魔界の王子 人間界で高校生はじめました

響ぴあの

魔界の王子様は修行中で婚活中

 魔界から来た男、夜神怪やがみかいは魔王だ。

 現在、魔界で大魔王の息子として王子をしているが、大魔王になるべく修行のため人間界に降り立った。人間は弱く無能だから、俺に危害を加えることもない。人間たちは安全で平和な暮らしをしている。魔力を駆使して、人間を洗脳して人間としてこの世界で生活をしている。もちろん誰にも気づかれてはいない。洗脳の力で戸籍も簡単に手に入るからな。


 修行の内容としては、人間界の学生生活を無事やりこなすこと。そして、人間界で嫁を見つけること。大魔王になるのにはこれが大事なミッションだ。人間界で苦労して一人前になることが大魔王への第一歩ということらしい。


 魔力をフルに使い、矢樫やかし高校の学生として潜入することになった。


「あれ、夜神はこんなところでまたさぼっているの?」

 この声はクラスメイトの照野ひかりだな。この女は正直苦手だ。俺に対していつも対等に接して来る。しかも、新参者に対しては呼び捨てか。魔王に対して呼び捨てとはいつか絞めてやらねばならぬな。


「あなた人間じゃないでしょ」

 出会い頭に言う台詞じゃないだろ。図星を突かれて面食らう。言い方を変えると、ストレートに正面からパンチをかましてくるような感じだ。


「なんて失礼なことを言うんだ。俺は人間だ。どうしてそんなことを言うんだ?」

「悪魔の角がみえるから」

 当たり前のように俺の頭の上の角を指さす。


「そんなわけないだろ。だいたい、おまえに見えるのか?」

 見えるはずはない。人間には悪魔の角を洗脳によって、みえなくしているんだ。たしかに俺の角は魔族だけあって立派なものだ。隠しきれていなかったのだろうか。


「私、妖魔力が強いのよ。あなた良からぬことを考えているでしょ。この傷は? また誰かとケンカしたの?」

「ちょっと怪我しただけだよ。この程度の傷はすぐ治るさ」

「いっつもあやかしの類とケンカしてるんでしょ。この学校に来た目的は何?」

「バカなこと言うな。俺は普通の人間だ」

「またまた、隠しているつもりかもしれないけれど、私には隠せないわよ」

 俺は慌てて隠したはずの頭の角を触る。この角は魔王だけあってかなり立派な代物だ。自慢の角を人間には見えないように隠していたのに、こいつはもしや人間じゃないのか?


「わかった。おまえにこの角が見えるならば、白状しよう。俺は、魔王だ。そして、大魔王になるための修行に来ている。まずは人間界で生活をすること。そして、嫁を見つけることがミッションだ。ミッションクリアの暁には大魔王になる権利を授与される」


「なんだ、婚活かぁ」

「婚活?」

「結婚活動よ。あんた悪魔界で、もてないからここまで来たの?」

「失礼だな。代々魔王の嫁は人間界から来てもらっているんだ」

「でも、魔王のところに嫁ぎたい人なんていないでしょ」

 なんていう言い草だ。魔王を馬鹿にしているとしか思えん。


「1か月程度だと思うが、仕事で成果を出せば短くなるかもしれない。俺ならばあっという間に成果を出せそうだがな。魔物が襲ってきたら俺様が守ってやる。それくらい俺は強く有能だ」

「守った後に、恩きせがましく言われるのは勘弁だなぁ」


「最近三浦先生からあやかしの気配を感じるの。万が一のとき、あんたがいたほうがいいでしょ。万が一、あやかしがいたら、ちゃんとやっつけられるんでしょうね?」

「おう、まかせとけ」

 俺は魔界から持参した短剣をちらりと見せる。これは万が一のために持ってきた妖魔刀だ。


 放課後、校外に出たところで、あやかしと対峙する。

「三浦先生、最近肩のあたりが重くないですか?」

 心配そうに、ひかりが問いかける。


 肩にあやかしのもやが見える。なるほど、ストレスを人間に与える現代妖怪が憑いていたのか。

「妖怪ストレッサー、出て来いよ」

 俺はストレッサーに呼びかける。


「妖怪?」

 三浦先生は少し驚いた表情をする。妖怪を信じる人間はそうそういない。


「ストレスを発散してください。そうじゃないとそのうち現代妖怪ヒロー(疲労)とカロー(過労)に取り憑かれてしまいますよ」


「疲労、過労は働く大人のお友達ですから」

 三浦先生は当たり前だと嘆く。

 もしかして、疲労が日常的ならば、ストレッサーが思ったより大きくなっているかもしれない。


「さて、俺の出番だな」

 魔界から持ってきた妖魔刀を出す。これは、どんなあやかしも魔物も切り裂く王家伝統の有能な剣だ。


「出てこい、現代妖怪。俺がめったぎってやる」

 魔族の血が騒ぐ。戦いは嫌いじゃない。魔界特製の妖怪をおびき出す香煙を出す。

 すると――小さい妖怪が巨大化する。ストレッサーと言う形のない妖怪の黒い煙が次第に大きくなる。妖魔刀を構え、様子をうかがう。


「ストレスで人間を壊そうとしているのに邪魔をするとは、許さん」

 ストレッサーが低い声で攻撃する。


「まずい、三浦先生の本体を人質にしているみたい」

 ひかりが焦る。


「おまえも人質だ」

 黒い影がひかりを包む。俺の剣は本体が煙であるあやかしには通じない。魔物とは幾度も戦ってきたが、このような煙の妖怪とははじめてだ。気体である煙は、切り刻めない。すると、ストレッサーが俺の体に威勢よく風を吹き付けて体を吹き飛ばした。俺は、そのまま道路の壁にぶちあたる。久しぶりに感じる痛みだ。最近、ぬくぬく平和に暮らしすぎたらしい。心地いい痛みが俺を呼び覚ます。本来の魔の血が騒ぐな。ストレッサーを睨みつける。


 俺は、魔界の妖魔粉を取り出し、ストレッサーめがけてふりかけた。すると、気体だったはずの妖怪が個体となる。つまり、攻撃ができるということだ。


 にやりと笑って短剣を構えて走る。相手の目をめがけて剣を突きさす。これで、ストレッサーは消えるだろう。突き刺した瞬間、蒸発する音がする。ストレッサーがしぼんでいく。まるで穴が開いた風船のようだ。


「二人とも、無事か?」

「大丈夫です。それにしても、なんですか? あの巨大な黒い煙は」

 三浦先生が初めての妖怪をまじかに見て戸惑う。


 現代妖怪ストレッサー。人間にストレスを与えて苦しめる妖怪。最後は心を壊す。

 しかし、真実をいう訳にはいかず、とりあえず三浦先生の記憶を消す。


 この頃、この世界も悪くないと思えるようになってきた。我々の世界に比べると空は青く雲が白い。この世界のことは教科書でしか学んだことはないが、実際に見ると写真で見たよりも透き通ってすがすがしい気持ちになる。鳥のさえずりというのも初めてだが、悪くない。むしろ心地いい。朝の空気も魔界とは全然違う。空気のすがすがしさは教科書では体感できない。それゆえの実習なのかもしれない。中学生は思ったよりもずっと心根がいい人間が多い。この世界もそんなに悪くない、そんな感想だ。


「おはよう。昨日はすごかったね」

「おまえは、いつも俺に対して敬語を使わないんだな。俺の国ではそんな奴は一人といないがな」

「ここは人間界よ。上下関係もないでしょ。あんた、婚活しなきゃだめなんでしょ」

「仕事の実習がうまくいっても嫁が見つかるまでは帰れないからな」

「案外大変なのね」

「そうだ、おまえに嫁のフリをしてもらって実習を終わらせるというのもありだな。唯一俺の正体を知っている人間は貴重だ。その手を使わないなんて、もったいないと思わないか」

「でも、そんなことしても本当の結婚相手がいないのは困るんじゃない?」

「結局だめになったということにして、適当に魔界から嫁を探すというのもありらしいからな」

「でも、そんな面倒に巻き込まれるのはごめんだわ」

「そこをなんとか。嘘の恋人でいいから。そうだ、俺がのちにフラれた設定にしよう。報酬ははずむぞ」

「報酬って?」

「俺の魔力があれば、おまえの望みをかなえることができる。欲しい洋服やアクセサリーなどなんでも出すことは可能だ」

「悪くない話ね」


 ひかりはにやりとして、了承する。


「嘘の結婚相手として、一度大魔王に会ってくれないか」

「あなたのお父さん?」

「そのとおり。王妃になる人に待遇は悪くしない。もちろん、それ以降うまくいかなかったことにしてしまえば不利益はない」

「でも、夜神は魔界でいい人見つけられそうなの?」

「人間界で出会いを求めるには広すぎるし、時間が足りない。魔界のほうがじっくり時間をかけて選ぶことができるからな」

「あなたのこと1ミリも好きな気持ちはないけれど、報酬があるなら協力しましょう。会うのは一度でいいんでしょ」

「じゃあ、今夜顔見せしよう。そんなに時間はかからない」

「でも、普段着のままでいいの?」

「かまわない。行き帰りは俺が魔界の入り口を開けるからついてくれば大丈夫だ」

「滅多に魔界なんて行けないもの。面白そうね」


 楽しそうな顔をするんだな。偽りの恋人は。


 からすが鳴く黄昏時。放課後学校付近の竹林へ行く。


「このあたりなら、誰も来ないだろう。さあ、手をつなぐぞ」

「手をつながないとだめなの?」


 嫌そうな素振りをされると少々心が痛む。嫌がられていることは重々承知していることだ。


「仕方ないだろ。俺の手を握っていろよ。時空の間は風が強い。吹き飛ばされないようにしろ」

「わかったわよ」

 

 しぶしぶ手をつなぐ。魔界への移動のためとはいえ、女性と手をつないだのは初めてかもしれない。腕を地面と平行にする。手のひらをひらいて、妖魔の力で時空の穴を開ける。空間がゆがみ穴が開く。そこへ飛び込む。一瞬強い風が吹く。目を開けていられないけれど、それはほんのわずかな時間だ。しばらくすると風が生暖かくなる。瞼を開けると、紫色の空が広がる。到着してもひかりはすぐには手をふりほどかないことにどこかむずがゆい気持ちになる。案内するという意味で俺は手をつないだまま進んでいく。


「ここが魔界?」

「そうだ。俺はここの大魔王になる、そのためにほんの少しだけ協力を頼む」

「空は紫色だし、雲はピンク色なのね。木の色は緑ではなく青いのね」

「ここの色彩は人間の世界とはだいぶ違うんだ。だから、青い空に白い雲は初めて見たんだ」

「ここがあなたが生まれ育った故郷なのかぁ。死ぬまでに一度は異世界に行ってみたかったのよね」

「生涯で1度だけだが、貴重な体験だろ? この先が俺の家であり、魔王城だ」


 そびえたつ大きな建物を指さす。漆黒色の建物は重々しい雰囲気をかもし出す。


「本当に王子様だったんだぁ」

「まあな」


 門の前に着くとたくさんの家来たちが出迎える。俺にとっては当たり前の光景だが、ひかりはかなり驚いている様子だ。門が開く。大魔王のいる部屋まで歩く。全員が頭を下げる通路を抜けて進む。


「最上階が大魔王の部屋だ」

「大魔王ってなんだか怖そうじゃない?」

「どうだかな」

 俺は、あまり父親のキャラクターを知られたくなかったがこの際仕方がない。父親は俺に対してかなり甘いのだ。エレベーターに乗り、部屋の前にたどりつく。相変わらず掃除が行き届いていて清潔感がある廊下だ。


 ドアを開けると――

「怪ちゃん、おかえりー。何日も会えなかったからパパめっちゃさびしかったよぉー」

 ひかりが石像のように固まっている。そりゃそうだ。こんなにごつい強面の大魔王が、怪ちゃん呼ばわりしてしてパパと言っているんだからな。


「ママも寂しかったわぁ。まぁその素敵なお嬢さんは将来のお嫁さんになる方?」


 母親は見た目は普通だが、俺に対しては基本的には甘い。そして、子離れできずにいるところがある。


「はじめまして、照野ひかりです」

「彼女は妖魔力のある人間なんだ」

「まぁ、私も昔、人間界でパパと出会って結婚したのよね。人間出身なの。よろしくね」

「魔王家は人間と結婚することによって、栄えてきたんだ。どうやら混血のほうが丈夫で優秀な子供が生まれるらしい」

「怪ちゃんのどこに惹かれたのかな? まぁ惹かれるポイントはたくさんあったと思うけどねぇ」

 大きな大魔王が見下ろしながら、俺を好きになったポイントを聞いてきた。これは、ピンチかもしれない。ひかりは俺に対して1ミリも好きだと思っていないのだろうからな。


「夜神君は、慣れない人間界で働くことは予想以上に大変でしょう。誰に対しても平等に優しく接しています。真面目で一生懸命なところは尊敬に値します」


 この女、口からすらすらとよく嘘がつけるものだな。俺はあきれてものが言えない。しかし、こうも褒められると嘘だと知っていても照れるじゃないか。


「怪ちゃんは、ひかりさんのどこが気に入ったの?」


 そう来たか。ひかりのいいところを述べればいいのか。俺は一瞬考えるが、思いのほかすらすらと言葉が出る。


「魔界の話をしても、ひるむことなく行ってみたいと言ってくれた。このように勇気と好奇心旺盛な人はそうそういるものではない。そして、いつも俺のそばにいてくれたことは人間界での生活の中でとても心強かった」


 ひかり、こっちを見るな。照れるじゃないか。この言葉は8割本当の気持ちだからな。


「魔界で生活してもいいのかい?」

「はい。夜神君と一緒ならば」


 本当に詐欺師になれるんじゃないだろうか。こんなに口がうまい人間だとは思わなかったぞ。


「人間界に戻るよ」

 あまり墓穴を掘りたくないと思った俺は、長居は無用だと思う。


「まぁ、残念だわ。また来てね」

 母親は気に入ったらしい。


「若い頃のママそっくりの美人さんだな。怪ちゃんは見る目があるなぁ」

 父親も好感触だ。


「じゃあ、また来るよ」

「お邪魔しました」


 これでミッションクリア。俺の未来は約束された。しばらくしたら、別れたと報告すればいいだけだ。協力はもう必要はない。


「じゃあ報酬を渡すよ。何がいい?」

「人間として高校生活を過ごして、私と付き合って」

「はぁ?」

 俺は驚きすぎて変な声になっていることに気づく。


「からかうな」

「さっき、好きなところを言った時、本当に夜神怪って良い人だなって改めて思ったんだ」


「でも、人間界で魔王だとばれたら大変な問題になる」

 俺は一瞬息を呑む。一生を決める一瞬だからだ。俺はひかりに対してじっくり向き合う。俺の本当の気持ち――


「どうせ、記憶を消すことができるんでしょ。この世界の戸籍だって操ることができる力がある。人間界全員を欺いてでもこの恋をはじめてくれますか?」

 一瞬の沈黙の後――

「……了解」

 俺たちは見つめあう。そして、手をつなぎ人間界に戻る。


 さらりとした髪の毛も、大きな深い色合いの瞳も、唇の先端も、彼女を作る全ての物質を好きになる。他の人では代替が効かないことが好きだという証なのだろう。

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