1-5 シュラウド

─意識は0.5秒遅れてやってくる─


どこからの学者が言ったこの話が本当なら、お嬢さんアエリアが白馬の王子様の名前を叫ぶのは0.5秒後、お楽しみを邪魔された外道紳士オーク種達が迎撃態勢をとるのも0.5秒後、そしてヒーローの無敵時間オークの無防備な時間も0.5秒。


はっきり言えば今のベリオンでも十分過ぎる時間オーク三体を屠るにはだ。


劇的な登場を果たしたベリオンは、右手首の最小限の動作スナップのみでその手に握られていたダガーナイフを投擲する。その良く手入れさせた鋭利な刃先は真っ直ぐと、今まさにアエリアに跨がろうとしていたオークの喉にあっさりと突き刺さり、彼を中心地として血の噴水が巻き起こる。


突然の出来事に両脇の二体はその灰色の瞳をひんむいてしまうが、会敵しているこの男ベリオンから目を離すなど最悪の行動。


投擲とほぼ同時に駆け出していたベリオンは、すでに一体の間合いに侵入しており、オークは反射的にその腰にぶら下げた血錆びだらけの愛剣を引き抜こうとするが、それよりも強力なベリオンの腕力で柄頭を抑えられ、驚く間も無く、左手の人差指と中指で創った鉤爪によって喉仏と頸椎の一部を抉りとられる。


力なく崩れ始める仲間の巨体、もう一体のオークは目撃することになる。ベリオンがそれの腹へ胸へと踏み台にして宙高く跳躍し、自分に放つ半回後ろ蹴りを。


足刀は無防備な、そして人間の倍以上の太さを誇る首を捉えた。一見無謀にも見えるが、四足歩行の魔獣熊型·虎型の極太頸椎すら楽に砕く一撃の前にはオークの頸椎など小枝同然。予想に違わず、オークのひ弱な頸椎を砕き折った。


人の膂力を遥かに凌駕する三体のオークを銃火器を魔法も使わずに0.5秒で制圧。昔ながらの前世派手な演出も、驚嘆させるような魔法もない実に地味な殺陣であるが、不必要な動作を、時間を、迷いを徹底的に削いだスマートな戦闘作法こそがベリオンシュラウドの強みの一つであり、この男を魔界最強に押し上げた要因でもある。


だが、18年ぶりとあってか完璧の仕事とは行かなかった。足下から聴こえる呻き声、最初の一体を仕損じて殺し損ねるいたようだ。とは言っても声帯をやられて大声で助けを呼ぶことも出来ず、口から赤黒い泡が絶え間なく出ており、時間をかけて苦しみながら絶命するのは明白。


しかし、そういう意味ではこの男は慈悲深い。


「所詮はどこまでいっても外道てことかい····」


意味深な言葉を吐きながら、ベリオンは刺さったダガーナイフの柄頭を踏みつけ介錯する。苦しみから解放させた訳ではなく、かといって怨念を込めた訳でもない。


私も長年この男の一部右腕なだけあってか最近だと何を、どんな感情を持っているかまさに手に取るようにわかってきた。


大切な場所や人達を奪われたら誰もが、絶望し、悲しみ、怒り暴れるであろう、胸が引き裂かれそうな錯覚に襲われるであろう。もしそれと同じ感情が駆け巡ればこの男にとってどれ程不幸中の幸いだったであろうか。


ベリオンの頭の中を往来したのは安堵のみ。部屋まで漂う大切な人達村人達の焼け焦げた匂いかぎながら、幼なじみが襲われる寸前の光景と現実を目の前にしても、去来するのは負の感情ではなく、自分が在るべき場所魔界

戻った時のような、安息としっくりとした感覚のみ。


理性が必死に負の感情を、嫌悪感を巻き起こそにしても本能が押し返してしまう。18年かけて培ってきた情愛の、博愛の精神がたった一度の修羅によってかき消された。その覆しようのない事実は、男にとって何よりも辛い事実に違いない。


「·····ベリオン、ベリオンだよね?」


オークの薄汚い血にまみれたアエリアはその表情を不安に曇らせる。恐らく私の次にベリオンを理解している彼女も見いだしたのだろう、ベリオンの中に潜む怪物シュラウドを。


「·····いや、俺はただのクズシュラウドさ」


そう切り捨てのような言葉を投げ捨てベリオンは、外の残りを処分しようと部屋を出ようとするが、アエリアに阻止される。


「!? ダメ!! 行かないで!!」


掠れるような声を、切実な声を出しながら立ち去ろうとしたベリオンの背中を掴み、押し倒す。恐らく彼女もベリオンの死を恐れて止めた訳ではない、ベリオンが別の何かシュラウドに戻ってしまい自分とは遠い存在になることを恐れたのだろう。


向かい合うように横向きに倒れる二人、月夜に照らされた少女の涙で濡らされた、様々な感情渦巻く表情を永遠の間数瞬見つめているうちにベリオンの胸のうちに何か熱い物が込み上げてくる。


目は口ほどに物を言う。最愛の人アエリアが訴えてくる、絶望、悲しみ、怒り、恐れ、そして恋慕····。これらがベリオンの冷たく透き通った目を、温かく様々な感情渦巻く濁りきった目へと戻していく。


「·····安心しな、俺は死にやしないしお前を置いて何処にも行きやしないさ」


ベリオンアエリアの涙を掬い、優しく微笑む。


「本当に? 私たち、とんでもない奴等魔族率いる十戒を敵に回すかも知れないのに?」


「あぁ、問題ないさ。なんせ俺はお前のヒーローなんだからな」───

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