オーグヴォア(未完成交響詩)

鎌田 真二郎

オーグヴォア(未完成交響詩)

   オーグヴォア(未完成交響詩)



オーグヴォア

最後の精製工場

かつて閉ざされた扉は無く

未だ開かれた窓は無い

オーグヴォア

凶悪の仮面の下で

利己的な人種への戒めを開始せよ

行為を甘受する概念すら無い人種に断罪を


オーグヴォア

鋼鉄の雨

戦場にゆらめく涙は凶弾に倒れ

疲れ果てた我々は夜毎に毒をあおる

オーグヴォア

活発な虚数の染色体はこうして生まれ

漂う抑止的な環境で育まれるのだ


オーグヴォア

激昂する天使長の一撃

地底の奥で嘆いているだけの氷像

もはや関連性の無い共闘を宇宙規模で展開するのだろう

オーグヴォア

我々に残された過去へ続く幻影は

冤罪に覆われて思惟の彼方へ向かうのか

遡時航海の始まりの港を目指し

彼のもとへ旅立つのだ水上を走る移民船に乗り込んで


オーグヴォア

我々の行く先々で観客は怒号に飲まれる

虚無を描いた書割の前で演じる道化師の仮面の中に

それぞれの幻想を一つの激しい旋律に再構成する

有り得ない音域の歌声に飲み込まれて行く

オーグヴォア

誰の為に不安を抱きしめるのか

超越した者のように我々を呪うのは誰なのか

彼を構築しているのは他愛も無い廃棄物であり

しかしそれを滅する力は行使される事なく減じてしまった


オーグヴォア

人間共は際限なく増殖し増長し我々を追い詰める

我々は捕食され尽くした抜け殻の肉体を引き摺りながら行き倒れる

オーグヴォア

我々の命乞いはその謙虚さによって人間共の怒りを買い

結局また逃げ出さなければならないのだろう

我々は残骸の上に響く葬送曲と成り果てたのだ


オーグヴォア

巡り合わせの悪い憂鬱に辟易した音階のように

譜面の中に閉じ込められた5本の生命線のように

永遠に対する呪詛の始まりを予言する者のように

彼は改悛の牢獄に旋律を奏でる

オーグヴォア

これは発せられた表音記号と沈黙した表意記号が織り成す自由への脱走劇である

口の中で精製されやがて世界中へばら撒かれる白濁の叫びでもある

ただし全ては虚偽の独白でもあり羅列した意識の暴走である


オーグヴォア

ある抑圧された美しさから

いなくなった動物たちへ送る

疑惑のつきまとう宣戦布告


オーグヴォア

負債を抱えた無尽蔵の血液はどこまでも

楽園の持つ我々の長い時間の中に注がれる

彼の抱えている悲しみを我々は知っている

オーグヴォア

指先から心臓までの感染経路に放たれた人間共の面影

無表情に効果を上げる肉体に棲み付いた我々の仮面

柔らかな神経と固く閉ざされた細胞質に痕跡を残していく

彼がここで苦しんだ証を

オーグヴォア

やがて我々は世界の終わりを告げ知らせる呪いを聞く

やがて人間共もまた世界の終わりを告げ知らせる祈りを聞く

やがて彼の歌う反創造の歌声が世界の内側に響き渡る

やがて解き放たれるのだ噛み締めた苦みから


オーグヴォア

あらゆる視線から遠ざかる為の再構築が必要だ

存在し得る全ての世界から姿を消した未来のように

誰かが生き残る可能性を示してはならない

オーグヴォア

一切の契約と愛情は破棄され新たに交わされる混沌と権威にすりかわる

しかしそれでさえも一時の安らぐ憩いにもならないのか抜け殻となった我々には

我々の視界から消えた歓声が聞こえやがてここから墜落する


オーグヴォア

沈んだ世紀で演じていた平和な悲劇の第二幕が落とされる

彼はその中で重要なしかし誰も気付かない役を演じる

観客の怒号に溢れる舞台の隅に彼は一つの真実として見出され

或いは虚偽の告白として黙殺される

オーグヴォア

流動する人間共に向ける幕間の青空は何度も引き裂かれ

薄暗い劇場のなか何者かが善意を装って我々を殺害しにかかる

下りた幕の向こう側で彼の舞台は共鳴する運命に笑みを浮かべ

我々は凶悪の仮面の下で殺意に怯えながら幕の上がる時を待つ

彼の演技は我々の恐怖の上に乗り舞台の中に消え去る


オーグヴォア

闇と共に静かな視線を向ける工場の機械たちへ

或いは我々のように振舞うバタ臭い人形たちへ

光の中に埋没した自我よりこの歌を贈る


オーグヴォア

我々の蒸気は旋回する冷酷さに似た強度を持ち

それは冷淡な螺旋の温度でもあり

冷徹を計る測量者が迷い込んだ速度である

オーグヴォア

我々は計り知れぬ毒薬の甘さに怯え

不毛の大地に駆り出されるのだ


オーグヴォア

我々は不思議な楽園に辿り着く

いつからか忘れていたある美しさに巡り会う

それは失われた未来について語るものであり

またいづれ失うであろう現在を書き記した書物である

我々はその書物の目次さえ開く事は出来ず

なめらかな表紙をただ眺めるだけである

オーグヴォア

それはまた我々に都合の良い運命を告げてくれる狂科学の機械である

我々は機械の告げる運命に怯えながら暮らし

楽園の外から聞こえる悪夢につきしたがうのだ

我々はいまだに運命の音を拒絶する

悪意に満ちた機械音を奏でる狂科学が

我々を救う唯一の音楽だとも知らずに


オーグヴォア

永遠に続いた幕間劇はついに彼の逃亡によって途切れる

いつのまにか舞台の幕は上がり

彼の残したただ一つの歴史が刻まれている

舞台の裾からうやうやしく登場した楽団は

ただ一つの歴史を交響曲に仕立て上げる

そしてそれは始まるのだ繰り返す我々の歴史をおもむろに演奏するのだ

オーグヴォア

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オーグヴォア(未完成交響詩) 鎌田 真二郎 @kamada-shinjiro

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