エーガン・ジュラインのピロロでもわかる魔具講座 <第2回>拡張鞄

エーガン・ジュラインのピロロでもわかる魔具講座


       講師:冒険者協会技術局

          主任技術者

          エーガン・ジュライン

<講座の前に>


こんにちは。冒険者協会技術局主任技術者エーガン・ジュラインだ。前回の講義が非常に好評だったと聞いて、嬉しく思っている。ただ、次回扱う魔具についての要望を拝見した所、もっと技術力の高い魔具について教えて欲しいという意見が凡そを占めたので、早くも少し踏み入った題材を扱おうと思っている。


その前に、協会が発行している図書目録はお求め頂けただろうか?民間人にも非常に有用な書物となっているので是非購読して頂きたい。


すまない、これは言わねばならんのだ。

では早速講座に入る。



<第2回>


拡張鞄



今回は、今や皆さんの生活に広く普及した拡張鞄について見識を広めて貰いたいと思っている。実は受講者の方から1番要望の多かった魔具で、およそ7割の方から講座で扱って欲しいという意見が見られた。


その理由はズバリ、何故見た目の大きさより多くの物が収納出来るのか分からないという理由だ。成程、非常に根本的な理由と言えるが、その理由にお答えする前にまずは歴史から知って頂こう。


と言ってもその歴史は非常に浅い。最初に登場したのは約100年ほど前。先々代技術局局長、パイル・フォースト氏と、同じく先々代神聖級冒険者アネイ・コルヴァ氏の共同開発によって生まれた、多積載型鞄という魔具が原型となっている。


この多積載型鞄が、聖鐘歴を脈々と渡って来た魔具史の1つに大きな礎を築く事となる。


多積載型鞄とは、文字通り多くの物を収納出来る鞄の事だ。その原理は極めて単純で…いや、誉め言葉だぞ?世の中単純なもの程、素晴らしいのだ。


オホンッ…その原理は、鞄の内面に柔軟化魔術陣と広域感応魔術陣を書き込むという手法をとったものだ。簡単に言うと、鞄の中に入れた物を柔らかくして、隙間を限りなく埋める様にする事で、鞄の空間を最大限に活かそうという発想だ。


柔軟化魔術陣は魔術に長けた方であればご家庭でも使っている人が居るかもしれない。固い干し肉等を柔らかくする、生活魔術としても馴染みのある初級魔術だ。その柔軟化を広域感応魔術陣にて鞄の中に展開するという考え方で、多くの物を詰め込む事に成功したのだ。


だが、そこには大きな落とし穴があった


その落とし穴とは、2つの持続型魔術陣を書き込まれた鞄の素材が、魔力の損耗に耐えられずに疲労破壊を起こしてしまう事だ。


この鞄は魔導液に染みさせた布を素材として作成し、定期的に魔力を流して使用するのだが、使い始めて半年ほどは持つものの、どうしてもそれ以上の耐久力を与える事は出来なかったと、過去の文献に記載してあった。


いくら魔導液に浸したと言えど、ただの布に魔術陣を書き込めば当然の結果であると言えよう。それでも魔具史上において大きな革命といえる多積載型鞄は、主に物流面において非常に重宝された。


商人は今まで詰めていた商品の倍以上を保持する事に成功し、各国の軍は補給物資の大量輸送を可能とした。まさに、この世を変えた魔具となったのだ。だが、あまりにも希少価値が高まり、そのうえ

半年程の消耗品となった事で、極めて高価な品物となってしまい、一部の上流階級しか手にする事がなくなってしまった。


その事を知ったとある被服屋の提案が、この鞄の進化を促すきっかけとなる。


その被服屋とは、皆さんもご存じであろう魔服店ピンズ・シエロの創業者、ピンズ・シエロその人である。ピンズ・シエロの半生を語ると長くなるので割愛するが、ある日、とある商人がシエロの店で魔服を卸していた際、先程言った多積載型鞄の弱点について話したのだ。


それを聞いたシエロは不思議に思った。何故ポイルワスの吐く糸を素材とした鞄を作らないのか?と。ポイルワスとは第17種に指定されている魔獣で、ポイルワスの吐く糸には魔力を円滑に循環させる性能があった為、魔術師が主に着る服に素材として使われていた。


その服で後に一財を築き上げる事になる壮年のシエロの何気ない一言が、既にこの世を去っていたパイル・フォースト氏とアネイ・コルヴァ氏の後を継いだ後継者の耳に入る事になる。後継者はその

話を聞いた時「あー、なるほど」と言ったそうだ。


文明の進化とはそんなものである。


その後継者の名前は、先代技術局主任技術者ドスカンテ・ガッフル。つまり私の先生だ。今の話し方だと間抜けに聞こえるかもしれんが、この世に数々の魔具を生み出して来た偉大なる天才の1人だ。


言うまでも無く、誰もが一度は聞いた名前だろう。局長になると研究が出来なくなるからと言って、

再三に渡る局長就任への打診にも頑として首を縦に振らなかった根っからの技術者である。話が逸れそうなので元に戻そう。


先生は早速ポイルワスの糸を素材とした鞄を作って試験したが、結果は言うまでもない。その寿命は未だにどこまで続くか判明していないのだ。なにしろ30年前に作られたその鞄を今でも愛用している人が居るのだから。


さて、多積載型鞄がその弱点を失った所で、市場価格が大きく下落し、無事に大勢の民間人の手元にも届く様になった。


だが、人間の欲とは深いものである。

丁度私が技術局に入った頃だったので今でも覚えているが、今度は積載量の増加を望む声が上がり始めたのだ。その声を受けて取り組んだ鞄開発部隊の先輩達は非常に苦労されていた。


柔軟化を強めても期待した程の効果は得られなかった為、次は鞄を大きくする方向で改良したのだが、品評会での評価は低かった。それも無理はない。小さい鞄に多くの物を詰める事が利点であったのに鞄自体を大きくしてしまえば本末転倒だからだ。


行き詰った先輩達は頭を抱えていた。だが、またしても文明が進む時がやって来た。ある日技術局を視察に来られていた、先代神聖級冒険者の大魔術師グリフ・モルドレ氏の何気ない一言が発端だ。


氏は言った。「入れるモンを小さくしてみっか?」と。



受講者の方々の表情を見るに、既に予想がついていると思う。そう、大容量型鞄の登場だ。今この講座会場の居る人の中でも所持している方は少なくないだろう。


モルドレ氏を開発部隊に加えた先輩達は、別の魔具の開発に心血を注いでおられたガッフル先生も交えて、改めて多積載型鞄の改良に臨む事となった。一口に改良と言っても根本的な発想は変わらない。今まで柔軟化魔術陣を書き込んでいたが、それを小体積化魔術陣に変えたのだ。


一言で申し上げてしまったが、この小体積化魔術陣は今でも使える魔術師が限られる程難易度の高い魔術だ。専門家では無いので詳しい説明は割愛するが、無機物に限り、対象となる物体に干渉する事でその体積を減らす事が出来る持続型魔術陣だ。


この小体積化魔術陣と物質伝導式魔術陣を組み合わせて、大きな物を小さくする事が出来るのだが、さらに広域感応魔術陣を掛け合わせる事によって、鞄に入れるあらゆる物資を小さく収納する事に成功したのだ。


これが皆さんご存じの大容量型鞄の誕生とその仕組みだ。有難い事に、若かりし頃の私は後学の為に開発過程の見学を許されていたので、この歴史的瞬間に立ち会う事が出来た。その経験は今でも私を動かす原動力となっている。


大容量鞄の生産を始めて早20年余りが経つ。今でも高価な品物である事に変わりはないが、それでも人々の暮らしを豊かにする魔具である事は間違いないだろう。


だが、ご使用されている方であれば、その問題点をご存じの筈だ。鞄に入れた物品が小さくなった事

で、多種多彩な品物を入れてしまうと、目的の物を探す手間が発生するのだ。しかも対策をしなければ、小さくなった事で振動の影響を受けやすくなった鞄の中身同士が接触を繰り返し、いざ取り出すと壊れてしまっているという事も往々にして有る。


勿論、その問題を解消する為の方法もあるが、莫大な原価の増額が予想された為、実はこの大容量鞄の仕様は20年前からほとんど変わっていない。その代わり、使用者側が用途を変えた。大容量鞄には全て同一種類の物品を収納するのが主流となったのだ。


大量生産が前提の日常生活品や、穀物や肉野菜を代表とした食料品などが例として挙げられるが、そのおかげで、今日こんにちの物流が支えられていると言っても過言では無いだろう。


つまり大容量鞄の登場は、間接的に私達の生活を支える魔具としてその存在を歴史に刻んだのだ。大容量鞄の重要性が少しでも伝わったのであれば幸いだ。


ここで皆さんに質問がある。もしあなたがこの鞄を開発した発明者だとしたら、これ以上性能の良い鞄を作ろうと思うだろうか?少なくとも私は思わなかった。


そんな発想すら無かったのだ。


だが、時代の節目には革命児が現れるのが世の常だ。この鞄を見て「古臭い発想だ」と言い放った人間が現れた。それも2人同時にだ。勘の良い方はピンと来たのではないだろうか。


そう、その人物こそ、現冒険者協会技術局局長であり現神聖級冒険者でもあるディルドラ・ヴァイレンスと、同じく神聖級冒険者を兼務されている、ゼイオット魔法王国アルフィナ・ラズイレフ・ゼイオット女王陛下の2人だ。


このお二方の常人では絶対に思いつかない発想で、魔具史上における大革命が起きたのだ。それこそが、拡張鞄の発明である。


ようやく本題である拡張鞄の仕組みについて話をする事になるのだが、最初に申し上げておこう。この技術は冒険者協会の内部でも極めて高い機密事項に該当する為、詳細をお話する事は出来ない。


いや…そう、落胆しないでくれ。何故大量の物が収納できるのかという疑問に関しては確実に解消する事をお約束する。具体的な技術に関してはお話出来ないと言うだけなので、どうか心配しないで欲しい。


では話を戻そう。

先に例を挙げた2つの鞄との最大の違いは、ズバリ収納できる量だ。多積載型と大容量型に共通する特徴は「結局鞄の容量が上限」という事なのだが、拡張鞄は理論上、無限に物を収納する事が可能だ。どよめくのも当然だと思うが、皆さん落ち着いて欲しい。


理論上と言ったのは、まだ多方面において改良の余地があるという意味で、技術局では一刻も早く理論に近づける様に、日々研究を続けている最中だ。


さて、これからその仕組みについて説明するのだが、ここで皆さんには目を瞑って貰いたい。そして私が今から言う事を頭の中で想像して欲しい。宜しいだろうか?


貴方は四方を壁に囲まれた部屋に居る。開いているのは天井だけだ。貴方のすぐ目の前には壁がある。そして貴方は腕を伸ばす。そうすると掌が壁につくだろう。当たり前の事だ。だがそうはならない。目の前に壁があり、どう考えても手が壁に触れている筈なのに、その感触は絶対に訪れない。


極めて端的に言うと、それが拡張鞄の仕組みなのだ。


頭の上に疑問符を浮かべるのも無理はないと思うが、徐々に理解して欲しい。貴方は壁に触れられると思っている。だが、壁は貴方からは触れられないと思っているのだ。


「壁に貴方から触れられる事は無いと思わせる」事によって、お互いの認識に齟齬を発生させる。そして、その決して歩み寄る事の無い認識の齟齬が、両者を隔てる空間へと変化する。するとどうなる

か?


貴方は壁に触れようと、どんどん前へ歩を進める。だが壁は貴方に触れられる事は無いので、その空

間は広がる一方だ。これが拡張鞄の内部で発生している事象となる。


この事象を発生させる為に、4つの魔術式が使用されている。まず、貴方から触れられないと壁に勘違いをさせる魔術。次に、発生した認識の齟齬を空間へと変化させる魔術。そして、発生した空間を固定する魔術。最後に、固定された空間自体の大きさを広げる魔術だ。


お分かりだろうか。今の例で登場した貴方こそが、鞄に収納する物品なのだ。つまり、物品をどれだ

け収納しても、鞄の壁は永遠に物品を避け続ける事になる。これこそが、拡張鞄の真髄であり、大革命の本質なのである。


今申し上げた4つの魔術に関してはゼイオット女王陛下が。その4つを含めた膨大な数の魔術陣を、あれ程までに小さな鞄に維持展開させる技術をヴァイレンス局長が。まさにこの時代に、時同じくして生まれ出でた2人の大天才が織りなす奇跡の発明品と言えよう。


付け加えると、実は鞄に入れる前の物品の大きさと、鞄に収納した後の大きさは変わらない。魔術によって鞄の入り口で一時的に小さくしているが、入り口を通った後には元の大きさに戻っているのだ。


それが大容量型で問題点として挙げられた、目的の物を探す手間を省く事に一役買っていて、直ぐに目的の物を手に取れる様に補助している魔術も併用されている。


それ以外にも、鞄に入れた手がどうなっているのか?外部からの衝撃をどうやって緩和しているの

か?素材に書き込んだ魔術をどうやって隠蔽しているのか?など、細かい部分で様々な超高等魔術が駆使されている事も、この鞄が起こした奇跡を更に輝かせている。


また、先程の2つの鞄は、~型という表式をしていたが、この拡張鞄にはその表式が適用されていない。それは「未来永劫これ以上の収納物は存在し得ず、既に最終到達地点である」というお二方の絶対的な自信による表れなのだ。


ちなみに、そんな情報を言ってしまっても良いのか?と疑問に思う方もいるかもしれないが、全く差

支えは無い。あのお二方以外に再現出来る者など皆無だからだ。


あと念の為申し上げておくが、鞄自体の耐久性は一般的なものと相違無いので、扱いにはくれぐれも注意して頂きたい。その部分は今後の改良点の1つでもあるのだが。



拡張鞄は、その特殊性ゆえに、全ての民間人に行き届くまでには至っていないだろう。だが、技術局拡張鞄開発部隊によって常に改良型が製作されている状況なので、旧型であれば手に届く存在になっていると聞いている。


今後は廉価版の販売も検討している段階に入っているので、可能であれば是非手に取ってみて欲しい。



さて、最後は矢継ぎ早となってしまったが、何となくご理解頂けただろうか?拡張鞄の種類も様々取り揃えているので、しつこい様だが気になる方は図書目録を購入する事をお勧めする。



それでは次回お会いしよう。



             

※大変反響を呼んでおりますので、図書目録がお手元に届くまでお時間を頂く場合が御座います。詳細はお近くの冒険者協会までご照会願います。

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同舟のラメンデ ~SS・設定・その他~ あぼしん @aboshi072

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