最終話 夏休み、僕は一生忘れられない恋をした


 あれから花火が終わると、僕と小鳥遊さんは気まずいまま一緒に帰った。


「家まで送ろうか?」


 駅に着くと、僕はようやく小鳥遊さんに向けて言葉を発した。


「ううん、大丈夫。ありがと」


「そっか……」


「うん、じゃあ……またね?」


「うん、またね」


 僕と小鳥遊さんは今日待ち合わせした駅で別れたのだった。


「はぁ……もう、会えないな……」


 家に帰りそのままベットの上へ身を投げ出す。

 今はもう、何もやる気が出ない。

 大体、小鳥遊さんは僕のことを好きだったのではないか? などと思ってしまい、それを自分で言う自分がとてもキモく感じられる。

 そして、僕はそのまま眠りについたのだった。



 僕が小鳥遊さんと初めてのデートをして……振られた日から何事もなく一週間が経ってしまった。

 あれ以来、僕は自分の家から最低限しか出ていなく、小鳥遊さんとも連絡を取っていなかった。


「小鳥遊さん……今何してるかな」


 そう呟き、小鳥遊さんとのトークルームを開く。

 そして、何かを書いては消し、アプリも閉じる。そんな繰り返しをしていた。


「はぁ……告白なんてしないほうがよかった」


 そんなことを呟くと、突然胸においたスマホから電話がかかってきた。


「うわぁ! もう……誰だよ……?」


 突然の振動でびっくりしながらスマホの画面を見る。

 そして、その画面に写っている名前は──小鳥遊さんの幼馴染のものだった。


「はぁ……なんだよ」


 そう言いつつも、僕は電話に出る。

 だが、電話越しで伝えられた情報に、僕は急いでなんの準備もしないで家を飛び出した。

 財布とスマホを持ち家を出る。

 大通りに出て手を上げてタクシーを捕まえると、行き先を早口で伝える。

 行き先は──僕と小鳥遊さんが初めて待ち合わせをした『あの場所』だ。


 ものの十数分で病院についた。

 急いで会計を済ませると、僕は病院の中をなるべく早く歩き、小鳥遊さんが前に入院していた部屋へと急ぐ。


 小鳥遊さんの部屋の前は静かだった。

 廊下にはまだ同じ学校だった時に見かけた小鳥遊さんの家族が数人見え、その全員の目に涙が浮かんでいる。

 小鳥遊さんの部屋の扉は閉まっていて、僕はこの扉を開けることに躊躇してしまった。

 電話で告げられたことは変わらない。しかし、この扉を開けなければそれが本当かどうか確かめなくていいと思ってしまって……。

 そこまで考え、僕は息を呑み恐る恐る扉を開けた。


 扉を開けると、小鳥遊さんが前に元気で座っていたベットが見え、そこで泣き崩れている女の人──小鳥遊さんのお母さんとその背中を泣きながらさする父親の姿が見えた。

 病室の中へ足を踏み入れる。

 ベットに近いていくと、嫌でも目に入ってしまう。そのベットの上の光景が。

 ベットの上にいるのは顔に白い布がかけられた状態の小鳥遊さん。

 僕はそれを見て、心の中には『なぜ?』と言う疑問しか湧いてこなかった。


「あなたは……」


 ベットに近づく僕に、小鳥遊さんの父親が気づいた。


「村上……祐也です」


「祐也くん……きてくれたんだね」


 それに、小鳥遊さんの母親も反応をして、僕は気まずい気持ちになる。


「はい……」


 小鳥遊さんがなんて僕のことを言ったかわからない。

 だけど、今はそんなことどうでもいいことだ。


「……」


 小鳥遊さんの両親に見つめられる。

 そんな状態で、僕は何を言えばいいのかわからずただ無言になり、布をかけられた小鳥遊さんをチラリと見る。


「あの子から、祐也くんへの手紙よ……」


 小鳥遊さんのお母さんが、手に持っていた鞄から可愛らしい封筒を取り出して僕に渡す。


「小鳥遊からの……手紙?」


「えぇ……あの子、祐也くんに何にも説明してなかったのね。ごめんなさいね」


 涙をハンカチで拭く小鳥遊さんのお母さん。

 僕はその手紙を受け取ると、後ろを見た。

 そこにはしっかりと小鳥遊さんの文字で『祐也くんへ』と書かれている。


「あの……」


「私たち、少し廊下に出てるわね」


 そう言って、小鳥遊さんの家族は廊下へと出ていってしまい、部屋に残ったのは僕と小鳥遊さんだけになった。


「なぁ……なんで、教えてくれなかったんだ?」


 僕が小鳥遊さんに問いかけるが、小鳥遊さんは何も答えない。

 僕は手に持っている手紙の封を開けると、この前と同じ場所に座り読み始める。




『祐也くんへ


 この手紙を読んでいるということは、もう私は死んでしまっているのでしょう。

 なんて、ドラマとかではよくあるけど、実際に手紙を書く時にこんな出だしから始めるとなんだか変だよね?

 多分、祐也くんのことだから私が死んじゃったことで「なんで?」「どうして」って思ってるかもしれないね。

 だから、本当は遊んだ時に言いたかったけど、手紙で説明させてもらうね。


 私ね、実は余命宣告されてたんだ。

 余命宣告されたのは結構前でね……その時から死ぬまでに祐也くんに会いたいと思ってたんだ。

 だけど、勇気が出なかったから呼んだのはつい最近で……。

 それで、実はね? 余命宣告されたと同時に、手術すれば助かるかもしれないって言われたの。でも、大変な手術で失敗したら死んじゃうかもって。

 本当は、手術するつもりなんてなかったんだ。遊んだ時もまだ余命までは時間があったし。

 もうやりたいこと全部やったーって感じだったから。

 でもさ、祐也くんと遊んで、告白されて……もっと生きたいって、もっと祐也くんといたいって思っちゃったんだよ?

 もう、祐也くんのせいなんだから……。

 私ね、中学校で転校して祐也くんと一緒のクラスになって隣の席になって……転校したばっかりの一人ぼっちの私とどんどん話してくれるうちに好きになっちゃったんだ。

 それで、卒業式の日に告白しよう……なんて思ってた。

 でも、その前に私の病気が発覚しちゃってさ……。

 祐也くんとのトーク、既読無視しちゃってごめんね? 実は、前に倒れちゃったことがあって、その時にスマホ壊しちゃったんだ……。

 その時の会話、今でも覚えてるよ。

 確か、話したいことあるんだけど、これから大丈夫? って書いてたよね。

 もし、その時行けていたら告白でもされてたのかな?

 なんて、今でもちょっと思っちゃうんだ。


 それでね、本当は外出だってダメだったんだけどね。

 お医者さんに無理言って、一日だけ許可もらって、お母さんにも無理言ってテーマパークのチケット買ってもらって。

 それで死ぬ前にやりたかったこととか祐也くんと人生で初めてのデートして……幸せだったよ。

 告白……してくれたのに断っちゃってごめんね? でもね、祐也くんはこんな後がない私と付き合うより他の、もっと可愛い女の子と付き合えばいいと思ったんだ。

 でも、手術が成功したら今度は私から告白しようと思ったんだけどね?


 それと、手紙読みにくいよね? これでも考えて書いてるつもりなんだけどうまく言葉がまとまらないや。

 本当は、もっと書きたいんだけどこれ以上書いたらグダグダしちゃうから最後にするね。グダグダした文は祐也くん前に嫌いって言ってたもんね?

 それじゃ、最後になりますが、こんな私を好きになってくれてありがとうね? 私も、祐也くんのこと大好きだったよ? これからは上を向いて、私のことを心の片隅で思い出しながら上を向いて生きてね? 


 P.S.私のこと名前で一度も読んでくれなかったよね。一度くらい名前で呼んで欲しかったかな。

沙季より』


 手紙を読むたび、涙が溢れ出してくる。

 手紙にたくさん涙が落ちて染みて文字が滲んでいく。

 そして、手紙には読む前から何かが滲んだ跡があり、小鳥遊さんが泣きながら書いていたこともわかってしまう。


「僕も……僕も本気で好きだったよんだよ……沙季」


 沙季からの手紙を読み終わり涙を拭いて上を向く。手紙にもある。上を向いてと。

 そして、手紙を大事に元の封筒に戻す。


「沙季……僕は、もういくよ……じゃあね、沙季」


 そう言い残して、僕は廊下へと扉を開ける。

 これ以上いると、どうしても沙季へと縋りつきたくなってしまう。

 でも、それをしてしまうともう……立ち直れなくなってしまう。

 だから、僕は上を向いてドアを潜り、外へ出た。



 夏が、終わる。

 君と過ごしたあの長いようで、とても短いあの夏が。


 夏休み、僕は一生忘れられない、恋をした。

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夏休み、僕は一生忘れられない恋をした 時雨煮雨 @Shigureniame

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