1-3 悲劇は突然に

───森林に潜ってから、一時間後


魔獣狩りは実に簡単だ。魔獣の性格上、縄張りに侵入者が入ってくると無条件に排除行動をとるので、ベリオンがただ村の周りをぐるぐる歩き回るだけでこちらが探すことなく近場に住む魔獣が勝手に現れてくるのだ。そして既に二十匹程度の魔獣を処理したベリオンは、遅めの晩飯の献立を考えながらくわえタバコ吹かし、並みの冒険者すら避ける夜の森林を我が物顔で闊歩しているのであった。


『·····貴方も罪作りな男ですね』


「うぉ! なんだよいきなり·····」


ベリオンの右腕である私は彼の掌に口と目浮かび上がらせ語りかける。傍目から見ると独りぶつぶつ叫んだり、ツッコミを入れたりとベリオンが変質者にしか見えないので、普段は控えているが、今日のアエリアへの態度にはどうしても許せないものが私にはあった。


『知ってますか? アエリア、1ヶ月冒後険者登録するためにこの村を出て行くらしいですよ·····?』


「ほーん。いいんじゃねえ、昔からの夢だったみたいだし」


これである。信じなれないことではあるがアエリアはこの馬鹿ベリオンに好意を寄せており、その事はこの男も薄々感づいてる。だが、本人もまんざらでも無いのにも関わらず、その猛アピールをはぐらかしてきたのだ!!


そんな健気な少女をまさに間近で観てきた私の気持ちが分かるだろうか? 最初はうぶな恋模様を内心ニヤニヤしながら楽しんできたが、いつしか据え膳すら喰えぬこの男煮えたぎぬ態度に私のフラストレーションはピークに達していた!


『ほーんじゃないでしょ、ほーんじゃ。良いんですか、二人は一生離れ離れになるんですよ? 変な意地張らずに言えばいいじゃないですか、一緒にこの村で暮らそうって』


前も言ったがアエリアが目指している冒険者はこの男にとっては天職であるのは間違い無い。だが、ベリオンが村での平穏な生活に対する拘りもまた異常。ならば、この男が一言言えば良いのである、一緒に村で暮らそうと、お前を一生かけて幸せにすると!!


「·····そんなこと言ってもあいつの決意を鈍らせるだけだ」 


『いやいや好きな男にそんな事を言われたら、どんな女だってイチコ──、アチチッイイッ!?!?!!』


突然くわえタバコの火を右掌私の顔面で握り消すベリオン。ヤバい怒らせたかもと、私は軽く火傷した双眼をベリオンに向けたが、彼は首を後ろにして来た道の方向を向いていた。


『アチチ····。また、魔獣でも出たんですか?』


「·····いや、後ろから、村の方から甲高い声と肉の焼ける匂いしてな」───



───20分前、村にて


「こ、これで全員でございます····」


食事をして眠る時間でありながら村長宅の前に集められた一様に怯えている村民達。昼はあんなに陽気だった村長も怯えながら下を向いて、高圧的な緑色の男オーク種達に報告する。


「うむ、わかった。順番に取り調べを始めるため小屋の中で待っておれ」


「あの狭い小屋に全員でございますか!」


幼児や、足が悪い老人もいるにもかかわらず指示された待機場所は全員が立って入って何とか納まるか納まらないかの小屋。さすがに再考を促そうとするが、指揮官らしき男はその村長の嘆願を怒声で踏みつける。


「あぁぁ!! 人間敗戦民風情がなにを言っている!!! 良いか、我等はこの村に潜んでいる稀代の巨凶『死神シュラウド』を捕らえるために来たのだ!! 我等に口答えする事即ち、恐れ多くも『十戒』に刃向かうことと同然!! 命欲しければ、さっさと小屋に入るのだ!!!」


大地を揺るがすほどの怒声に村民達は恐れおののき、我先にと進んで狭い小屋に入っていく。


「隊長、他の家々も捜索しましたが隠れている者は見つかりませんでした。間違いなくあれで全員です」


「わかった。では、あの小屋の扉と窓を塞ぎ火をつけてこい」


「は? 我等の任務はこの村に潜む死神シュラウドを捕らえることでは?」


すっとんきょうな顔をする部下のオークに、指揮官のオークはやれやれとした表情をする。


「お前バカか? 仮に死神シュラウドがあの人間達敗戦民の中に紛れ込んでいたら、今頃俺たちは血祭りにされているに決まっているだろ。だいたいその死神シュラウドも十戒達の手で殺されたって話だ。大方、ビックネーム出してもちゃんと俺達がビビらずに仕事するかどうか試しているんだろうよ」


そして指揮官オークはその不細工な顔を愉悦に歪める。


「だから上にはこう報告してやるのさ、『それらしき人物は見当たらなかったが念のため村人全員焼き殺しておきました』てな」───


───村長宅の隠し部屋にて


(なんなの!? 一体何が起きているの!? パパ村長は? 村のみんなは? あぁぁ、もう何がなんなのか分からない、お願い誰か、ベリオン助けて·····ッ!!)


アエリアは自宅本棚後ろの隠し部屋で一人うずくまり両耳を押さえていた。敗戦以降、この村に初めてきた『テンペスト魔族の軍勢』相手にアエリアは最初飛び掛かろうとしたが、父に阻止されこの隠し部屋に閉じ込められていたのである。


『!? 開けて! 開けてよパパ!! 私、テンペストどもと闘うわ!!』


『馬鹿言うなアエリア!! いいか良く聞きなさい、もう少しすればベリオンくんが村の異変に気が付いて戻ってくるはずだ!! 彼は鼻が良くきく、この場所隠し部屋もすぐに気がつくだろう·····。そしたら、二人で一緒に逃げるんだ。わかったね? ······愛してるよ、アエリア』───


それが最後に聞いた最愛の父の、『通常』の人間の声だった。


「もう嫌、頭がおかしくなりそう·····」


今、外から聞こえくるのはまるで魔獣のような人間の断末魔、木材と肉が燃える乾いた音、そしてその光景を眺めて楽しむオーク外道達の笑い声のみ。


最初闘争心をみせていアエリアも、地獄を目前にして今や怯え、すくみ、震えることしか出来なかった。彼女はただテンペストが過ぎ去るのをヒーローベリオンがやってくるのを待つことし出来なかった。


そしてそれは突然、隠し部屋の扉が空いたことでやってくる───


「!? ベリオ──」


「み~~つけた♪」


薄気味悪い笑顔携えたテンペストオーク種達が──

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