1-4 ヒーロー

あの出来事は何年前だったかな····?


あぁ、あれは8歳の頃かも知れない。あの日、まだ生きていた母親の喜ぶ顔をみたいがために一人森へと入って花をとりに行ったんだっけ····。


大人でも魔獣恐れて数人で入るのが当たり前の森に小さく弱い子供が一人。そんな絶好な獲物を見逃す筈もなく、当然のように一匹の熊型魔獣に襲われたんだよなぁ·····。


熊が両手を大きくあげて威嚇した瞬間、あぁ死ぬのかと思った瞬間、私の前に小さなヒーローが現れた。


そこからは何が起きたかよくわらなかった。気付いた時には、口と喉から血を垂れ流しながら倒れている魔獣と、昨日母親をなくし葬式場で泣きじゃくっていた幼なじみの少年が目の前に立っていたの。


そんな彼は手を差し伸ばし、私に優しく微笑んだ。


「さぁ、お家に帰ろう」


その時、私は小さなヒーローベリオンに恋をしたの──




───村での惨劇に戻る


「おい、なんだその人間の女?」


「へへ、どうも臭い若い女の匂いと思って、詳しく捜したら隠し部屋で震えていやがりまして」


「い、いやッ!! 放して!!」


オークの指揮官の前に連れて来られたアエリアは必死に抵抗しようするも両手と腰をガッチリと、オークの豪腕に掴まれておりびくともしない。


「まぁいい、さっさとそこに燃えてる小屋に放り込め。先に燃え死んだ家族もあの世で寂しがっているだろうしな」


「ッッ!?!?」


最悪の答え合わせ。自分以外の村人の運命を想像し、それと一寸も違わずに起きた現実を前にして、アエリアは深く絶望し、悲しみ、そして──


「よくもパパと村の皆を殺したな!!! 殺してやる!! 一匹残らずお前ら薄汚いオーク達を殺してやるッッッッ!!!」


激しく怒り、咆哮した。その美しい顔を獣のように歪ませ、罵詈雑言を吐く姿にはつい一時間前で好きな人の帰りを待ち、明日の一緒に過ごせる時間を楽しみにしていた天真爛漫な少女の影はなかった。


鼓動がエンジンのように強く高鳴り、流れる血潮が溶岩のように焼き付く。怒りはアエリアの秘められた底力を呼び覚ましたような錯覚を覚えさせたが、現実は無情である。


どれほど力を込めようとも、丸太のような腕を解くことは出来ない。どれほど相手を睨み付け、気炎を吐こうともオークは取り乱した非力な女の様を嘲笑うだけ。


人間弱者魔族強者に敵う筈がない─


この絶対的な法則は十年前の大戦に敗れた人間敗戦民達を強く支配し、そしてこの惨劇の場でも例外なく法則は作用した。


やがて腹から湧き出た意気も底付き、ぐったりと力なく項垂れたアエリアは死を望むようになる、安らかな、そして家族達が待つ最期を。だが、底無しの悪意は彼女にそれすらも許さない。


「おい! いつまでお前ら笑ってるんだ、さっさと殺せ」


「いや~~隊長、せっかくこんな辺鄙な村まで来たんだ。ちょっとつまみ食い位しても良いんじゃないですかねぇ」


その言葉にアエリアは背筋が凍るような感覚に襲われる。改めて見渡すと複数の薄汚いブタもどきオーク種は舌をなめ回しながら自分の体を色欲の目で見つめていることに気がつく。


「····い、いや」


「ハァ~~、お前らも物好きだな····。一時間後に出発するから、れまで自由行動とする。····それまでにはちゃんと処分殺せしとけよ?」


「は! 感謝イタシマス、親愛なる小隊長殿!!」


オーク達が直立不動で敬礼すると、泣きわめくアエリアを手頃な建物へと連れていくのだった──


───村長宅にて


「いや、やめて!! 私に何かしたら噛み千切るわよ!!」


啖呵を切るにも、三人のオーク達は嘲笑うだけ。むしろ必死の抵抗にオーク達は興奮すら覚え始めて、逆効果にも程があった。


「おう怖い怖い。それじゃあ、下の口に相手して貰いますか。安心しな、結構これでも評判良いんだぜ」  


下手に傷物にしないよう、手慣れた手付きでオークは服をひんむいていく。抵抗しようにも別のオークに手足を拘束されたアエリアには何もする事が出来ず、ただ己の無念さを心の中でこだまさせるただけ。


(ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう! こんな奴等に汚されて、弄ばれるなんて·····ッ!)


否、唯一口だけがまだ拘束されておらず、最早選択の余地はなかった。辱しめを受けその先に死が待っている位ならと、アエリアは舌を前へと突きだし上下の歯に渾身の力を込めようとる。


だが、不意に一人の男の顔を思い浮かばせてしまい、硬い決意と反し口元を緩めその名を、恋慕の思いを呟いた───


「ベリオン──」


その瞬間、まるでこれ以上ないタイミングで窓ガラスを突き破り黒衣を纏った白馬の王子様が乱入する。


思えば、20人小隊規模のオークテンペスト達にとって、ある意味アエリアにとってもこの時の男の登場は不幸極まりないことであった。


何故なら、幻想的な迄に月夜に照らされたこの男はヒーローベリオンではなく、死神シュラウドだったのだから───


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