逆さ虹の森~願いのドングリ~

古森 遊

クマン魔蜂モッチ、虹を越える

 ある暖かな春の日のこと、森の上に大きな大きな虹がかかりました。その森は古(いにしえ)の森と呼ばれ、黒い竜の子どもと、たくさんの森の仲間が棲んでいました。でも、この日の大きな大きな虹に気が付いたのは、森からお出かけしていた一匹のクマン蜂さんだけでした。






「ぶい~~~ん」

古の森のクマン蜂のモッチは、朝から一匹だけで近くの白いお花が咲く森へと、お出かけをしていました。白いお花の森で、そこのミツバチさんたちと楽しく遊んだ後、古の森へ帰って来たのです。古の森へ帰ったら、今日の楽しかったことを森のみんなに話してあげよう。そんな風に上機嫌で帰ってくると、古の森の上に見たこともないような大きな大きな虹がかかっていたのです。


「ぶいん?」

 こんな大きな虹、初めてみます。

「ぶぶい~~ん♪」

 モッチはワクワクしながら大きな大きな虹の下をくぐって森へと入って行きました。


 虹をくぐった途端に、モッチはあれ?と思いました。なんだかいつもの古の森と違う感じがします。モッチはキョロキョロと辺りを見回しました。古の森は、竜の子どもが棲んでいるだけあって、とても魔力の強い森です。でも、今の森の中は、うっすらと魔力が感じられる程度になっていました。


「ぶぶい~~~~ん!?」

 モッチは黒い竜の子どもを呼んでみました。返事はありません。

「ぶぶぶい~~~ん!?」

 よく一緒に遊んでいる仲良しのウサギのことも呼んでみました。やはり返事がありません。みんなどうしちゃったんだろう?モッチは不思議に思いながら、森の奥へと飛んで行きました。森の上で、虹が逆さまにかかっていることに気付きもしないで……



 **********



 逆さ虹の森一番の暴れん坊、アライグマのムッカは、その日はなぜだか朝早く目が覚めました。もともとムッカは夜にお出かけする方が好きなんです。昼間はだいたい巣穴でウトウトしています。

 だけどその日は何だか落ち着かなくて、寝てちゃいけないような気がして、巣穴の中から顔を出しました。

「なんだ?どうしたってんだ?」

 耳を澄ますと何かが聞こえてきます。


 しくしくしくしく……

逆さ虹の森の中で誰かが泣いているようです。

「ったく。なんだってんだよ?おちおち寝てられないじゃねえか!」

 寝不足のイライラと、なんだかわからない不安な気持ちを抱えながら、ムッカは巣穴を後にしました。

泣き声をたどっていくと、歌が大好きなコマドリのルンが木の枝に止まって泣いていました。

「無いよ、無いよ、みつからなーいルンっ」

 泣き声までも歌みたいです。ムッカはルンが止まっている木を蹴っ飛ばすと怒鳴りました。

「おいっ!、朝っぱらから何を泣いていやがるんだ!?」

「ととと、ムッカ、お早うルン。しくしく」

「だから、あいさつは良いから。何を泣いてるんだって聞いてるんだよ!!」

「しくしく、えっと、あのね……」

 ルンがちょっと泣きやんで、説明しようとした時です。少し離れた草むらから泣き声が聞こえてきました。


「無いよ、無いよ、みつからなーい」

 今度は誰が泣いているんでしょう?ムッカはルンの言葉も待たずに、イライラしながら草むらへと向かいました。

 草を蹴っ飛ばしながら探してみれば、泣いているのは食いしん坊のヘビのペロリでした。

「ったく、お前もかよ。いったい何が無いんだよ?蛇イチゴか?」

 ムッカがペロリにたずねると、ペロリが舌をチロチロさせながら、見上げてきました。

「しくしくチロチロ、えっと、そうじゃなくて、あのね……」

 ペロリがビクつきながらちょっと泣きやんで、説明しようとした時です。


「無いよ、無いよ、みつからなーい!」

 ひときわ大きな泣き声が、向こうの木々の間から聞こえてきました。

「ああっ、もう今朝は何だってんだ!?誰だよ、でけえ声で泣きやがって!」

 そう言うと、ムッカはペロリの返事も待たずに泣き声のする方へタタタッと走って行きました。

 大きな木の下で泣いていたのは、怖がりな熊のビクです。えぐえぐと泣きながら、何かを一生懸命探して草をかき分けています。ムッカは、丸まった大きな背中をパン!と叩きながら声をかけました。

「なんだ!?なんだ!?朝っぱらから何をメソメソしてやがる!」

 ムッカからのパン!は、ビクにとってはトン程度でしたが、突然の怒鳴り声に驚いて、ビクはその場でドデンッと尻もちをつきました。

「あ、ムッカかあ、びっくりしたぁ。おはよう」

「なんだよ、相変わらずでけえ体のくせに気がちいせえな!」

「だって、いきなりだもの、おどろくよ」

 大きな背中を丸めてビクはおどおどと答えました。

「それより、なんで泣いてたんだよ?何が見つからねえんだ?」

 ムッカがたずねると、ビクはハッとしたように顔を上げて「そうだった!」とさけびました。

「あのね、今朝の分の“お願いのドングリ”が見つからないんだよぉ」

「はあ~!?この森でドングリが見つからないって!?そんなことあるもんかい!」

 ムッカが鼻からフンッと息を吐き出します。

「でもぉ……」

「良く探せよ!その目ん玉はお飾りかよ!?」

「ち、違うよ、さっきから一生懸命探してるよ。でも見つからないんだよぉ」

「ああん?」

 ムッカがビクをにらんでいると、コマドリのルンとヘビのペロリがムッカを追ってやってきました。


「そうそう、無いのよルンッ」

「そうなんだよチロチロ、見つからないのは“お願いのドングリ”さ」

 三匹とも言うのなら、本当に“お願いのドングリ”は無いのでしょうか。ムッカはけげんそうな顔をしながら、あらためて回りを見回しました。

 逆さ虹の森には、みんなの願い事を叶えてくれる『ドングリ池』があります。ドングリ池に、その日の朝一番に見つけたドングリを投げ入れてお願いすると、一日に一つだけお願いを叶えてくれるのです。だから、森に住む動物たちは、毎朝ひとつ“お願いのドングリ”を見つけるのを楽しみにしていました。“お願いのドングリ”は、その日の朝に落ちて来たものです。そして薄らと緑色に輝いています。だから他の茶色いドングリとはすぐに見分けがつくんです。それなのに、見つからない?


ムッカはぐるりと自分の周りを見回しました。そう言えば、今朝は自分もドングリを見つけていません。とはいっても、もともとムッカはお寝坊さんです。普通は夕方起きるんです。お願いドングリを見つけるどころか、探すことだって滅多にしません。だから、自分には見つけられなくても不思議じゃないなあと思いました。

 でも、他の三匹は毎朝お願いドングリを拾っていたはずです。その三匹が三匹とも見つけられないなんて……

「おい、とりあえずドングリ池に行ってみるぞ!」

 ムッカがそう言うと、ルンもペロリもビクもうなずきました。ここで泣いていても仕方ありません。みんなでドングリ池へと向かいました。

 ドングリ池にはドングリ妖精が棲んでいると言われています。まだ会ったことはありませんが、その妖精に聞けば何かわかるんじゃないか?ムッカはそんなことを考えながら、先頭を歩いて池の近くまで来ました。


「あれ、池が輝いてないよ?」

 後ろに続きながらも、体の大きなビクには、もう池が見えているようです。

「池って輝いてるのか?」

 お寝坊なムッカは知りませんでしたが、朝のドングリ池はお願いのドングリと同じように、薄らと緑色に輝いているのです。ビクからその話を聞いて、ムッカは池へと急ぎました。


 池のほとりにたどり着いた一行は、そこで妙な生き物を見つけました。


「しくしくしくしく」

「ぶぶいん」

「しくしくしくしく」

「ぶぶいん、ぶぶいん」

「しくしくしくしく……」

「ぶぶいん、ぶぶいん、ぶぶいーん」


 しくしく泣いているのは、緑色のドングリ帽子をかぶった小さな男の子です。その子の周りでおろおろと困ったように羽音を響かせて飛んでいるのは、大きな大きなクマン蜂でした。


「お、おいビク、あの緑色がドングリ妖精か?」

「う、うん、多分そうだよね?」

 ビクがルンやペロリの方を見ると、二匹も「たぶん、たぶん」とうなずきました。

「じゃ、あっちのでけえクマン蜂はなんだ?ビク、知ってるか?」

 ビクはハチミツが大好きなので、逆さ虹の森の中の蜂さんたちみんなと知り合いです。でも、あんなに大きなクマン蜂はビクも見たことがありませんでした。

「ううん、知らない。どこから来たんだろう?」

 ビクは大きな体をムッカの後ろに隠すようにビクビクしながら答えました。大きなクマン蜂は、見るからに凶暴そうに見えたからです。

 四匹でじっと見つめていると、やがてクマン蜂がムッカ達に気が付きました。


「ぶい~~~~ん!」

 まっすぐこちらに飛んできます。

「おっ!こっち来たぞ!」

「うわぁぁ~~~!」

「きゃあ!ルンッ!」

「助けて~チロチロっ」

 四匹は驚いて池の周りを逃げ回りました。


「ぶぶい~~ん!」

「ぶぶい~~ん」

「ぶい~~ん」

「ぶ……ぶいん……」

 クマン蜂は四匹を追いかけまわしていましたが、やがて疲れてしまったのか池のそばの切り株の上に止まりました。


「おい、大人しくなったぞ」

「う、うん」

「大丈夫ルン?」

「刺されないかな?チロチロ」

 4匹が恐る恐る切り株に近づいて行くと、クマン蜂が「ぶぶん」と小さく羽を鳴らしました。それを聞いてビクがつぶやきます。

「『助けて』だって」

「え、コイツが?」

 ムッカが顔を近づけると、クマン蜂が再び羽音を立てました。


「ぶぶぶん、ぶいん」

「あのね、このクマン蜂はここじゃない森から、虹をくぐって来たんだって」

「……」

 ビクの言葉に3匹は顔を見合せます。

 逆さ虹の森の虹は、当たり前ですけど逆さです。飛び越えることは出来てもくぐることは出来ません。

「本当か~?」

 ムッカは直ぐには信じられませんでした。


「ぶぶいん、ぶぶん、ぶぶぶい~~ん」

 クマン蜂の羽音に、ビクがうんうんとうなずいています。

「なんだ、何て言ってるんだ?」

「あのね、このクマン蜂はいにしえの森って言うところから来たんだって」

「いにしえのもり?どこだ?そこは」

「よくわからないけど、その森にかかっていた虹をくぐったら、ここに来ちゃったって言ってるよ」


「ぶぶ、ぶぶいん、ぶぶん、ぶぶぶい~~ん」

 クマン蜂が、ちょいちょいとドングリ妖精の方を指しながらビクに何か羽音で伝えています。ビクはうんうんとうなずきながら聞いていましたが、突然「えっ!そうだったの!」と叫びました。


「なんだよ、今度はなんだって?」

 ムッカに急かされてビクがみんなに話しだしました。


 それは、逆さ虹の森のみんなにかかわる、大変な出来ごとのお話でした。


 大きなクマン蜂は、モッチと言う名前で、竜の子どもが棲む古の森の蜂さんでした。古の森の上にかかっていた大きな大きな虹をくぐったら、この逆さ虹の森へ入ってしまっていたそうです。モッチは、本当はクマン魔蜂という種類の蜂さんで、古の森でたっぷりの魔力を浴びて暮らしていました。けれど、逆さ虹の森は古の森に比べると魔力が薄くて、モッチはだんだんと動けなくなってしまったのです。

なんとかドングリ池までたどり着いたモッチは、そこで魔力を帯びて咲いている黄色と紫の可愛らしい花を見つけました。


花があれば蜜がある!モッチはそのお花の蜜をゴクゴクと飲んで、元気を取り戻したのです。一方、モッチに蜜を吸われたお花は、シュッと花びらを閉じてしまいました。古の森のお花と違って、逆さ虹の森のお花はそんなに魔力が豊富ではありません。モッチに蜜を全部吸われてしまって、ちょっと疲れてしまったのです。朝一番で咲いていたお花は、今日はお休みしたい、とつぼみに戻ってしまいました。

 けれど、このお花は実はとても大切なお花だったのです。この池に住むドングリ妖精は、毎朝このお花を見て、話しかけるのをとても楽しみにしていました。

今朝もウキウキしながら池のほとりのお花のところへやってきて、つぼみのままのお花を見つけてビックリしました。何度話しかけても、ぐっすり眠っているお花は返事もしてくれません。泣き出したドングリ妖精を見て、モッチはしまった悪いことをした、と思いましたが、今更どうにも出来ません。それで一生懸命ドングリ妖精に謝っているところに、ムッカたち一行が現れた、と言うわけです。


「なるほどなあ」

 ムッカは腕組みして考えました。今朝の“お願いのドングリ”が見つからなかったのは、ドングリ妖精が泣いていたからでしょう。

「その花ってさ、明日にはまた咲くのか?」

 ムッカは、固く閉じてしまっている黄色と紫のつぼみを横目で見ながらみんなに聞きました。

「そのお花は毎日咲くのよルンッ」

「魔力は1日で戻るはずだよチロチロ」

 毎朝ドングリ池に通っているだけあって、ルンもペロリも詳しいです。

「なんだ。じゃあ、とりあえず今日だけは我慢しろよ。明日の朝はその花も咲いてるだろ?そうすればドングリ妖精だって元気になってドングリ降らせてくれるさ」

 ムッカがちょっとホッとしたように言いました。すると、切り株の上のモッチが「ぶぶいん、ぶぶいん」と羽音を鳴らしました。ムッカがビクを見ると、申し訳なさそうな顔をしながら通訳してくれます。


「あのね、明日になったらお腹がすいて、また飲んじゃうかも……って」

「ええ~~~~っ!!」

 今度こそみんなも一斉に叫んでしまいました。見れば、さっきまでしくしく泣いていたドングリ妖精まで、すぐそばで一緒に叫んでいます。


「ダメダメダメダメダメーーーーっ!」

「そうだよね!これから毎日お願いのドングリが手に入らないなんて、やだやだルンっ!」

「そうだよ、毎日一つ願いがかなうって思うと、とても楽しかったんだから!チロチロ」

 みんなから責められて、モッチは切り株の上で小さく丸まっています。


「ぶいん。ぶぶいん。ぶぶい~ん」

 ムッカがビクにたずねます。

「なんだって?」

「あのね、モッチは帰りたいって。古の森に帰りたいんだって……」

 それまで口々にモッチを責めていたみんなも、黙ってしまいました。そう、モッチだって迷惑を掛けたくてここへ来たわけじゃありません。不思議な虹のつながりで、ここへきてしまっただけなんです。


「なあ、お前の力で何とか出来ないのかよ?普段はみんなの願いを叶えてるんだろう?」

 ムッカがドングリ妖精に話しかけます。ドングリ妖精は、目を赤くしながらムッカを見つめ、それからみんなをゆっくりと見回しました。


「出来なくは……無いけど」

 その言葉に、みんながいっせいにホッとして笑顔を見せました。

「じゃあ、さっそく……」

「で、でもね、この大きなクマン蜂の……モッチ?を元居た場所に返すには、すごく魔力がいるんだよ」

「まあ、そうだろうな」

「そうするとね、誰かのお願い1年分くらい使わないと無理なんだ」


「えーーーーーっ!」

 みんなは再び一斉に叫びました。毎朝一つのドングリを拾って、池で願いを一つ叶えてもらうのは、森のみんなの何よりの楽しみです。それを1年間分も使ってしまうなんて……


「誰か一人じゃなくて、みんなでちょっとずつとかダメなのか?」

 黙り込んでしまったみんなを見ながら、ムッカが言ってみました。みんな一瞬ピクっとしてから、期待を込めてドングリ妖精を見つめました。


「そこまで魔力を複雑に操る力は僕には無いんだ、ごめんね」

 みんなが一斉にがっくりと肩を落とします。切り株の上ではモッチが丸くなってふるえていました。ルンもペロリもビクも、モッチのこともドングリ妖精のことも可哀そうだとは思っています。でも、1年分の願い事と引き換えかと思うと「使って良いよ」という言葉が出てこないのです。ドングリ妖精がふたたび泣きそうになった時、ムッカが何でもないような声で言いました。


「俺の分で良いや」


「えっ!?」

 みんなが驚いてムッカを見ました。

「だから、俺の分で良いから使ってくれよ」

 ムッカが面倒くさそうに繰り返します。

「い、良いの!?ムッカ」

 ビクが驚いて聞き返しました。

「良いつってんだろ!!」

 ムッカがイライラしながら、ビクをドンと叩きます。もっとも、大きなビクには相変わらずちっとも響いていないようです。

「本当に良いのルンッ?」

「い、1年分だよ?チロチロ」

 ルンもペロリも、乱暴なムッカにびくびくしながらも心配そうです。

「良いんだ、どうせ俺は毎朝なんて願い事しに来てねえしさ。1年分なんてたいした事ねえよ!」

 ムッカがフンッと鼻息荒く答えると、3匹は顔を見合わせてなんとなくうなずきました。

 どうなることかと見守っていたドングリ妖精が、ムッカにもう一度たずねました。

「本当に、君のお願い1年分を使ってしまって良いの?」

「ああ、使ってくれ、使ってくれ」

 ムッカは、なんてこと無いように軽く答えます。ドングリ妖精は、ちょっとの間ムッカをじっと見つめていましたが、やがてゆっくりとうなずきました。

「わかったよ。ありがとう、君のお願い1年分は、大切に使わせてもらうよ」


 それから、みんなは切り株の上のモッチを取り囲みました。ドングリ妖精がムッカの頭の上に乗ります。そして、ボウッと淡い緑色に輝いたと思ったら、ムッカの頭からポーンと飛び上がりました。みんなはつられて木々を見上げましたが、ドングリ妖精の姿はもうどこにも見当たりません。


 ふと、ムッカは自分が何かを持っていることに気がつきました。薄らと緑色に輝く、大きなドングリを一つ。ムッカがみんなにそれを見せると、みんなが一斉に歓声をあげました。


「すごい!すごいよ」

「こんな大きな“お願いのドングリ”初めて見たルンッ」

「きっとなんでも叶えてくれるよ!チロチロ」


ムッカも自分が持つ大きなドングリを見つめました。もちろん、ムッカだって願い事が無いわけじゃありません。でも――


ムッカはドングリを持って池のふちに立ちました。ルンもペロリもビクも横に並んで池を見つめます。モッチはビクが手の平に乗せています。


「よし、それじゃあ、願いを叶えてくれよ!」

 そう叫んでムッカがえいっとドングリを投げると、それはうっすらと輝く緑の帯を残しながら、池の中にポチャンと落ちました。池に丸く波紋が広がります。みんなが見つめていると、ビクが「あ!」と声をあげました。見ると、ビクの手のひらのモッチが薄く消えて行きます。


「ぶぶいん」

 最後に小さく羽を鳴らすと、モッチはすっかり見えなくなりました。後には甘いハチミツの香りが漂います。

「モッチが『香りだけでごめんね』って」

 ビクが名残惜しそうに鼻をヒクヒクさせながらみんなに伝えました。


「さて、と!これで明日っからまた“お願いどんぐり”復活だろ?おれは巣穴に戻るぜ、眠い眠い!」

 ムッカがタタタッと巣穴に戻っていきます。

「ありがとうルンッ」

「ありがとーチロチロ」

「ありがとう、ムッカ。またね!」

 三匹は茂みの中に消えて行くムッカの後ろ姿をいつまでも見つめていました。巣穴に戻りながらムッカの心は晴れ晴れとしていました。

 夜に起きているのが普通のムッカは、たまに昼間起きていると、なんだか眠くてしょうがないのです。だから不機嫌でイライラしてついつい乱暴になっちゃうんです。夜になって気持ちが落ち着いてくると、ああ、また森のみんなに乱暴な態度を取っちゃったなあと思うのですが、昼間に起きることの少ないムッカは、なかなか謝ることが出来ませんでした。

 ムッカの願いは、森のみんなともっと仲良くなれること、優しく出来るようになること。そう、今日、ムッカの願いはちょっとだけ叶えられたんです。


巣穴に着くと、ムッカはゴロンと横になって目を閉じました。すぐに眠気がやってきて、ムッカは夢の中に入って行きました。イライラしたり、驚くこともあったけれど、また一年くらいしたらモッチが来ても良いかな、なんて思いながら。




 **********




「ぶいん?」

 逆さ虹の森に居たはずのモッチは、気付いたら古の森にいました。黒い竜の子どもがすむ、エメラルド色の湖のほとりの切り株の上です。


「あ、モッチどこに行ってたの?」

 竜の子どもが話しかけてきます。

「モッチ、今日は見かけなかったね?」

 仲良しのウサギも話しかけてきます。

 ああ、帰ってきたんだ!とモッチはうれしくなりました。


「ぶぶいん!ぶぶいん!ぶいんぶいん!」

 モッチは虹の向こうに不思議な森があったんだよ、と話しました。

「虹?」

「虹なんて出てたの?」

 竜の子どももウサギも、大きな虹にちっとも気づいていなかったようです。三匹で空を見上げると、森の上で大きな虹がゆっくりゆっくりと消えて行くところでした。

 乱暴者だけど優しいアライグマのことを思い出して、モッチはお礼の羽音を鳴らしました。


「ぶい~ん!」


「ぶふい~ん!」


「ぶぶぶい~ん!」



 空から大きな虹が消えるまで、何度も何度も、鳴らし続けていました。







~願いのドングリ~

 おしまい


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