狼少年が成功する為には……

@HasumiChouji

狼少年が成功する為には……

「あのねぇ、ビジネスマナーを学ぶ講座に、女性が作業着にジーパンにスニーカーで来るって、どう云う事ですか?」

 デザインは悪くないのに何故か似合ってない眼鏡をつけたデブは、まず、一番前の席に居た私にそう言った。

 そう言っているデブの背広もYシャツもネクタイも靴も……どう見ても安物だ。

 「ビジネスマナー」の講師として呼ばれてるのに、いいのか、これは?

 それとも、人の服装にとやかく言うのも仕事の内らしいのに、仕事着と言うべき自分のスーツ一式は経費で落せないのだろうか?

「どんな服装をすれば良いんですか?」

 私は、阿呆を見る目で、そいつを見ていたが、どうやら、奴の表情を見る限り、奴は、私の方が阿呆みたいな顔をしている、と思ったらしい。

「そりゃあ、女性だから、白のブラウスに黒のスカートに、靴は出来ればハイヒールでしょ」

「あの……製造現場にちょくちょく行く部署なので、それ、安全規則に引っ掛かります」

「で、その安全規則を守らずに、何か過去に事故でも有ったんですか?」

「みんな安全規則通りの服装で製造現場に行ってるので『その安全規則を守らずに』と言う前提が成り立ちません。そもそも、センセの言う通りの服装だと、製造現場では動きにくくて仕方ないです」

「あと、その髪。染めずに黒髪のままにしておいた方が良いですよ」

「あの……センセは、どこに何をしに来てるつもりなんでしょうか?」

「はぁ?」

「メーカー系の企業にビジネスマナーとやらの講習に来てるつもりなんですか? それとも、どっかの中学か高校で校則の説明でもしてるつもりなんですか?」

「あのですねぇ、女性が理屈っぽいと、上司やお客さんの中には不快に思う方も居ますよ」

「いや……理屈っぽい人間である事を会社から求められてるんですが……研究・開発部門の人間なんで」

 場は一瞬にして苦笑に包まれた。

 マナー講師は「我が意を得たり」と云う表情になった……笑われてるのが自分とも気付かずに。

「そもそも、女性が生意気だと男性に嫌われますよ。貴方、結婚出来てないどころか、彼氏も居ないでしょ」

 そりゃそうだ。

 私が今まで恋愛感情を抱いてきた相手は1人残らず同性で、法律が変らない限り、今のとは結婚出来ない。

 しかし、この馬鹿の言ってる事の最大の問題点を指摘するには、自分のプライベートを明かす必要など無く、たった一言で事足りる。

「センセ……それ、セクハラですよ」


 ウチの会社も、とんだ阿呆を外部講師に呼んだ、一体全体、何の意味が有るかさっぱり不明な社員研修をやったものだ。

 時間の無駄とは、この事だ。やれやれ。

 ネットで良く見る「マナー講師」とやらが、よもや、実在の生物だとは思わなかった。

 調べてみると、無自覚なのか自覚的にやってるのかは不明だが、女性の受講者に対してセクハラ発言をかます馬鹿も居るようだ。

『「いつ結婚するんだ?」がセクハラになると知らないで「マナー講師」をやるんだから恐れ入る』

 WEBメディアの記事を見て、全くその通りだ、と思ったのだが……何かが引っ掛かった。

 ネット論客らしいが、よく知らない名前だ。


「しまった……」

 数日後、帰宅途中で、職場に眼鏡を忘れた事に気付いた。

 まぁ、眼鏡が必要と言っても、車を運転したり、映画でも観に行く場合の話で、それ以外は無くても、そう支障は無いので……。

 その時、全てが結び付いた。

 帰宅後にPCを立ち上げる。

 何かが引っ掛かっていたWEBメディアの「マナー講師によるセクハラ」の記事。

 その記事の中に有った、記事を書いたライターの写真のスクショを取り、お絵描きソフトに読み込ませ……眼鏡を描き……。


 確かに、その記事に書かれている事は本当なのだろう。

 だが、この記事を書いたヤツの目的が判らない。

 PVが増えれば原稿料が上がるのか?

 それともSNSに良く居る「いいね」数が上がる事への依存症になってるヤツと同じようなモノなのか?

 はたまた、注目される記事を書けば、もっと条件のいいWEBメディアからも原稿の依頼が来るのか?

 ともかく、「自分で放火した火事を消防署に通報する奴」の目的が、利益であれ、自己満足であれ、それ以外であれ、そいつは、火事が起きている事に関しては何1つ嘘を言っていまいが、その火事の原因が自分である事は絶対に口を滑らさないだろう。

 私のPCのお絵描きソフトのウインドウ上に表示されているのは……あの、眼鏡が似合わないデブの「マナー講師」の顔だった。

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