ある魔女の場合

江戸端 禧丞

大公爵夫妻の場合

 女性の甲高い悲鳴が、屋敷中に響き渡る。


「ああああああああぁぁぁっ!───お待ちください!お待ちくださいっ、それだけはあぁぁっ!!旦那様あああああぁぁぁっ!!!」


 長い廊下で、男性の足にすがり付きながら、ズズッズズッと引きずられるように前進していく彼女の名前は、カラナティク。美しく長いプラチナブロンドに、現在廊下と挨拶中の目は宝石のような空色で、形もパッチリとしていて、とても可愛らしい印象の顔立ちをしている。磨き抜かれて塵一つ落ちていないこの場所を、青いドレスで更に磨きながらカラナティクが取り戻そうとしているのは、〝くび〟がズラリと並ぶ部屋の〝鍵〟。この屋敷で働く者、高位の精霊で大きな領地を治めている大公爵である夫や、屋敷に関係する皆がここで初めて知ったのだ。真っ白な髪をハーフアップにして、公務用の軍服を身に纏う美丈夫ダンティオは、屋敷の持ち主にして彼女の夫な訳だが、結婚当初は、世界で最も有名な伝説の主〝首狩り王〟が、まさか自分の妻カラナティクだとは思いも寄らなかった。


 ただ、結婚して間もなく夜中に薄らと血の匂いが鼻をかすめたり、寝る前のドレスと眠りから覚めた時の妻のドレスが変わっていたり。もちろん彼は不審に思っていたが、何が原因かまでは分からなかった。そんな日が続き、ある日の夜とうとう見つけた、妻が望んで新しく作り直した棚だらけのカラナティク専用の部屋へ、木の板に乗せた人間の首を持って入っていく彼女の姿を。ドレスは、蝋燭ろうそくの光しか無くとも分かるほど血にまみれていた。部屋から出てきた時にはドレスが変わっており、血の痕跡こんせきは消えていたが、カラナティクはまごうことなき魔女だ、何かしらの魔法を使えば、ドレスくらい簡単に着替えられるだろうし、新品同様にするのも朝飯前だと言えるだろう。


 こうしてダンティオはやっと妻の真実の姿を知ったのだが、これが問題にならない訳がない。割合そそっかしい彼女のことだ、きっとアタリをつけて屋敷中をくまなく探せば、デッドスペースの裏側だとか、屋根裏だとかに血痕付きの何かが残されているに違いない。さて、これが昨夜のことだというのが、この屋敷に住まう者たち全員にとっての問題だった。なにせ、結婚一年の盛大なパーティーがもよおされる前日だったのだから。以前は、光の精霊である彼が、なぜ魔女に恋をしたのか使用人たちのほとんどがはなはだ疑問に思っていたが、カラナティクと接していけばいく程、人を惹きつける人物であると言えるし、それはこの屋敷にいる者全員が感じていた。まぁ、ここまでは良い、かなり良い。種族間やその他、価値観の相違や趣味嗜好の差は、夫婦の中でもよく見られることだ。この点について、ダンティオは大変懐の深い人物と言えよう。しばらくカラナティクを引きずって前身していた彼が、大きな溜め息を吐いて歩みを止めた。


 祝福のパーティーが催される寸前の発見になってしまったが、全員で〝痕跡〟を消しに掛かれば何とか間に合うだろう。今ダンティオが欲しかったのは、結婚から一年打ち明けてもらえなかったのは何故なぜなのか、納得のいく理由を彼女の口から聞きたかったのだ。


「……なぜ黙っていた…」


「……旦那様は、ただでさえ魔女であるわたくしめとったことで好奇の目を向けられておりますのに…さらにわたくしがあの〝首狩り王〟だと知れればどうなる事かっ……!」


 涙を流しながら告白をする妻を見て…確かにそうだ、と、うなずこうとしたダンティオの首が止まった。カラナティクの言葉から〝見つからないようにする〟だとか〝夫の心配をする〟という意思は込められているように感じられる。が、その他を語る言葉が一切出てこない。


「…首狩りをやめることは出来ないのか?」


 この一言に、カラナティクが─バッ─と勢いよく顔を上げた。そして頭をブンブンと激しく横に振り、狂気じみた言葉を発する。


「旦那様っ!!!何をおっしゃいますか!?皆や旦那様が首の美しさを御存知ないのは仕方がありません!!しかしっ!わたくしのコレクションの数々は他の物以上に価値あるものなのですっ、あの切り落とす瞬間の表情、白くなっていく肌、胸の中で冷たくなっていく頭部、持ち帰り整えてやれば、何物にもまさる物言わぬ宝石になるのです!ですから……ですからどうか鍵を、鍵をお返しください。この世に二つと存在しない鍵なのですっ……!もし条件がお有りでしたらおっしゃってください」


 初めて見る余りに必死な様子の妻に、ダンティオは思わず鍵をカラナティクに差し出してしまった。それを瞬時に受け取った彼女は、ジッと夫の言葉を待っていた。彼は夫として、何より領主としてどう判断すれば負の要素が減るかを考えた。愛する妻の願いは叶えたい、だが、この場合それをしてしまうとどういう末路を辿るかは目に見えている。そうして思考すること数十分、ダンティオは一つの答えを導き出して口を開いた。


「──カラナティク、そなたをこの領地の死刑執行人とする。刑は断首のみ、遺体の始末も職務の内とする……私が譲歩じょうほできるのはここまでだ…他に何か──っ!!?」


 彼は大公爵として、カルナティクの夫として、限界ギリギリの決断をした。この領地には、広いがゆえに様々な刑罰がある。一番重い罪に科されると、領地お抱えの懲罰部隊ちょうばつぶたい数人の中でも最もくらいの高い黒い仮面の死刑執行人の出番が来る。この制度のことは、田舎育ちのカラナティクでも知っていた。願ったり叶ったり、天にも登るほどの喜びをダンティオに抱き着くことで表したのだった。


「それ以上の望みなど、あろう筈も御座いませんっ!人間の目もはばからず新鮮な首を持ち帰れるだなんて!このカラナティク、御恩は生涯忘れませんわっ!!」


 夫婦揃って不老不死なのだが、まぁそんなにも感動したのだろうとダンティオは受け取った。こうして、より仲睦まじくなった大公爵夫妻のめいにより、今まで見落とされてきた血痕を大急ぎで消し去して回ることとなった。そして数時間後、二人の結婚一年を祝うパーティーが開催された。


 まだ先のことだが、のちにこの領地の外れに高い高い塔が造られ、カラナティクが狩った首が、その城より遥かに高い塔へ並べられることになる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ある魔女の場合 江戸端 禧丞 @lojiurabbit

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ