Nobody's fault

@smile_cheese

Nobody’s fault

ひかるは双眼鏡を片手に屋上から一軒の空き家を監視していた。

この町には『Nobody's fault』と呼ばれる真実を写し出す鏡が存在し、その鏡を見た者は望んだ通りの願いが叶うと言われている。

どうやらこの空き家にその真実の鏡があるらしい。

そんな噂を聞きつけた者たちがこそこそと鏡を覗きにやって来る。

ひかるはそんな者たちを咎めたりするわけでもなく、ただ行く末を見て楽しんでいるのだった。

今日も誰かが鏡を覗きにやって来る。


しかし、当然ながらうまい話には裏がある。

全ての者の願いを叶えてしまっては今頃その鏡の権利を巡って争いが起きているだろう。

これもまた信じがたい話だが、映し出された者の心を見て鏡が願いを叶える相手を選んでいるのだ。

そして、願いを叶えた者たちはみな口を揃えてこう言った。


『"天使"がいた』


誰もそれ以上のことは口にしない。

どんな姿をしていたのか、会話はしたのか、鏡の他には何があるのか。

どんな質問をしても答えを聞き出すことが出来ないのだ。

しかし、願いが叶ったという真実だけははっきりとしている。

ひかるはこれまでも何人か願いを叶えた者を見てきた。

母親の病気を治した者、大切な失くし物を見つけた者、貧しい生活から抜け出せた者。

叶えられた願いの形は様々だったが、共通しているのはみな心が綺麗だということ。


では、鏡に醜い心を見透かされた者はどうなるのか。

ちょうどいいところに3人組の青年たちが現れた。

どうやらその内の1人は他の2人からいじめられているようだ。

その青年は抵抗もむなしく無理やり空き家に放り込まれた。

彼は果たして願いを叶えて出てくるのだろうか。

しばらくすると青年が溢れんばかりの金貨を両手に抱えながらゆっくりと空き家から出てきた。

しかし、彼はちっとも幸せそうな表情をしていなかったのだ。

彼の願いは叶えられなかったのだろうか。

では、あの金貨は一体何なのだろう。

ひかるはさらに監視を続けた。

すると、青年をいじめていた2人は彼から金貨を奪い取ると、そそくさと空き家に入っていった。

おそらく自分たちも金貨がもらえると思っているのだろう。

ひかるはにやりとほくそ笑むと天に向かって唾を吐いた。


いじめっ子の2人は薄暗い部屋の中に置かれている鏡に気がついた。

彼らはお互いに目を合わせると小さく頷いた。

そして、ゆっくりと鏡に近づき大きな目で覗き込んだ。


『お前は誰だ?』


鏡には一体何が映っていたのだろうか。

空き家から出てきた2人はまるで人が変わったかのようにげっそりとしていた。

そして、明らかに何かに怯えている様子だった。

あまりの変わりように彼らにいじめられていた青年も堪らず声をかける。


『"悪魔"がいた』


彼らはこう言い残すと、さらに怯えた様子で奇声を上げながらその場から逃げ出した。

きっと2人が青年をいじめることは二度とないだろう。

青年の願いは今まさに叶えられたのだから。

彼が欲しかったのは金貨などではなく、いじめられなくなる方法だった。

金貨はそのための道具に過ぎなかったのだ。

あの2人はこの先どうなってしまうのか。

それは誰にも分からない。

けれど、決して幸せな未来は待っていないだろう。

なぜなら彼らは悪魔を見てしまったのだから。


ひかるはノートに何かを書き始めた。


天使:6

悪魔:258


そもそも自分の欲のために空き家に忍び込むような者の心が綺麗なはずがない。

『Nobody’s fault』は願いを叶えるための物ではなかった。

欲に溺れた人間の人生を狂わせるために存在しているのだ。


ひかる「今回はなかなか面白かったわね」


ひかるは満足した様子で双眼鏡をリュックサックに詰め込んだ。


ひかる「何の用かしら?」


ひかるの背後には2人の少女が立っていた。


ひかる「テン、それにカリンまで。どうしたの?」


テン「あんたを迎えに来た」


カリン「ようやく許しが出たそうよ。さあ、一緒に帰りましょう」


ひかるは再び天に向かって唾を吐いた。


ひかる「私はここに残るわ。この汚れた空が案外気に入ってるのよ」


テン「そうか。それじゃあな」


ひかる「随分と冷たいのね」


テン「別に。あんたにだけこうなわけじゃない」


カリン「本当にいいの?もう二度と戻れないかも」


ひかる「それでも構わない。あんたたちは仲良く大きな鐘でも守っていればいいわ」


ひかるの言った大きな鐘とはこの地球上の片隅にあると噂される巨大な鐘のことである。

その鐘は確かに存在しており、人間たちはその鐘を鳴らす権利を掛けて今でも醜い争いを続けている。

その鐘を醜い人間たちから守り続けている者がいる。

それは『神』と呼ばれる存在だ。

かつてのひかるたちは神に遣える『天使』だった。

しかし、争いの絶えない人間たちを見ている内に鐘を守ることが馬鹿馬鹿しく思えてくるようになり、ついには神の掟を破り人間たちに罰を与えるようになっていた。

こうして神の怒りをかってしまった14人の天使たちは、巨大な船に運ばれて人間界に追いやられてしまったのだった。

人間を忌み嫌うようになっていたかつての天使たちはみな絶望した。

たった一人、ひかるを除いては。

ひかるは人間たちに興味があった。

天使だった自分たちには無い感情を持っている人間に憧れを抱いていた。

ひかるはもっと人間たちの内面を知りたくなった。

欲望、嫉妬、憎悪、恐怖、絶望。

様々な負の内面をこの目で見てみたかった。

こうして『Nobody's fault』は創られた。


テン「それにしても悪趣味な物を創ったもんだ」


ひかる「わたしの最高傑作よ」


カリン「あ、また誰かが空き家に入っていくわ」


テン「あいつはどっちだ?天使か、悪魔か」


ひかる「さあね、私にも分からないわ。答えは『Nobody's fault』だけが知っている」


その時、11人の少女たちが続々と屋上へとやって来た。

彼女たちもまたかつて天使だった存在だ。


カリン「時間だわ。もう行かないと」


ひかる「それじゃあ、元気で」


テン「最後にこれだけ聞かせてくれないか。あんたがあの鏡を覗いたらどうなる?天使か、悪魔か」


ひかる「答えは『Nobody's fault』だけが知っている。と言いたいところだけど、それだけは私にもはっきりと分かるわ。だから、」


ひかるは空に向かって中指を立てて見せた。


ひかる「私は決して鏡を覗かない」



完。

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