溶ける

城崎

融解

「どうして俺なんかに構うんだよ」


 言葉の裏に『もう俺なんかに構うんじゃない』という思いを込めて、俺は言い放った。

 ずっと、疑問に思っていたことだ。

 彼女は学校内でも人気があり、友人も多い。そんな人間が、俺に関わる理由なんてない。

 あるとすれば人が良いことを見込まれて、担任にでも言われているのだろう。俺が問題児であるがゆえに。

 実際彼女は、まったく成果がないにも関わらず俺に授業に出ろ、課題を出せと口を出してくる。お節介にもほどがあると邪険にしても、そんなのは構わないというように何度も言ってくる。

 ハッキリ言って、すべての行動の意味が分からなかった。


「なんでって……」


 思った通り、目の前の顔には困惑が滲んでいた。全然そんな素振りを見せていなかったとはいえ、やはり誰かに言われて嫌々していたことなのだろう。


「授業にも出るし、課題も出すようにするよ。だから、もういいだろ?」

「それは嬉しいけど……もういいって、何が?」

「は?」


 その目に浮かぶのは、より一層の困惑。どうして俺じゃなく、コイツがそんな顔をしているんだろう。無性に腹が立ってきた。


「誰かに言われて、俺を更生させようとしてたんじゃないのか」

「誰にも言われてなんかないよ。全部私の意思だよ。そんな風に思われてたの? ちょっと心外だなー。悔しい」


 困惑顔から一瞬で頬を膨らませて、不満を主張してくる。

 俺のイライラが募る。


「だとしたら、余計に気味が悪いな……。俺に構ったって、いいことないだろ」

「あるよ。七美くんと話してると面白いよ」


 俺が嫌っている中性的な名前をあえて呼んでくるのも、本当に嫌いだ。


「意味が分からん。一方的にお前がまくし立ててるだけだろ」

「そこがいいんだよ。私ってほら、普段は聞き役だからさ?」

「しらん」

「たまにはいっぱい話したいんだよ。それにね」


 彼女はニコニコと嫌らしい笑みを浮かべながら、俺の顔を覗き込むように近づいてくる。

 反射的に遠ざかると、背中には壁の感触。

 教室の一番後ろで話しているとはいえ、こんなにも近くに壁があっただろうか。


「私知ってるよ。私がオススメしたお菓子を、七美くんが食べてること」

「それくらい普通だろ」


 おそらく、パッケージを見て美味しそうだと思っただけだ。


「お前のオススメだからじゃなくて、ただただ俺の好みがお前と似てるだけなんだろ」

「それでも嬉しいよ。七美くんもチョコレートが好きなんだね」

「好きだよ、悪い、か……?」


 そこで、ひどい違和感を覚えた。

 チョコレート。確かに好きだ。甘いものの中でも、特に好きな部類に入る。

 しかし、この不安になる感覚はなんなんだ。


「悪くないよ、かわいいなって思う」

「褒めてんのかそれ? 褒め方がへたくそだな」

「そう? じゃあもっと上手くなるね」

「いや、別に俺なんか褒めなくても……あ」


 そこで俺は気が付いた。


「俺、学校でチョコなんて食べたか?」

「食べてたよ?」

「……持ってきた記憶がない」

「誰かにもらったんじゃない?」

 

 ほら。

 目の前にチョコレートが迫ってくる。

 いつの間に持ってたんだ、そんなのと思っているうちに、口の中に甘さが溶けて広がった。

 口から喉へ。体内に入っていく。

 おいしい。

 おいしいけれど、これは食べてはいけなかったような気がする。


「ね?」

「なにが『ね』だ」


 ため息しか出ていかない。まともに相手をするだけ無駄なのかもしれない。

 いや、考えてみれば無駄じゃないことなんてなかった。構えば構うほどドツボにはまっているのか、最悪だ。


「とにかく、俺に構うのはもうやめろ。いいな?」

「あ、もう帰るの? また明日ね!」

「人の話を聞け」


「いや、聞かなくていいんだよ。俺に構うな」

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溶ける 城崎 @kaito8

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