詩がふたりを別つまで

空飛ぶマグロ

プロローグ



「作家の創作エネルギーは負の感情が素となっている」


 昔こんな言葉を耳にした。

 憎悪ぞうお復讐心ふくしゅうしん創作意欲そうさくいよくを掻き立て、より良い作品を生むそうだ。

怒りや悲しみに暮れた人間が良いものを作るのなら、この世の「作家」なんて職業はただのお気持ち表明したがるメンヘラだ。

メンヘラはメンタルがヘラっているときにメンヘラの作品を見ることにより惹かれていく。

絵、歌、踊り。現代に存在する気持ちを表現するアート全て。

 そして、かくいう俺、北見集字きたみしゅうじもメンヘラであってメンヘラだった。


———————―———————――


 小学生の頃、両親を亡くした。

多忙たぼうな両親はあちこちを飛び回っていた際、事故で姿を見せなくなった。

いきなりの出来事で感情が追い付かず、涙も出なかった。

 すぐに父親の妹の嫁ぎ先である芳乃よしの家に引き取られた。

叔母おばである芳乃よしのまこは俺のことを煙たがり、歳を重ねるにつれ意地悪をするようになってきた。

 そんなある日。俺が高校生になった頃。庭の掃除を頼まれた。

積乱雲せきらんうんが高く昇る空の下、似合わない麦藁帽むぎわらぼうと鎌を片手に青草を刈り取っていたら、

家の二階から声がかかる。


「集字くん、悪いけど刈り終わったら倉庫にある土の袋を玄関まで運んで頂戴ちょうだい


 言葉とは裏腹に悪いだなんて思ってもいない声で俺に指示をする叔母。

はいはいと返事をしながら倉庫へと足を運ぶ。

一般家庭よりもかなり大きい倉庫で窓も無く、昼夜問わず中は真っ暗だ。

明りをつけるにも中央にぶら下がっている電球まで行ってスイッチを押す必要があるためほぼ暗中模索あんちゅうもさく状態で中へ進むしかない。

足元に気を付けながら進んでいたが、何かを踏んずけてしまった。

右足に体重の9割がかかった途端、頭に衝撃が走る。


「なん......だ、こ......れ......」


 あまりにも強い衝撃に耐えきれずによろめいてしまい、すぐ近くにあった棚にもたれかかるように倒れこむ。

経年劣化のせいか棚はもろくなっており、足が折れ、積載物せきさいぶつがすべて雪崩のごとく降り注いだ。

 その時にはもう俺の意識はなかった。

*

 知らない天井が、知らないにおいが激しい頭痛とともに俺を襲う。


「いて......。ここ、ど......こなん...だ?」


「シュウジくん!シュウジくん!わかるかい?忠臣だ!」


 激痛に追い打ちをかけるような大声を発する謎の男性。

シュウジって誰だ?俺のことなのか?

俺は誰だ?

ダメだ、頭痛のせいか考えてもわからない。


「申し訳ないですが、シュウジとは僕のことでしょうか?」


 今にも泣き崩れそうな顔をした男性に問いかける。


「え......ぼ、僕がわからないかい?」


「失礼とは存じますが、すいませんわかりません。一度どこかでお会いしましたでしょうか?」


「そ、そんな......。なんてことだ」


 血の気が引いていく顔を覗き込むと、


「先生を......呼んでこなくちゃ......」


 フラフラと魂が抜けたようなよろめきで部屋を去った。

その時初めて気が付いた。ここは病院だ。

どうやら頭を怪我して入院しているようだ。今持っている情報ではこれが限界。


「キタミシュウジさん」


 白衣に眼鏡といかにも医者らしき人間が歩み寄る。


「あなたはご自宅の倉庫で棚に置いてあったものに埋め尽くされていたようですが覚えていらっしゃいますか?」


「わかりません。自宅がどこか、倉庫があるか、そもそも自分の名前が皆さんの言うキタミシュウジであっているかもわかりません。ここで目が覚めた以前の記憶が全く思い出せません。」


「ふむ、緊急事態ですね。検査をしましょう。記憶に障害があるため精密検査せいみつけんさで脳を診ておきましょう。大事に至る可能性があります」


「よろしくお願いします、先生!」


 保護者らしき男性が深々と医者に頭を下げる。


———————―———————――


「検査の結果ですが、脳に特に問題はありませんでした。棚からの落下物らっかぶつで頭部を強く打った可能性がありますが、出血跡しゅっけつあと側頭部そくとうぶにあるんです。棚に側頭部そくとうぶをぶつけた後、落下物らっかぶつにやられたとみるのが自然です」


「はあ......」


 何も思い出せない。


「で、シュウジくんはこれからどうすれば......」


保護者らしき男性が今にも吐きそうな顔で医者に尋ねる。


「しばらくは入院での生活になります。その後は通院しながら経過を見ていきましょう。念のため激しい運動、脳を使いすぎることのないように生活してください」


「わかりました」


「それとキタミさんのご家族は」


「この子の両親は10年前に他界しており、兄弟もいません。今は私が保護者です」


「そうでしたか、失礼いたしました。お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」


芳乃忠臣よしのただおみと申します。シュウジくんに何かあった際は私に連絡をしてください」



――――つづく

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