友達の彼氏を疎ましいと思う女の子の話
西瑞 うみ
未智と朝香
この世に「友達の彼氏」という存在よりも疎ましいものがあるだろうか。
未智は女だから、世の男たちがどう思っているのかは知らない。そもそもの話、未智は未智以外の誰でもない。第三者がどう思おうと彼女の知ったことではない。
この件について、彼女の姿勢は一貫している。
共感はいらない。
意見もいらない。
批判もいらない。
外部からの干渉は、すべてお断り。なんといっても、結論はすでに出ているのだ。でなければ、わざわざ「あるだろうか」なんて言葉は使わない。
未智は溜息をつかない。自分の中で終わったはずの議題を意味なく消化しながら、ぼうっと前を見て歩いている。
歩道の白線からはみ出てしまわないように、一定間隔で邪魔をしてくる電柱を避ける。一方通行の狭い道だ。車が来ると、運転手と歩行者が互いに空気を読まねばならないような道だが、一人で行くにはお似合いの帰路だった。
今日は一緒に帰れない。
朝香はそう言った。少し申し訳なさそうに、その申し出を未智が拒否する可能性なんて考えもしていないような顔で、彼女はそう言った。未智の答えは簡潔だった。そっか、じゃあまた明日。なんでもないことのように、未智は小さく手を振って教室を出た。
彼女は廊下を歩きながら、そういえば今日は水曜日だった、ということを思い出した。部活に入っていない未智にしてみれば、水曜日はただ週の真ん中という認識だが、朝香にとっては違う。先週、念願叶ってバスケ部の先輩と交際することになった彼女にとっては、違うものになってしまった。これに従って、未智の認識も変化する。来週から毎週水曜日、未智は彼女に「今日は?」と尋ねるか、何も言わず雰囲気で察することをしなくてはならない。
コンクリートで舗装された道は不便だ。こういう腐った気分が胸を占めている時は、道端の石ころを蹴ると溜飲が下がる。実際にやった記憶はないから効果のほどは知らないが、フィクションの世界で見る分には気持ちが上向く。未智は頭の中で、道端の石ころを蹴り上げた。架空の石ころは弧を描いて飛んで行く。現実ではきっとそう上手くはいかない。コンクリートの上を滑るように低く転がって終わりだろう。
バカバカしい。そう、思わなくもない。
相手は顔もおぼろげで、内面もよく知らない男である。彼が朝香の日常の一部になってから、彼女はとても楽しそうだ。バラ色を通り越して、虹色の日々を謳歌しているように見える。友達が幸せであることは素直に喜ばしい。だからこそ、未智は笑って朝香を送り出す。子どもじみた嫉妬なんておくびにも出さない。朝香はそれを喜ばないと知っている。それくらいの分別はある。
未智は、思わず口から溢れ出そうになった息を、はっとして飲みこんだ。誰が見ているわけでもないのに、視線を左右へ泳がせる。
──あーあ。
じわじわと目の奥が熱くなっていく。大袈裟が過ぎる。一緒のクラス、席も近い、昼食は一緒に食べているし、教室移動だってずっと一緒だ。ただ一つ、水曜日に一緒に帰れなくなるだけのことが、どうしてこんなに胸に迫るのだろう。
バカバカしい、バカバカしい──でも。
──でも、寂しいと思うのは自由だ。
今、地球が終わったら、未智はひとりぼっちだ。限りなくありえなくて、しかし、その可能性を完全否定することはできない仮定の話。
未智は夢みる。隣に朝香がいることを空想する。
二人してみっともなく泣きわめくかもしれない。
自棄になって写真でも撮るかもしれない。
固く手を握りしめ合いながら、思い出について語るのかもしれない。
ぎゅっと目を閉じて、抱きしめ合い、終わりを待つのかもしれない。
そうならないことを寂しく思うのは、未智の勝手で、彼女の自由だ。
来週の水曜日からは何をして過ごそう。
熱持つ頭でそんなことをぼんやりと考える。
ふいに、右足の裏に刺すような痛みを覚えた。ローファーのつま先でアスファルトを叩く。再び歩き出してみると、地面を踏みつける部分にごろごろとした何かが当たる。未智はローファーを脱ぎ、ひっくり返して何度か振った。小石が転がる。
少しばかり小さいが、まあいいだろう。彼女は、ローファーを履きなおした右足で小石を蹴った。小さな石は未智の想像に反して弧を描き、数メートル先で跳ねた。
友達の彼氏を疎ましいと思う女の子の話 西瑞 うみ @mina3nohara
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