俺の親友と幼馴染がストーカーだった

とおさー

公園

「おい、何やってんだよお前」

「うわっ⁉︎ って……なんだ、アキラか。ちょうどよかった」

「は?」

 ——休日の昼間

 特に当てもなく近所をふらふらと歩いていたら、公園の滑り台で双眼鏡を構える変態を発見した。近所の子どもたちが楽しそうに公園を駆け巡る中、ただ一人滑り台の上で佇んでいる。

 触らぬ神に祟りなし。本来であれば無視して通り過ぎるのだが、その人物があまりにも知り合いに似ていたため、俺は思わず近づいてしまった。そして声をかけてみると案の定、親友のオオヨウだった。オオヨウは訝しげな視線を向けてくる。

「お前まさか……」

 そして何やら疑いをかけてきた。はっきり言って意味が分からない。

 少なくとも滑り台の上で双眼鏡を構えている人間に疑われる筋合いはないはずだ。というか疑いたいのはこっちである。

 一体何を眺めていたのか?

 俺は目の前の不審者を問い詰める。

「オオヨウ、お前ここで何してんだよ?」

「何って……ストーカーだが?」

 オオヨウは当たり前のように呟いた。

「は?」

「何驚いた顔してんだよ? ストーカーに決まってんだろ。滑り台の上だぞ? 滑り台の上ですることなんてストーカーくらいしかないだろ。逆に何するんだよ?」

「いや普通に滑れよ」

 おかしいのは俺の方なのだろうか?

 いやそんなはずはない。おかしいのはオオヨウだ。行動も言動も全ておかしい。

 本当にこいつはオオヨウなのか? 

 そう思わざるを得なかった。

 オオヨウは学校では真面目でどちらかというと優等生だ。サッカー部に所属していて、後輩にも慕われている。

 そんなオオヨウがどうしてこんなアホずらで双眼鏡を持っているんだ?

 どうしてストーカーになってしまったんだ?

 俺は先ほどから気になっていたことを聞いてみる。

「お前がストーカーなのは分かったよ」

「おう!」

「なら誰のストーカーなんだ?」

「誰のって……そりゃあ本来なら誰にも教えたくねぇよ。好きな人を暴露するのと一緒だからな。恥ずかしいに決まってる。だからクラスメイト全員にも秘密にしてるんだよ。でもよぉ、親友のお前だけには特別に——」

「——やっぱいいわ。なんか長そうだし」

 はっきり言って面倒くさい。そして微妙にもじもじしているのが最高にキモい。

 今すぐ帰りたい衝動に駆られてきた。俺はこの場を立ち去るために方向転換する。

「じゃあ俺帰るわ」

「おい、ちょっと待て。誰をストーカーしてるか聞けよ」

「いやどうでもいいわ」

「逃さねーぞ」

 オオヨウは滑り台の上からジャンプして地面に着地すると、踵を返す俺の腕を掴んできた。

「いや滑れよ。なんで滑り台の上から飛んでんだよ。滑り台に謝れ!」

「何でお前がキレてんだよ。いいから、俺の話を聞け」

 そう言って滑り台の上まで誘導される。はっきり言って意味が分からなかった。

「じゃあ俺のストーカー相手を発表するぞ」

 そう宣言すると双眼鏡で公園付近のマンションの方を覗いた。

「俺はな…………ユキちゃんのストーカーをやらせてもらっている」

「そうか。まあ頑張れよ」

「アキラぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 オオヨウが話している隙をついた俺は滑り台を滑り降り、やつの静止を振り切って公園を立ち去った。しばらく俺の名前を連呼する声が聞こえてきたが、知らないふりをする。

「まったく、なんだったんだか」

 家に帰る途中、俺は頭の中を必死に整理していた。

「それにしてもユキちゃんか」

 ユキちゃんは同じクラスの女子で、いつも笑顔で明るい性格の持ち主だ。同じ中学のため少し交流があるが、昔からモテていたという印象が強い。だから彼女の名前を聞いてもそこまで驚かなかった。むしろ彼女ならと納得してしまうくらいだ。

 とはいえ本人からしてみればいい迷惑に違いない。少し気の毒だなと思いつつ、俺は次オオヨウがストーカーしているのを発見したら、問答無用で通報してやろうと決意したのだった。


※ ※ ※ ※


 ——翌日。

 気づいたら公園に足を運んでいた。本当は一日中家でゲームをする予定だったのだが、どうしても昨日の衝撃が忘れられず、居ても立っても居られなくなったのだ。

 ストーカーしている親友を見に行くという、とんでもない状況に多少困惑しながらも例の場所に向かう。

「ん?」

 滑り台の上に人影があった。

 今日もいるのかよ。

 そう思って近づいたらその人影は親友ではなく、別の人間であるということに気づいた。

 ……誰だ?

 本来なら他人に声をかけることなどないが、昨日の一件があったためどうしても気になってしまった。

 俺は恐る恐る階段を登ると、滑り台の上へ。

「……ん?」

 それからよく凝視してみると、不可解なことに知り合いによく似た人がカメラを構えていた。何やらマンションの方を撮影している。

 俺は思い切って声をかけてみた。

「おい、何やってんだよお前」

「うわっっっ⁉︎ って……なんだ、アキラ君か。ちょうどよかった」

「は?」

 一瞬デジャブなのかと錯覚した。昨日全く同じ場所で、全く同じリアクションをされたからだ。だがこいつはオオヨウではない。こいつは幼馴染のしゅんきだ。しゅんきとは幼稚園の時から仲が良く、高校も同じ。クラスは別だが今でもたまに連絡を取ったりしている。そんなしゅんきがまさか滑り台の上でカメラを構えているとは思わなかった。しかもオオヨウと同じ方向を見ている。何やら嫌な予感がした。

「アキラ君まさか……」

 するとなぜか向こうの方から疑いをかけてきた。何のことか全く分からないが、少なくとも滑り台の上でカメラを構えている人間に疑われる筋合いはないはずだ。というか疑いたいのはこっちである。

 一体何を撮っていたのか?

 俺は目の前の不審者を問い詰める。

「ここで何してんだよ?」

「何って……ストーカーだよ?」

 しゅんきは当たり前のように呟いた。

「は?」

「何驚いた顔してるの? ストーカーに決まってじゃん。滑り台の上だよ? 滑り台ですることなんてストーカーくらいしかないでしょ。逆に何ができるって言うの?」

「いや普通に滑れよ」

 こいつらは滑り台を何だと思っているのだろうか? 

 全くもって意味が分からない。行動も言動も全ておかしい。

 本当にこいつはしゅんきなのか?

 そう思わざるを得なかった。

 しゅんきは学校では真面目でどちらかというと優等生だ。野球部に所属していて、後輩にも慕われている。

 そんなしゅんきがどうしてこんなアホずらでカメラを構えているんだ?

 どうしてストーカーになってしまったんだ?

「お前がストーカーなのは分かったよ」

「うん!」

「なら誰のストーカーなんだ?」

「誰のってそれは……正直あまり言いたくはないんだけどね……」

「長くなりそうだな」

「ゆ、ユキちゃんのストーカーを勤めさせてもらってるよ……」

「あっ、意外と早かった」

 オオヨウのように渋られると覚悟していた。その予想に反してしゅんきはあっさりと答えたのだ。覚悟していただけに少し意外だった。

 それにしてもなるほど、ユキちゃんか。

 確かにユキちゃんは魅力的で——、

「って、お前もかよ!!!!!!!!」

 よりにもよってユキちゃんかよ。いや確かに同じ場所にいるからそうだとは思ったけどさ。実際に言われたら驚いてしまう。

 ちなみに、もう説明する必要はないだろうが、ユキちゃんは同じクラスの女子で、いつも笑顔で明るい性格の持ち主だ。中学生の時からかなりモテていて、高校生になった今もそれは変わらない。俺は嫌というほどそれを実感したからな。ちょうど二十四時間くらい前に。

 滑り台の上で望遠鏡を構えていた親友の姿を思い浮かべる。

「はぁ……」

「アキラ君どうしたの?」

「お前らのせいで疲れたんだよ。もう今日は帰るわ」

「それは残念。じゃあ記念に一枚撮るね?

「は?」

 パシャり、というシャッター音が公園に響く。続けざまに三枚ほど追加で撮られた。

「………………」

 俺はしゅんきからカメラを無言で奪い取ると、滑り台に向かって放り投げた。

 スルスルと滑ったカメラは鈍い音を立てて地面にぶつかる。しゅんきはその光景を見て発狂した。

「何するのさ!」

「これが滑り台の本来の使い方だ」

「絶対違うよ」


※ ※ ※


「はぁ……」

 ——翌日。

 月曜日ということもあり、俺は学校に向かっていた。だが足取りは重かった。学校には約二名ほどの変態がいるからだ。

 一人は同じクラスの親友——オオヨウ

 もう一人は幼稚園の時からの幼馴染——しゅんき。

 どちらも同じ公園で、同じ相手をストーカーするために、滑り台の上にいた。片方は双眼鏡を、もう片方はカメラを構えて……。

「なんで俺の周りにはこんなやつらしかいないんだ……」

 人を見る目がないのかもしれない。いやあるわけがない。もしあったら親友がストーカーだったり、幼馴染がストーカーだったりはしないだろう。

「って見る目がないにも程があるだろ!」

 もはや知り合いが全員ストーカーなんじゃないか? とさえ思えてくる。完全に疑心暗鬼になっていた。

「おーい! アキラくーん!」

 そんなこんなで下を向いて歩いていると、ちょうど公園付近で後ろから声をかけられた。誰かと思い振り向く。するとそこには元気いっぱいに手を振る、クラスの中心人物がいた。

 いや、もはや俺の悩みの中心人物といえるか。思えばこの二日間彼女のことばかり考えているからな。

 俺は駆け足でこちらに向かうユキちゃんに挨拶をした。

「おはよう」

「アキラくんおはよー」

 ユキちゃんは明るくそう言うと微笑んだ。可愛らしい笑顔だ。この笑顔で一体何人のストーカーを生み出したのだろうか。考えるだけで憂鬱になってくる。

 ユキちゃんは俺の隣に並ぶと、笑顔で話題を振ってくる。

「なんだがアキラくんとこうして二人で話すのは久しぶりだなー」

「たしかに」

「アキラくんは最近どう? 確か帰宅部だったよね? てっきり野球部に入ると思ってたよー」

「野球はもう中学の時に散々やったからさ、高校ではダラダラ過ごそうと思って」

「そうなんだ。まあそれはそれでアキラくんらしいかな」

 ふふっと笑うユキちゃん。なんだが昔に戻ったようだ。

 昔のことを思い出し、懐かしさを感じていると、ユキちゃんは少し俯いた。そして「はぁ……」と少しため息をつく。

「何かあったの?」

「うん。少し悩みがあってね。聞いてくれる?」

「もちろん」

 言った後に気づく。

 ……ん? 悩みってもしかしてアレじゃね?

 というか間違いなくアレだよな。どう考えてもそれとしか考えられない。

「実はさ……」

 俺はとても嫌な予感がしながらも彼女の言葉を待つ。全身から汗が噴き出るのを感じた。

「ここ最近不思議な視線を感じるんだよね。なんというか、ねっとりした視線っていうのかな? 学校ではともかく、家でも感じるから困っててさ。でもストーカーされるような心当たりは全くないし……。どうしよう? 私の勘違いだったらいいんだけど」

 うん、勘違いじゃないから安心して。少なくとも二つの視線は浴びているから。

 そう言いたかったが何とか堪えた。いくらあいつらが変態とはいえあれでも一応友達なのだ。大切な存在であることは間違いない。

 俺はあいつらとの思い出を振り返る。

 ……いや、やっぱりいいか。捕まるのもそれはそれで面白いかもしれない。俺は適当に応答する。

「勘違いだったらいいね」

「うん。そうだと信じたいかな。まあそもそも私なんかに付き纏う人はいないよね」

「……全然そんなことはないと思うけど。だってユキちゃんモテるし」

「えええええ? モテるって全然そんなことないよ!」

「いやモテてると思うよ。客観的に見て」

 主観的に見てもモテている。少なくとも二人からモテていることは間違いない。残念ながらこの二日間で俺は嫌というほどそれを実感した。

「アキラくんに面と向かってそう言われるとなんだか恥ずかしいな」

 ユキちゃんは顔を真っ赤にしていた。非常に可愛らしい姿だ。だが俺はそれどころではなかった。

 背後から視線を感じていたからだ。

 しかもその視線は二つ。公園から近い距離ということもあって、どこから向けられているものかは瞬時に分かった。

 俺は滑り台の方に視線を向ける。するとそこには、望遠鏡を構える変態と、カメラを構える変態の姿があった。顔までは見えないがおそらくオオヨウとしゅんきだろう。というかこの二人で間違いない。

「はぁ……」

 この状況はとてもまずい。

 ユキちゃんと二人で楽しそうに会話しながら登校している。やつらからはそう見えるはずだ。このままだと面倒くさいことになる。俺は何とかして奴らの監視圏内から逃れる術を考える。よし、とりあえず曲がるか。

「アキラくん? 学校はこっちだよ?」

 ユキちゃんは首を傾げる。本当の理由は話せるわけもないので俺は適当に言い訳した。

「少し遠回りしたい気分なんだ」

「そそそそそ、そうなんだね。じゃあ二人でゆっくり行こっか!」

 ユキちゃんは耳を赤くしながら上機嫌になった。口にはしていないが何となく視線を感じていたに違いない。その視線が無くなったからほっとしているのだろう。そう認識すると同様に俺もほっとした。ひとまずはやつらの監視網から逃れられた。このまま何事もなく学校にたどり着けると信じたい。

「そういえばさ、アキラくんは高校卒業したらどうするの? やっぱり進学?」

 ユキちゃんが様子を伺いながら聞いてきた。

「進学すると思う。特にやりたいこともないし」

「ふむふむ。なるほどねー」

「ユキちゃんは?」

「私も進学かな。アキラくんはどこの大学に行きたいの?」

「特に決めてないけど通える距離なら」

「随分と大雑把だね。でもアキラくんらしいや」

 楽しそうに笑う。その姿はとても魅力的だった。しかしそんな魅力的な姿をやつらたちが見逃すはずはない。

「…………」

 背後から視線を感じた。それどころか、耳を澄ますとシャッター音が聞こえてくる。間違いなくしゅんきだ。しゅんきが写真を撮りやがった。

「ユキちゃん!」

「なにかな? って近いよアキラくん⁉︎」

 俺は動揺している彼女の耳元で呟く。

「実はさっきからずっとつけられてる。二人いる」

「ええええええ⁉︎ 全然気づかなかったよ」

 彼女は驚いて目を見開いた。

「多分写真も撮られたと思う」

「どうしよう…………倒す?」

「いやそれはちょっと」

「じゃあ走って逃げちゃおうか?」

 彼女はニコニコしながら提案してくる。まるでいたずらをする子どものようだ。

「分かった。学校まで走れる?」

「大丈夫! 私これでも運動得意だから」

 胸を張り自身ありげにそう言った。

「じゃあ行くよ。せーので走ろう。せーの……」

 駆け出した。学校まではおよそ五百メートル。俺たちは二人並んで通学路を駆け抜ける。


※ ※ ※


 その後学校に着いた俺たちは何事もなく授業を受けていた。あいつらから何を言われるか心配だったが、何事もなく普段通りの態度で接してくる。それが逆に怖かった。

 そして昼休みの現在。俺は親友のオオヨウと昼食を食べている。同じ机で向かい合って。

「アキラ、進路希望調査は出したか? 俺は理系にすることにした。お前は?」

「……文系」

「そうか。できれは同じ方が良かったんだけどな。残念だ」

「……そうだな」

「おいアキラ、今日のお前何か元気ないぞ。どうしたんだよ? 何かあったのか?」

「何かあったも何もほとんどお前が原因だよ」

「俺が?」

 心当たりがないのか首をかしげるオオヨウ。

「なんで困惑してんだよ。どう考えてもお前が原因だろ。朝からストーカーしやがって」

「朝から? 何のことだよそれ?」

「何って、今日ユキちゃんのことをストーカーしてただろ? そのせいで俺は疲れてるんだよ」

 当たり前のことを言う。しかし予想に反してオオヨウは困惑していた。腕を組んで考える様な素振りだ。それからしばらくすると、オオヨウは口を開く。

「なあアキラ、お前は多分勘違いをしているぞ。残念ながら俺はストーカーしてない」

「は?」

 何を言っているのか分からなかった。

 もう一度聞き返す。

「ストーカーしてないだって? でも朝公園にいたじゃないか。ほら、滑り台の上で双眼鏡を構えてさ」

「確かに俺はいつも滑り台の上で双眼鏡を構えているな。だが今日に限っては違う。普通に寝坊して遅刻しかけたんだよ。マジで危なかったぜ」

 頭をかきながら笑うその姿はとても嘘をついているようには見えなかった。

 嘘だろ……オオヨウではないとしたら一体誰なんだ?

「おいどこに行くんだよ?」

「隣のクラス。ちょっと用事ができた」

「そうか。午後は体育だから遅れないようにしろよ」

「おう」

 俺は軽く挨拶を交わすと、しゅんきのクラスに向かう。確かめる必要があったからだ。今朝のストーカーは本当にしゅんきだったのか?

 扉を開けると、幼馴染の元に向かう。しゅんきは友達と弁当を食べていた。だがお構いなしに話しかける。

「しゅんき、ちょっといいか?」

「アキラ君が教室に来るなんて珍しいね。どうしたの?」

「教室の外で話がしたい」

「分かった」

 しゅんきをひと気のない階段に連れ出すと、俺は早速問いかける。

「正直に答えてくれ。今朝お前はユキちゃんのことをストーカーしてたよな?」

「ストーカー? たしかに僕はストーカーだけど、今朝は寝坊したからしてないよ」

「お前もかよ!」

 どうして同じタイミングで寝坊しているのか知りたい。こいつら兄弟か何かなのか?

「アキラ君いつもより様子が変だよ。何かあったの?」

「色々とな。特にお前が原因で」

 もううんざりだった。こいつら以外にも別のストーカーがいることが確定したからだ。しかも二人。こいつらと合わせて四人だ。いくらユキちゃんがモテるとはいえさすがに四人同時はやばすぎる。もはやストーカーされる体質としか思えない。

「聞きたいことはそれだけ? なら教室に戻るよ。まだお弁当を食べ終わってないからね」

「ああ、帰っていいぞ」

 それだけ言ってしゅんきとは別れた。


※ ※ ※


 授業を終えると帰宅時間になった。

 俺はリュックを背負うと、一瞬だけユキちゃんの方を見る。すると考えは同じだったのか、すんなりと目が合った。

「ユキちゃん、少し話がある」

「うん。私も」

 その流れで一緒に帰ることとなった。ちなみにオオヨウもしゅんきも部活だ。だから少なくとも帰りにやつらからストーカーされることはないだろう。

 校門を出ると、話ができる場所を探しに駅前に向かう。その途中でちょうどひと気のないカフェを見つけた。

「ここでいい?」

「うん。ちょうどいいね」

入店すると店内からコーヒーの香りが漂ってきた。いい香りだ。

 向かい合って席に座ると、俺は一回深呼吸をした。そして今朝の件について話題を振る。

「授業中はどうだった? 視線とか感じた?」

「今日は大丈夫だったかな。アキラくんがいたから安心できたし」

「それならよかった。でもこのままってわけにもいかないよな。全く、どうすればいいのやら……」

 あの二人に関しては問題ないだろう。危険性は皆無だろうし、仮に何かやったとしても、顔も名前も住所も聞かれなくない秘密も、大体のことは全て知っている。最悪通報すればいい。

 だが問題は今朝のやつらだ。全く得体が知れない。今のところ問題はないが、犯行がエスカレートすれば彼女に危険が及ぶ可能性だってある。だからこそ放置するわけにはいかなかった。

「捕まえられればいいんだけどな……」

「そうだね。でも顔が分からないから厳しいね」

「そうなんだよなぁ……」

「じゃあさ、一つ提案してもいいかな?」

「提案?」

 ユキちゃんは身を乗り出して言った。

「アキラくんが私のことを守ってくれればいいんだよ」

「俺が?」

「うん。図々しいのは分かってるんだけどさ、アキラくんがいれば安心かなって」

「そうか? 全然頼りにならないと思うけど。ケンカだって弱いし、むしろ別のやつに任せた方が——」

「それでもいいの! ……アキラくん以外の人はたとえどんなにケンカが強くても信用できない。アキラくんだから頼りたいんだよ。それだけは分かって」

 そう言って俺の手を握ってくる。

 彼女の手は暖かかった。

 本気で俺のことを信じてくれている。手を重ねるだけでそれが伝わってきて、なんだかとても嬉しかった。

「分かったよ。できる限り俺が守る」

「ありがと!! やっぱりアキラくんは優しいね」

 そう言ってユキちゃんは微笑んだ。その笑顔はこれまでにないほど幸せそうで、心臓がドキリと鳴った。俺は動揺を隠すためにコーヒーを口にする。その味はいつもより少し甘く感じた。


※ ※ ※


 ——一ヶ月後。

「おはよーアキラくん!」

「ユキちゃんおはよう」

 早起きした俺はいつものように公園で彼女が来るのを待つ。しばらくすると笑顔でユキちゃんがこちらに向かってきた。

「ごめんね。いつも待たせちゃって」

「いいよ。逆に一人で待ってたら危ないだろ?」

「でも待たせるのは申し訳ないよ。うーん、もっと家が近くだったらよかったんだけどなー」

「今でも十分近いでしょ」

「もっと近い方がいいの。あっそうだ、いっそのことアキラくんの近所に引っ越しちゃおうかなー」

「それはやめてくれ」

「えーなんでよー」

 そんなこんなで軽く冗談を言いつつも仲良く歩く。通学路を二人、手を繋いで——。

 あれ以来ストーカーの視線を感じることはなくなった。いつも俺がついているからか、向こうも警戒して近づいてこないのだろう。護衛としての役割を果たせて何よりだ。

 ちなみに親友のオオヨウは先日見たアニメの影響でロリコンになってしまった。だからなのかユキちゃんのストーカーはきっぱりと辞め、最近は毎日幼女を追っかけている。将来は保育士になるそうだ。心から早く捕まってほしい。

 そして幼馴染のしゅんきは先日見た映画の影響で熟女好きになってしまった。だからなのかユキちゃんのストーカーはきっぱりと辞め、最近は毎日老人ホームに通っている。将来は介護士になるそうだ。心から早く捕まってほしい。

「アキラくん、ほら信号青になったよ」

「あーごめんごめん」

 彼女に引っ張られ、横断歩道を渡る。

 なんだかんだで俺の平穏な日々は戻ったのだ。

 誰にも縛られず、誰にも監視されない自由な生活。

 そんな毎日を送れている俺は間違いなく幸せだと今回の一件で強く感じたのだった。



END
















※ ※ ※


「アキラくんアキラくんアキラくんアキラくんアキラくんアキラくんアキラくん」

 家に帰った私は彼の笑顔を思い出しながらベッドにダイブする。

「大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き」

 枕を抱きしめながらリモコンでテレビをつける。すると画面には大好きな彼の姿が映った。

「今は勉強してるんだー。さすがアキラくん。勉強してる姿もかっこいいなぁ」

 先日アキラくんの部屋に訪れた際、監視カメラを設置してよかったと心の底から思う。彼が何をしているのか把握できる。それだけでこの上ない幸せを感じた。

「もうほんとに最高。まさか毎日彼と手を繋いで登校できるとは思わなかったなー。計画がうまくいって本当によかった」

 私はアキラくんに近づくための計画を思い出す。内容は簡単だ。

 ——ストーカーされているふりをすること。

 初めはオオヨウ君に声をかけた。彼はアキラくんの友達だったから。オオヨウくんには私のアキラくんへの想いを伝えて、協力してくれるように頼んだ。彼は友達想いのいい人だったので快くそれを引き受けてくれた。

 次はしゅんき君に声をかけた。彼はアキラくんの幼馴染だったから。しゅんき君にも私の彼への想いを伝えて、協力してくれるように頼んだ。彼も友達想いのいい人だったので快くそれを引き受けてくれた。

 彼らには私のストーカーになってもらえるように頼んだ。初めは少し驚いていたが、週一だけでもとお願いしたら何とかなった。オオヨウ君は土曜日、しゅんき君は日曜日に私のストーカーになる。

 そういう約束で一ヶ月ほど経ったある日。ついにチャンスが訪れた。アキラくんが双眼鏡を構えるオオヨウ君に遭遇したのだ。そして次の日はカメラを構えるしゅんき君と遭遇。

 私はすぐさま計画を第二段階に移した。

 二人を月曜の朝に呼びつけて、ストーカーしてもらえるように頼んだ。そしてアキラくんが公園を通るとき、偶然を装って近づいたのだ。

 それからの流れは完璧だった。

 私がストーカーされていることに気づいたアキラくんは私を守るために必死になってくれた。その流れを利用して、私は彼と毎日一緒に登校する約束を取り付けることに成功した。

 完璧だった。全ては計画通り。

 だが計画はまだ終わっていない。

 ——アキラくんと家族になる

 その目的が達成されるまで私はどんな手段でも使うつもりだ。絶対に成功してみせる。

「アキラくん大好きだよ。だから絶対に……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………一つになろうね」


 

THE END

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俺の親友と幼馴染がストーカーだった とおさー @susanoo0517

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