1-7 18回目の朝日

一応説明するが、今の脅し文句はベリオン銃を突き付けられている側オーク銃を突き付けている側が放ったものだ。まさか銃を向けた相手からそんな狂言が飛んで来るとは思いも知らなかったのだろう、脅された本人は実に困惑した表情を浮かべている。


「てめえ、状況がわかっているのか? 俺の人差し指のさじ加減でその粗末な頭吹っ飛ばされるんだぞ?」


「わかってねえのはお前の方さ、俺には守護天使がいるんだよ。嘘だと思うなら引いてみれば良いいさ」


ここまで言われたら引くことなど出来るはずもなく、オークは迷うことなくトリガーに力を込めるが、


「ッッ、なッ!?」


「やっと気がついたかい、鈍感な野郎だな」


気がついた時には時既に遅く、突如響く風切り音と共に飛来した矢尻が銃を持つ右腕を正確に射貫き、ベリオンは動揺したオークから銃を奪いさるとそのまま片足を払い地面へと仰向けに叩き伏せる。


「言っただろ? 俺には守護天使がいるってな」


形成逆転、ベリオンは口角を上に歪ませながら銃をオークに突き付ける。矢が飛んできた方向を見ると、そこには憎しみに目を曇らせる弓を構える少女、アエリアの姿があった。


「·····くそッ! 俺も焼きが回ったな、こんなガキども相手に足を掬われるなんて」


「状況を理解したならさっさと、質問に答えるんだな。もう一度聞くぞ? 何故今さら死神シュラウドを探しに来た、誰の指示でここに来た?」


「ハッ! 誰がてめえなん──」


オークの拒絶の言葉と同時に放たれれる銃弾。ベリオンは何の躊躇いもなく、眉ひとつ動かさずに銃口を腸に向けて引いた。


「ッッガアッ、ァァッッ!?!?」


わざと急所を外しのか、オークは絶命こそ免れたもののその激痛でのたうち回り、緊迫した横隔膜は肺を圧迫し呼吸を荒くさせる。当のベリオンは、何の感慨もなくその様子を眺めていたが、オークがペンダントのような物を落とすと、それを拾い上げ中身を確認する。


「ほぉ、エルフの嫁にその娘か······。アンタには勿体無い上玉じゃないか」


その言葉を聞いた瞬間、オークは痛みを忘れ背筋が凍るような感覚に襲われる。


「ま、待ってくれ! わかった話す、話すから家族には手を出さないでくれ!」  


「なんだよ、まだ何も言ってないのに人を悪者扱いしやがって····。それよか、お前は十戒の指示でこの村に来た、それは間違いないか?」


頷くようにオークが首をふると、ベリオンの表情は強張る。


『十戒』


それはかつて魔界の武力統一を目指したシュラウドベリオンの前世の側近中の側近であり、各々が突出した才を持つ異能集団である。


シュラウド亡き後、魔界の統一事業は十戒達に引き継がれ、また『異界大戦』で人界の旧帝国軍を返り討ちにしたことで魔界陣営を勝利に導き、今の時代ではその実績と権威をもって両世界における最高権力者として振る舞っている。


「······もつ一つの質問だ、なぜ十戒は死神シュラウドを今更になって探し始めたんだ?」


今度は首を横にふるが、ベリオンは怪訝な目を向ける。


「俺たち末端は理由も聞かされずにただ命令されただけだ!」


十戒自分の部下の秘密主義ぶりを知っているのにも関わらずこの質問だから、この男も実に性格が悪い。その後も下端が知るはずもないようなことを質問するが、全て空振りに終わる。


そして、どうやら時間が来たようだ。その口からバケツ一杯分もの血を吐きし腸分のも相まってか、灰色の目から生気が急速に喪われる。オーク自身も死期を察し、その表情からは焦りや不安の色が急速に薄まってきた。


これ以上、この死に損ないから聞ける情報はない。ベリオンもそう判断し、とどめを刺そうとするがオークは最期の力を振り絞り、懇願する。


「·····これで娘と妻には手を出さないんだよな」


「ああ約束するさ」


「あの、小娘アエリアも手出ししないんだよな?」


「·····それを保証して欲しいなら最後死ぬ前に一つだけ、質問に答えろ」


もう何も喋れることはないと、言いたげなオークを無視して、ベリオンは問いかける。


「お前は俺のことが死神シュラウドに見えたか?」


ベリオンはどうしても知りたかった。他者から見て自分は一体何者シュラウドかベリオンかに見ているのか? 生粋の魔族でありながら、部下を愛し、家族を守ろうとするこの男だからこそ聞きたかった。


もはや意識も朦朧とし始めたのだろうか、言葉を選ぶ余裕すら無くなりその目を虚ろにしなが語り始める。


「······さっきも言ったが本物なら俺みたいな奴に背後を取らせたりしない·····。それに、こんな死に損ないの願いを聴いてくれたり、いたぶらずに楽に殺してくれる様な甘ちゃんでもねえ。そんな奴は死神どころか魔族すら失格よ·····」


力無く乾いた笑みを浮かべるオーク。恐らく最期の言葉は自分への皮肉も込めたものであったが、ベリオンにとっては何よりも救いのある言葉でもあった。


「いよいよ俺にもお迎えが来たか······。なんにせよ、小隊を全滅させてしまった以上、この村の生き残りであるお前とあの小娘は十戒に追われることになる······。せいざい足掻いて、地獄から観賞している俺をたの·····し·····ま·····」


最期のオークが力無く項垂れると、村はいつも通りの静寂を取り戻した。だが、辺りには魔族の死体が転がり、未だ人が焼かれた時の匂いが漂う修羅へと変わり果てていた。


『·····これからどうするのですか』


私は今後の方針を聞くも、ベリオンは虚無を見つめ何も答えない。この村での思い出に耽っているのか、はたまた十戒への憎悪を募らせているのか、暫く無言を貫くがやっと口をあける。


「干渉しなきゃ前世の恨みなんざ忘れてやるつもりだったが、売られた喧嘩だ。買うしかないだろ?」


そうだ、私達にはそれしか選択などない。この一件は、十戒がベリオンという存在を認識するきっかけとなるのは明白。そうなれば誰よりも死神を敬愛し、陶酔し、そして恐れてい彼等は間違いなく地の果てまで追って来るだろう。そして、それはアエリアも同じ。


小屋に戻るとアエリアは涙で目を溺れさせ、何も言わずにベリオンへと抱きつく。幼子のようにひたすら泣きじゃくるアエリアを、ベリオンは優しく包容し、慰めた。


「アエリア聞いてくれ。俺達は遅かれ早かれテンペスト十戒の軍勢に追われることになる、だからこの村にいた痕跡を消して出ていく。お前も一緒に来い、一緒かけてお前を守ってみせる」


それはアエリアが待ち望んだ言葉ではあったが、愛の囁きでないことは彼女もわかった。


村を、自分を巻き込んでしまった罪滅ぼしなのか、ベリオン人間として在るために側にいて欲しいのか分からないが彼女は何の迷いもなく頷く。


こうして、二人は生まれ育った村へ火を放つと美しく優しい過去と断絶し、十戒への報復を胸に不確定な未来へと歩み始める。 


ちょうど、ベリオンにとっては18回目の誕生日に迎えた場違いなほどの、眩しい朝日と共に───

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死神のRe:ベリオン 板垣弟 @itagakiotouto

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