第21話 二人の時間
二人きりの音楽室。静寂が包み何か戸惑うようにも見える彼女の次の言葉を良太はじっと待つ。
「……覚えてる? 一年の学園祭の時屋上に来たでしょ?」
「覚えてるよ」
忘れるわけが無い。柊が屋上で一人佇んでいた姿を見た時、良太は彼女の事が好きになったのだ。
だが、良太には彼女が何を言いたいのかわかりかねていた。
記憶が確かであれば、良太はクラスの屋台の焼きそばを延々と作り続け、ようやく取れた休憩で屋上に行っただけ、柊と特別な話をしたわけでは無いはずなのだ。
ただ、その時の良太は彼女の横顔に見惚れていて何を話したかあまり覚えていない。
「あの時私、ピアノ辞めようと思ってて……それでクラスの手伝いもしないで屋上でさぼってたの。だから浅野君がその分の仕事を被ってたのに、『よくわかんないけど俺が頑張るからさぼってろ』って、理由も聞かないで走って行っちゃった」
「そんな事言ったっけ?」
良太は本当に覚えていないのだ。風が彼女の髪をなびかせている姿しか思い出せない。それでもクラスの皆に柊が体調不良だと言い訳したことはだけは思い出せた。
「うん。さぼっていいなんて言われたこと無かったから、逆にどうしていいかわからなくなっちゃった……でも、さぼっていいんだって思ったら少し楽になって、だから今もピアノを続けれてるのかもしれない……」
「そんなことない。柊さんは俺が何か言わなくても自分で立ち直れてたよ」
特別な事など何もしていないはずの良太にとってそれが本心。むしろ覚えていない話なのだから、他に変な事を口走っていないか心配になってくる。
「……ありがとう浅野君。ずっとお礼を言いたかったの。それと……聞いてくれるかな?」
「え、どうしたの?」
彼女の顔が赤く染まって見えるのは夕日のせいだけではないだろう。彼女の続く言葉がとても重要なものであると、そう良太には思え、緊張で心臓の音が高鳴るのを感じていた。
「あのね浅野君、私……」
ガラッ
柊が口を開いた瞬間背後のドアが勢いよく開く。咄嗟に振り向いた良太の視線の先には先に帰ったはずのリム。そして八木の姿も見えた。
「良太みっけ」
「……?! リムっ!」
相変わらず変化の無い表情で良太の姿を見つけたリムは、中へと入って来る。せっかくいい雰囲気だった二人の時間に割り込む乱入者。
「お腹減った。帰ろう良太」
「先に帰ったんじゃなかったのか?!」
「ん。良太待ってたけど来ないから探した」
「私は帰りましょうと申してました」
普段であれば問題無い。現状家に住んでいるのだから一緒に帰るのもいいだろう。
だが、今は駄目だ。
柊が大事な何かを伝えようとしてくれているこの瞬間は邪魔でしかない。
「先帰っててくれていいって」
「やだ。母に良太が道草しないようにちゃんと連れて帰ってって言われた」
「道草食うような場所がねえよ」
「母の言葉は絶対。リムが連れて帰る。ミッションクリアでおやつが待ってる」
おやつ目当てに良太の手を引くリムを止める事は出来ない。仕方なしに柊の方へと振り返るが、なぜか彼女は後ろを向いてしまっている。
「柊? さっき言いかけてたことだけど……」
「う、ううん。何でもないの。ほらあの時のコスプレが似合ってたよって言いたかっただけ」
焦ったように言葉を並べる柊に、良太は当時の事を思い出す。
昨年の良太のクラスの出し物は『コスプレ焼きそば』。屋台に入っていた全員が何かしらのコスプレをしていたのだ。
ちなみに良太は黒い全身タイツに赤いパンツをはいて、ネズミの耳を付けたあまり大っぴらに言えないネズミのコスプレをしていた。
クラスの女子からの評判は悪かったはずなのだが……。
「えっと、あんまりうけは良くなかったけど……ありがと」
「行こう良太」
「ごめん柊。また明日」
「うん。明日お弁当作って来るね」
抑えられない程の力でリムは良太を引っ張り、部屋を飛び出す。柊の最後の言葉だけはなんとか耳に届き、それだけで気持ちは上向きになる。
柊の話は期待とは違っていたが、お弁当が食べられるだけで良太にとっては大豊作。
だが、上機嫌で学校を後にする良太のあとを八木が不敵に笑いながら見ているのを気づくことは出来なかった。
美少女が家出して来てうちに居候する事になったのですが、実は魔王の娘でなぜか俺に懐きました。~平穏無事な学園生活を送っていた俺の恋路を全力で邪魔してくる~ 常畑 優次郎 @yu-jiro
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