不幸な僕、雨音と彼女
33
第1話
雨だった。
梅雨の湿気を含んだそよ風が、学校の廊下を駆け抜け僕の肌を撫でる。降水確率五割のその雨は「降らないで」という僕のささやかな願いを無視し、楽しそうに雨音をたて地面を飛び跳ねていた。僕は渡り廊下から、学校の壁と同じようにくすんだ空を恨めしく見上げた。
今日はついていなかった。宿題は忘れ、購買じゃんけんには敗れ、委員会に突然収集され、僕の心はどんよりと曇っている。こんな日はさっさと家に帰って布団に潜るのが吉で、そうするためにも昇降口に向かう足取りを速めていた。。不幸な一日はもうすぐ膜を締めくくる、はずだった。
「あれ、傘が…」
無い。確かに持ってきたはずの傘は錆びた傘立てに刺さっていなかった。盗られたんだと一瞬で理解し、拳を握りしめるも後の祭り。雨粒が地面を打ち付ける音だけが虚しく響く昇降口には、当然誰もいなかった。顔も名前も検討がつかない犯人への怒りを何処に向ければいいのか。
「くそっ」
僕は余りにも酷い仕打ちへの抗議を言葉に込めて吐き捨てた。
「何がくそよ」
振り向くと、そこにはいつもの幼馴染みがいた。黒髪の短髪の彼女は僕の横に立ち「雨か」と舌打ちする。
「これは何とも"くそ”な雨ね」
そう呟く彼女の横顔から思わず目をそらす。小さい頃は同じくらいだった背も、いまでは僕の方が数センチ高く、その数センチが彼女に勝てる要素の一つだった。因みに言葉使いは僕の方がまだマシかも知れない。
「”くそ”とか言うなよ。女の子だろ」
「あんたにそんなことを言われる日が来るとはね」
「心配してやってんの」
「わたしもあんたが心配よ? いつもより、ふてくされた顔しちゃって」
「いつもはしてねーよ!」
僕たちは二人して小さな水柱を作り続ける水たまりにを、何気なしに眺めていた。
「それで、帰らないの?」
「傘、盗られた」
「あぁ、それで」と人の不幸の何が面白いのか、彼女はクスクスと笑う。その笑顔を見続けることが僕には到底出来ず、彼女に背を向け「さっさと帰れ」と言葉を投げ捨てた。
「一緒に帰る?」
突然の提案に僕は思わず振り返り彼女の目を追った。その目は昔からよく見る人をからかっている目だった。そして好きな目の一つでもあった。
「か、帰らねーよ」
「そう。昔はよく一緒に帰ったのに……」
「昔の話しだろ」
そう言って昇降口の柱に寄りかかった僕の隣に彼女も寄りかかる。
「なんだよ?」
「別に」と彼女はそっぽを向いてしまう。
「あっそ」
僕達はただ無言で突っ立っていた。ただ、雨の匂いも雨の音も、だんだんと遠ざかり薄くなっていく。
僕は薄くなり青空を覗かせ始めていた雨雲を恨めしく見上げた。
今日はついてない。
不幸な僕、雨音と彼女 33 @Gyusuki
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