恋愛モノ習作(3)
「ハアアアアッ!」
シャルロッテは牙をむく人の顔の形をした悪霊を、その両の拳を魔力で覆い迎え撃つ。
彼女の拳が淡い黄色の光を放つ魔力で満たされると共に、背中に彫られた魔方陣を模したトライバルタトゥーが反応して輝く。
悪霊が肉薄した刹那、シャルロッテが両腕を回すと、悪霊はその場で急停止し、魔力の奔流に巻かれ風車のようにねじれ、回転する。
「ハッ!」
そのままシャルロッテが長い両脚を大きく広げ、頭上に掲げた両腕を地面に向け叩きつける。
すると、シャルロッテは相手に指一本触れていないのに、どす黒い悪霊はのし紙の如く扁平に叩き潰され、影がこぼれたように動きを潜める。
「
シャルロッテが様子を見守るカーネリアとトンナラスニの方をキッと睨み言う。
トンナラスニ慌ててはズボンのポケットから悪霊を封じ込める組織の標準アイテム『鎮霊石』を掲げ、悪霊を封じ込めた。
戦いは終わった。
そこには気を失ったゴブリンだけが横たわっている。
「さ、流石はHMMA……」
リポビッターが風でトサカをなびかせながら感嘆する。
ゴブリンの不死性は、悪霊が憑依しているからであった。シャルロッテはそれを見抜いていた。
更には、ディクフォールの剣やカーネリアの炎で全くダメージを与えられなかったゴブリンが、彼女の蹴り一発で大ダメージを負ったのだ。
シャルロッテは腕を組んで、トンナラスニ達を見下す目線で、極めてクールな笑みを浮かべた。
「理論上考え得る、胸の大きさと柔らかさの最高到達点……。魔導・科学両面のアプローチから試みた最新理論でビルドアップしたこの胸の『圧』なら、ゴブリンレベルの魔物に憑依した悪霊は絞り出せるのよ」
「な、なるほど……」
カーネリアはトンナラスニと顔を見合わせ、目をパチクリさせた。
シャルロットは沸き上がる見物人をどこ吹く風の態度でいなし、様子を見ていたウィーナの側へとやってきた。
「申し訳ありません。出過ぎた真似をしました」
シャルロッテがクールな微笑を形作り、軽く頭を下げる。
「ああ。本当に出過ぎてるなお前。いきなりしゃしゃり出てきて」
ウィーナは唐突に辛辣は反応を見せた。
「えっ……?」
謝罪したくせに、予想外の反応をされたことで面食らうシャルロッテ。
「ってか、何言ってるのか意味が分からん。もしかしてギャグで言ってるのか?」
騒動を収めた功労者に対し、ウィーナから再び予想外の言葉が出てきた。
シャルロッテは焦って「いや、あの!」としどろもどろで弁解らしき言葉を言おうとしているが、ウィーナは構わずに「ゴブリンは殺さずともよい。逃がしてやれ。リポビッターも良く対応してくれた。感謝するぞ。お疲れ様でした」と言い、足早に屋敷へと戻っていった。「ハッ! お疲れ様でした!」と胸を張って誇らしげに敬礼するリポビッター。その様子を見て唖然とするシャルロッテ。
「ウィーナ様! お待ち下さい!」
シャルロッテが呼び止めるが、ウィーナは振り返ることもなかった。
ウィーナがいなくなった後、途端にシャルロッテは不機嫌になり眉をしかめ「あー……最ッ悪ッ! あなた達のせいよ」とカーネリアやトンナラスニ、リポビッターやその部下達を見回して睨んだ。
睨まれた者達が俄かに委縮していると、シャルロッテは唇をすぼめ、倒れるゴブリンの長く鋭い鼻先に、唾をピチャリと吐きかけて、半月型の専用チャクラムを拾い上げ、屋敷へと入っていった。
騒動は静まった。
リポビッターの指示で、アーリナミ、ユルゲン、デカビッターが倒れるゴブリンに駆けつけ、傷薬で手当を始めた。
自分の無力さに情けなさを感じ、カーネリアは脱力の意を示した溜め息をつく。
そこに、神妙な面持ちなトンナラスニが、ズボンからはみ出た腹の肉をタプンタプンと揺らしながらカーネリアの前に立つ。
「姐さん」
「どうしたの、改まって」
いつになく真剣なトンナラスニのつながり眉毛の顔に、カーネリアもつられて唇をキッと結んだ。
「俺、姐さんを守るために、HMMAを学ぶため、修業の旅に出ます!」
「えっ!? マジで!?」
トンナラスニの突然の宣言にカーネリアは目を丸くした。
リポビッターを初めとする周りのギャラリーたちは、この宣言に対して何も興味がないらしく、ぞろぞろとそれぞれの持ち場へと退散していった。
「シャルロッテ殿のように強い男になって戻ってきます!」
トンナラスニが言う。
「いや、シャルロッテ殿女だけどね!? いやいや、もっと言いたいことあるんじゃないの?」
実は告白する流れかと勝手に思っていたが、どうも展開が回りくどい。
「男に二言はありません! 強き男となるため、HMMAを学びたくなりました!」
「ちょちょちょ、ちょっと落ち着こう君!」
カーネリアはトンナラスニに近づき、小声で耳打ちした。
「あんなおっぱいで敵をムニムニするような変な格闘技本気で習うつもり? いや、凄いことは凄いんだろけど」
カーネリアが言う。先程のウィーナのツッコミは正論である。
「いや、俺もおっぱいには自信あるんで、素質あるかと思います」
「いやいやいやいや、じゃあ単刀直入に言うけど」
カーネリアは更に小声でトンナラスニに語りかける。
「もしかして……。勘違いだったらごめんね。私と付き合いたい……とか思ってたりしない? 私のことゴブリンから守ってくれたし、もし君が勇気を持って想いを言ってみれば、もしかしたら私OKしちゃうかもよ?」
「ほへ!!」
目玉が飛び出るトンナラスニ。分かりやす過ぎる。
「シコシコシコシコオオオッ!」
そのとき、甲高い奇声と共に、カーネリアに踊りかかる灰色の人影。傷を癒したゴブリンだ。悪霊が抜けたというのに態度が変わらない。
「キャアアアアアッ!」
密着して抱きつくゴブリン。
すぐさまトンナラスニがゴブリンを引きはがして、ゴブリン身体に抱きついて抑え込む。
「俺は、このゴブリンと共にHMMAを学ぶ旅に出ます! 姐さんの視界からこのゴブリンを消すために、俺はずっとこのゴブリンと共にいもす!」
急に訛り始めるトンナラスニ。
「トンナラスニ君!? そこまでしなくても!」
慌ててカーネリアが言う。心の中はゴブリンへの恐怖心がべったりと張りついてはいるが。正直、彼女は無理をして気丈に振る舞っていた。
正直、このゴブリン、怖い。
「さよ~なら~! 姐さ~ん!」
「シコシコ、何すんだよ! 何すんだよおおお! 僕ゴブリンだよおおおおおっ!」
「トンナラスニ君! 仕事はどうするの!」
「辞めまああああっす!」
「僕悪いゴブリンじゃないよお! 善行を重ねた徳の深いゴブリンだよおおおっ!」
ゴブリンに抱きついたまま、トンナラスニは屋敷を去っていった。
「トンナラスニ君……」
一人、屋敷の門に取り残されたカーネリア。
心痛の面持ちで、去っていく彼らを見守っていた。
その後、トンナラスニは組織に退職願を一方的に送りつけてきた。カーネリアは、それを休職願に書き換えてシュロンに提出した。
◆
その後、組織を離れたトンナラスニは、まだ王都にいた。
シャルロッテが副業で経営する、王都の一等地に構える豪華なHMMAのジムに通っているという。
トンナラスニはゴブリンの動きを封じ込めるため、共にHMMAのトレーニングに打ち込んだ。
ゴブリンはトンナラスニより遥かに早いスピードで腕を上げていった。
そして。
「シコシコ! 僕悪いゴブリンじゃない! 僕悪いゴブリンじゃないよおおお!」
「キャアアアアアアアアッ! 何だこの変態ゴブリン! 来るなあああああっ!」
ジムからシャルロッテの悲鳴が響く。
ゴブリンの執着はカーネリアからシャルロッテに移っていた。ゴブリンは相当知能が低いようで、カーネリアのことなど完全に忘れていた。
ゴブリンは異様にHMMAの上達が速く、あっという間にシャルロッテに迫る実力を手にし、ジムの経営者のシャルロッテと互角に渡り合うようになった。
高次元の論理的格闘技の応酬を繰り広げる二人。
「嫌あああああっ! 何これえええええっ!」
泣きそうな顔でゴブリンに連撃を叩き込むシャルロッテを見ながら、カーネリアとトンナラスニが手を繋ぐ。
「トンナラスニ君。お帰り。そして中核従者への昇格おめでとう」
「姐さん……」
「結構いい体になったじゃない」
カーネリアが、見事結果にコミットして引き締まった彼の腹筋を軽く叩く。誇らしげなトンナラスニ。
男女何か心が通じ合うような、心地よい感触が胸を過った。
「え? 何このオチ!? 私どうなるの!? 投げっ放しじゃないこんなの!」
シャルロッテがゴブリンに蹴りの応酬を浴びせながら叫ぶ。ものともせず立ち上がってくるゴブリン。
悪霊が取り憑いていようがいまいが、どうもその無尽蔵の耐久力に違いはないらしい。一体この前の一件落着的雰囲気は何だったのか。
ともあれ、トンナラスニがこのゴブリンの呪縛からカーネリアを解放してくれた。
「何これ、ゴブリン全然処理できずに話終わらせる気? 私シリアスキャラなのに~!」
シャルロッテが叫ぶ。
「いやいやいや」
カーネリアとトンナラスニが同時に指摘し、思わず顔を見合わせる。
トンナラスニの面白い、気を一切使わなくて済む顔立ちに、カーネリアは笑った。
<終>
やるせなき脱力神番外編 恋愛モノ習作 伊達サクット @datesakutto
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