第20話 音楽室で
放課後たっぷり説教を味わった良太は、両手いっぱいに抱えた紙束を持って音楽室へと向かっていた。
罰として明日使う書類を運ぶ役目を仰せつかったのだ。
「くそっ! あの羊絶対わざとじゃねえか。うち帰ったらおぼえとけよ」
周囲に八木の気配は無い、リムと共に先に帰ったのだろう。
校舎には人の影は無く、部活をする生徒が残っているばかり、程なく外も赤みがさしてくる。
良太は悪態をつきながら2階の職員室から5階の音楽室まで、ずっしりとした書類をえっちらおっちら運んだのだ。
目的の場所についた良太は両手が塞がっている為、足でドアを開き中へと入って行く。
「ふぅ。ようやく着いた」
音楽室の教壇に書類を置くと、良太はようやく人心地つけると息を吐き部屋の中を見渡す。この学校の音楽室は無駄に設備に力を入れていて、防音もしっかりしている。その上他の教室に比べて一回り大きく設計され、グランドピアノも毎週調律師を呼んで整備している程だ。
歴代の吹奏楽部員が賞を多く取ってきたからだろう。
「浅野君?」
「え? ……柊さん」
良太は気づかなかったのだが、柊はピアノの椅子にずっと座っていた。誰かが入ってきたことに気づいた彼女がピアノ越しに良太を見つけて声をかけてきたのだ。
結局心の準備を何もしていない良太は、柊の姿を見てその場で硬直してしまう。
「……」
「……」
静寂が音楽室を包む。
外では部活動をしている生徒達が声を上げて励んでいるのだが、ここはしっかりと防音処理してある為、外界の音は何も入ってこない。
柊の瞳を見つめたまま、話かける内容が見つからない良太は口元を引き結んだままだ。
「先生に頼まれたの?」
「……?」
無音の時間を切り裂いたのは柊の言葉だった。
教壇に置かれた紙の束をみた彼女が音楽室に来た理由を聞いてきただけなのだが、緊張のあまり良太は、頭の中に入ってきた情報を正確に処理する事が出来ないでいた。
「……あ、ああ。そうなんだ。明日ここで使うからって持ってけって言われてさ。柊は?」
「そうなんだ……私は……少し練習をさせてもらっていたの」
柊の質問を噛み砕いて理解するのに十秒以上の時間をかけてから良太はようやく返答する事が出来た。それでも彼女に質問されたことを返すだけで精一杯。
本当ならば昨日の事を謝りたかったのだが、どう切り出しても上手くいく想像が出来ない。
そんなテンパりに気づいているのかいないのか、柊はピアノの淵を指でなぞりながら良太の質問に答えてくれた。
「昨日はごめんね。逃げちゃって……」
「っっ!?」
何か話題をと考えていると、柊の方から昨日の出来事に触れてくる。予期せぬ彼女からの謝罪に良太は心臓が跳ねあがるようだった。
「びっくりしちゃったけど、男の子はああいう事もあるって聞いたの。その、自分で、どうにもできないものだって」
「俺の方こそごめん、驚かせちゃって……」
誰に聞いたのかは気にかかるところではあったが、ここで下手に言い訳をしても話がこじれるだけだろうと、良太はそれ以上触れずに頭を下げた。
「ううん。いいの、お腹を空かせてたのにお弁当あげられなかったし」
「それは少し、ものすごく残念。柊のお弁当美味しそうだった」
「……よかったら、明日作って来るよ」
「……え?」
事態は良太の思わぬ方向へと転がり始める。柊の言葉がまたも良太の頭をフリーズさせ、その意味を理解するのにまた数秒かかってしまう。
「……いいのっ?! 食べたい。でも迷惑じゃないかな……」
「大丈夫だよ。一人分作るのも二人分も手間はあんまり変わらないの」
「いよっしゃあっ!」
「そんなに期待しないでね。ある物で作るからそんなに特別な物は作れないし」
思わず拳を握り締めガッツポーズをする姿を、クスクスと笑いながら柊が見てくる。昼間の悶々とした気持ちから一変、良太は天にも昇ると言える程に喜んでいた。
当然だ。
好意を持つ相手のお弁当、それも手作り、これに喜ばない男子はいないだろう。
「……あのね浅野君……」
「……柊さん?」
ひとしきり喜び落ち着きを取り戻した良太に、柊が声をかけてくる。教室に入る夕日のせいか柊の顔が少し赤くなっているように見えた。
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