留まっているでしょうか」。手紙は無事だ。手紙は届いてはいる。留まってもいる。だけれども。

「君のところ、か」

 この場所はもう、残念ながら「君のところ」ではないのですよと、トオル氏に教える術はない。「君」が亡霊(仮)であるのかどうかを、確かめる術もまた、ない。大雑把な楽天家なりに思案し、私は「保留ゾーン」の便箋をまとめて掴みだした。

「ねえ幽霊さん!トオルが心配してるから手紙開けるけど祟んないでよ。「君」ってのがアンタのことで合ってんなら、今読んじゃってよね」

 そして躊躇わず、薄紅色の封を切る。外で春一番でも吹いたのか、大きく木の葉の擦れる音がして、一度だけカタンと窓が揺れた。きっと気のせいだろう。

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便りはいつも不時着_side;receiver 言端 @koppamyginco

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