1-6 多対一

「!? おい、何だ今の音は!? お前らちょっと見てこい!!」


隊長格のオークは苛立ちながら部下に指示を飛ばす。物音はあったが、まさか三人の仲間が瞬殺さた音とは誰も思いもしなかったのだろう、部下のオーク達は半ば呆れながらアエリアが連れ込まれた小屋へと向かう。


「親愛なる小隊長様がお怒りだぞ~。お前らいい加減に──」


まさに晴天の霹靂を覗いたような表情。鳴き声も出せなくなった壊れた少女相手にお楽しみしている仲間達を注意しに来たつもりが、その仲間が見るも無惨な亡骸になっているのだから無理もない。


だが、そのフリーズ思考停止した瞬間を見逃すほどベリオンは甘くなく、屋根から降り立つ死神は正確にその手に握られたダガーナイフで二体のオークの頸動脈を切り裂くと、


「ガバッッッ!?」


そのオークの腰にぶら下げた剣を二本とも拝借し、死地へと全力で駆け出すッッ!!


「!? い、生き残りがいた──、ぐえっ!?!?」


思いの外手練れなのであろう、突如襲来したベリオンに一体のオークが迅速に武器を構え仲間を呼ぼうとする。だがそれも目の前を覆う金属の塊に阻止される、そうさっき拝借した剣である。


敵襲来の知らせと仲間の断末魔は、各々村人が住んでいた屋内で金目の物を物色していたオーク達にも届き、排除せんと外へと向かわせるが、ベリオンにとっては極めて好都合。ベリオンは絶命したオークの側に全力疾走で近づくと、またまた腰から剣を拝借し、別の生きているオークに全力で投擲する。


ダガーナイフの投擲に比べ精密性は劣るが、その飛距離と破壊力は比べものにならずッ! 次々と無造作に投げられた刀剣は、まるで射撃されたスイカのように当たった部位を粉砕させ絶命足らしめる。


だが、このオーク達も馬鹿で粗暴かも知れないが戦闘のプロなのだろう。このヒットアンドアウェイ戦法に対して、たじろぐことなくまだ生き残っている10名程度がベリオンの回りを囲うように殺到する。


これ自体は数の利を生かし、死角を突くことが出来る限りベストな選択であるがなにぶん相手が悪すぎた。


一体のオークがうろちょろと動き回るネズミベリオンを背後から捕らえようとするがその両手は空を切り、お返しと云わんばかりに顎下か脳へ、そして脳天へと一本の剣が串刺しにする。


目の前であっさりと絶命する仲間、だがオーク達は決して怯まない、むしろ今こそ絶好の好機と云わんばかりにベリオンの背中目掛けて大斧を振り下ろそうと大きく反り返る。だが、ベリオンの振り返りざまの抜刀によって鎧と腸ごと背骨を両断され、上半身とともに在らぬ方向へと斧は振り下ろされた。


背後からの奇襲を二度も返り討ち──


彼らオークも戦場をよく知る戦士だからこそ、この重大な意味を理解し、戦慄した。多対一において、背中を預ける仲間がいない状況において背後からの攻撃を防ぐことなど絶対に不可能ッ! 


それを一度ならず二度までも易々とこなす敵を前にした日には、当然本能的に警戒を感じるのは当然のこと。


「くっ、くそ····ッ!!」


過剰な警戒心は、躊躇を生み、躊躇は致命的な弱味を生む。ベリオンは一番、恐怖心が高まっているオークを嗅ぎ付けるとその猛禽類のような眼光で睨み付け、駆け出すッ!


「ひ、ひぃっ!」


哀れにも標的にされたオークは戦意を喪失し、何とか逃れようと剣で防御するように構える。だが、切断というよりは叩きつけと言うべきベリオンの豪腕から繰り出された一撃によって無惨にも剣ごと脳天を叩き割られ、派手に脳漿を撒き散らす。


仲間の惨たらしい死を目前として恐怖はさらに伝染し、勇敢な戦士達は冷静さを喪った案山子に成り下がる。後は反復作業のようなもので、例えどれ程強靭な精神を持っていようが仲間を猛スピードで一方的に殺され、その度に数の利が喪失するのを目の当たりにすれば誰だって気が狂うのは道理。そうもしない内に村を襲ったオーク小隊は全滅するのだった。


「なるじゃねえか兄ちゃん·····。まるで死神シュラウドみたいだったぜ」


一体指揮官オークを除いては。


後頭部から鮮明に伝わる重厚な金属の重みと冷たさ、今ベリオンは背後からグレイドラグーン電管式回転拳銃を突き付けられていた。


「存外本物かも知れないぜ?」


ベリオンのジョークにオークの指揮官は一笑に付す。


「フ、お前なんかが本物だったら俺なんかに背後をとられたりしねえよ」


とは言うものの、このオークも本能でベリオンの中には潜む怪物シュラウドを察したのだろう。その言葉とは裏腹に声は震えており、顔は油汗まみれになっていた。だが、それでもこのオークは押し寄せる恐怖に流されることはない、何故なら─


「しかし人様の部下を虫けらみたいに殺しやがって······。あのクズどもはなぁ、俺にとっては10年前の大戦時から面倒を見ていた弟や子供達みたいなもののんだよ、それをお前は····」


ベリオンの背後から響く啜り泣く声と、歯を食い縛る乾いた音。そう、このオークは魔族には珍しく部下の死を悲しみ、そしてベリオンに対して激しい憎しみと怒りを向けていた。


なんという皮肉であろうか。人間の子として転生し、惜しみ無い愛情の中で育ったにも関わらずベリオンが獲得することが出来なかった感情を醜い姿をし、そして生粋の魔界育ちの魔族であるこのオークは持ち合わせていたのである。


その事実にベリオンは、ある意味今宵一番の衝撃を受けるが、それも数瞬──


「人様の大切のものを奪いやがって何被害者面してるんだよ。それよりも楽に死にたいなら、何故今さら死神シュラウドを探しに来たのかと、誰の指示でここに来たのかをさっさと教えるんだな」───

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