1-2 死神は静かに暮らしたい

「おぉ、よく来てくれたなベリオンくん! ささ、座ってくれ」


満面の笑みで村長は向かい入れるも当の本人は、呼ばれた理由に検討がついており浮かない顔を露骨にアピールする。


「·····また、どっかの畑でも魔獣に荒らされたんですか? そしてそれを狩ってきて欲しいと?」


「ん~~~、やっぱりベリオンくんは違うね~。そ、大正解! 冬前ってのもあって最近やたらと多いんだよね~」


両手でマルを作る村長に若干の苛立ちを覚えながら、ベリオンは椅子へと座る。


「あと、急で悪いんだけど結構被害も大きいんで明日中には──」


「今日中に決着をつけますから、安心して下さい」


予想外の返答に村長は目を丸くする。本来ならばどれ程下級の魔獣といえどその道のプロである冒険者達に依頼するのが常道であるが、この村に関してはその役目すべてをベリオンが担っており、過去の実績からこの少年の実力は村長も充分に理解している。だが、今の時刻は夕方を迎えており魔獣が活発化する夜に森へ入るなど自殺行為に等しい。村長は若人の無謀な行動を引き止めようとするが、その前にベリオンが言い切ってしまう。


「なんせ明日は外せない『用事』があるので·····。問題ありませんよ、俺の夜目と鼻は魔獣より良くききますし」


そう言うとベリオンは出されたお茶も飲まずに、呆気にとられた村長を置いてあとにする。


───ベリオン宅にて


「村長も悪い人じゃないが、人使いが荒いな」


ベリオンはぼやきながらもテキパキと、今夜の狩りの準備をする。前述した通りこの男は魔獣を素手で殴り殺すことも余裕であるが、丁寧に一本、一本、剣とダガーナイフの刃先具合とグリップのフィット感を確認する。この男は馬鹿で粗暴であるが、武器の手入れと調整だけはまったく妥協せず、その前世と変わらない徹底ぶりはそこら辺の本職武器·防具屋が裸足で逃げ出すほどだ。


かつて、殆ど出番が無いのにも関わらずどうしてそんなに周到な準備を? と、質問したことがあったが帰ってきた答えは、


──こいつ武器に命を預けているから──


だ、そうだ。


「ヨシッ、と。じゃあ、ちょっくら狩って来るからね、母さん」


準備を終えたベリオンは、小さな額縁に入ったこの御時世貴重である白黒写真に語りかける。そこに写る銀髪の女神のように美しい女性の名は『レイラ』。今世におけるベリオンの母親で、この死神シュラウド腑抜け真っ当人間に仕立てあげた張本人だ。


『魔界』において生物学的な家族は存在するがそこに親子や兄弟の絆など一部の例外を除いて存在せず、私や死神シュラウドも家族の情愛など一度も体験せずに前世を終えていた。


だから鬱陶しいほど愛情を与えてくるレイラに最初の方は困惑し、苛立ち、そして逆怨みのような感情すら抱いていた。


だが、それでも止まることのなかったレイラの暖かい無償の愛は、ベリオンシュラウドの数百年かけて冷え固まっていた心を解きほぐし、そして本当の意味で生まれて始めて肉欲ではなく、心から他人を愛することを実感させた。


しかしなんの運命か、もともと体の弱かったレイラはベリオンが8才を迎える誕生日の日に流行り病で命を落とした。


私はその時の光景を今でも覚えている。幼子としては不気味なほどに気丈に振る舞ってはいたが、その両頬にはくっきりと涙が何度も流れたあとがあったことを、前世でば血も涙もないと恐れられていた死神シュラウドに情愛の心がある証を。


かくして、ベリオンの今世における生きる目的はこの時確定した。自分愛し、愛してくれた母親が残してくれた農地を、この美しい小さな村を生涯掛けて守っていく。闘いの中でしか生きて来れなかった男の一大決心、だが不器用ながらも一生懸命に一人たくましく農地を耕し生きる少年の姿は周りの人間たちを惹き付け、普通の人に当たり前だがベリオンシュラウドにとってはどんな財宝よりも貴重な『絆』を育んできたのである。


そしてベリオンは今日中に問題畑荒らしを解決すべく森に行く。明日の18度目の誕生日を、10回目の命日を、そして子供から大人になると云われる『成人の儀』を家で1日静かに過ごすために。


「····ばれてないと思ったか? 愛娘が夜に若い男と密会してると父親村長が知ったら卒倒するぞ」


突如、家の物陰に語り始めるベリオン。暫くの静寂後に観念したかのように弓矢で武装したアエリアが頭をポリポリとしながら出てくる。


「へ、へへ~、さすがベリオンね! いったい何時からこのアエリア様の尾行に気がついていたのかしら!」


「お前がコソコソ盗み聞きしていた時からだ阿呆、そんなことよりさっさと帰れ」


「え~~~~いいじゃない! いい加減私も連れていってよ魔獣狩りに~~~、私だって冒険者になる前に箔をつけたいのよ~~~~」


「そんな金メッキな箔をつけてどうすんだよ····。ダメなもんはダメだ!!」


実際のところ足手まといのアエリア一人連れて行ってもベリオンにとってはなんら問題はなかった。ここまで拒否するのは見られたくなかったのだ、自分の闘い殺し方を、特にアエリアには。


だが、そんなことも知らずにアエリアは駄々をこねる子供のようにギャーギャーと叫ぶ。


「わかったぁ!! じゃあ、今日は諦めるから今度連れて行くこと!! あと、明日の『成人の儀』は私に祝いさせること!! わかったわね!!」


「何がわかたったわね! だよ、一歩も譲歩してねえじゃないか·····。狩りの件は絶対にダメだ、明日の『成人の儀』は····、まぁ勝手に祝う分には問題ないか·····」


「!? 本当に!? やったぁ、じゃあそれで!! 良いこと、ちゃんと日付回る前には帰ってくるのよ!!」


「お前は俺の母ちゃんか」  


ベリオンのツッコミを他所に、アエリアは軽い足取りで去っていく。


この茶番劇はなんだったのだと思いつつもベリオンは改めて気を引き締め直し、魔獣埋めく漆黒の森へ身を投じる。この時の選択が、自分の運命を世界の未来すらも変えてしまうことを知らずに───

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