3-2

 ウィーピンの言葉通り、二人は劇的な展開を迎えた。レーダーに続いて、望遠レンズが未確認物体を捉えた。光のない星系間ではどれほどの大きさのものかは二人ともよく見えなかったが、返ってきた反射波によれば、調査船よりも二回りほど小さなものだと分かった。調査船に搭載されたAIが自動的に『未確認物体X』とラベリングする。


「小惑星か」

「それにしては、形が整いすぎている。もしかすると宇宙鯨かもしれないぞ」

「勘弁してくれよ。あいつらにぶつかったらひとたまりもない」

「とりあえず、近づいてみよう」


 調査船はすぐさま未確認物体に向けて進路を変えた。ライトに照らされて未確認物体は、ひとまず宇宙鯨ではないと確認された。調査船は追走し、そのうち同等の速度となった。その時ようやく、初めて二人は間近で目にすることが出来た。


「おいおいおい、一体何だこりゃ」

「全く分からんな」


 二人とも見たことのない形をした物体だった。まず八角形の体をしていた。そこから格子状の線や角張った触手が伸びており、頭は半球状で、目も持っていない。二人にとって物体Xは生き物とそうじゃないとも呼べそうな、不気味なものだった。


「俺たちの星でも、こんなのを見たことあるやつはいないだろうな。そもそもこれは生き物か?」

「とりあえず、走査させよう。話はそれからにしよう」


 外部に取り付けられたレーダーが内部構造や生命反応を確認する。その間二人は固唾を飲んで、見守るしかできなかった。


 結果はすぐに出た。AIが出した結論は、まずこの物体は生命ではないということだった。金属で構成されており、仮に金属生命体であっても、脳波やそれに当たるような反応がない。内部には危険物は特段見当たらないことで、格納することにした。


 格納ハッチが開き、物体Xに蛇のようにうねるアームが伸びる。触れたときに生じた僅かな揺れが、ワンフォンの期待を文字通り揺さぶった。「劇的な展開だ」とウィーピンが煽る。


「あぁ、劇的な展開だ」


 軽口を叩きながら、二人はハッチに向かう。二人が到着するまでの間、格納ハッチは何種ものレーザーを照射し、表面の構成物質や内部構造を走査していた。検査を元に、AIは警告灯を光らせた。


「何が原因だ?」


 ワンフォンが呻いたすぐ後に、黄金の円盤が原因だと伝えた。僅かではあるものの、円盤全体に放射能が塗装されているらしい。

「どうする?」

「放射能の半減期を確認後、除去させよう」

「そうだな、それがいい」


 ウィーピンの命令にAIは即座に反応し、円盤を傷つけないように放射能の除去に取りかかった。散布された除去剤が反応し、蓋の開けられた炭酸飲料のように、放射能が泡だって洗い流される。


「放射能を塗装して宇宙にものを飛ばすなんて、どんな野蛮な文明だ?」

「その言葉、十年前のお前に聞かせてやりたいよ」


 除去された放射能の半減期を確認すると、比較的最近作られたもののようだと結果が出た。この場合における最近、というのは宇宙が生まれて今日までの長い時間を考えれば、ということであるが、ともかく二人は、はじめのうちはこの円盤について目を向ける気はなかった。


 調べれば調べるほどに、この物体には、特に価値のないものに思えていた。何か偏光させるものが出てきたが、それはすぐにレンズと分かった。それでカメラのような装置があることが分かったが、調査のうちに科学の歴史の初めで習うような、きわめて原始的なものだと分かった。そのほかの部位を調べてみても、二人の結論が変わることはなかった。星の数ほど銀河連盟に参加している文明があるが、ここまで低性能のものを宇宙にほっぽりだす文明は耳にしたことがなかった。


「でもよ、だとすると、だぞ」


 調査がひと段落ついた頃、ワンフォンがわずかに声音を変えた。それは何か重要な発見をしたと思った子供のような声だった。


「まだ銀河連盟に参加できていない文明が飛ばしたものってことじゃねぇかな?」

「確かに」


 そして、二人は急いで物体Xの航路を洗い出した。幸い、飛んできた航路は記録されていたので、すぐにどのあたりなのかを割り出すことはできた。太陽風や小惑星で進路にずれはあるだろうが、予想された進路を手当たり次第に赴けば問題はないと考えた。当初の目的を変更すると、宇宙開拓局へ手短に報告し、二人は船を走らせた。


「ところで、この円盤は何なんだろうな」

「さぁ」


 と、首をかしげたものの二人は念入りに調査を行うことにした。ロボットアームが、黄金の円盤を取り外す。放射能を除去したもの、それでも危険性が完全になくなったとはいえない。防護服越しに二人は観察することにした。


 黄金の円盤にはどうやら表と裏で違う役割を持っているようだった。一面はこれを飛ばした文明が使っている記号が刻まれており、幾重もの溝が彫られていた。もう一面には、八つの図面が刻印されている。最初の面に刻まれていた記号はどれだけ眺めても、二人の文明なりの理解になるので、考えるだけ無駄だと判断した。それで、まず初めに八つの刻印についての解析を進めることにした。


「意味が分からんな」

「あぁ、まったくだ。こんな図面しか載せられない文明とは、いったい何なんだろうな」


 ワンフォンが毒づいたが、二人はお互いの知見を交換し合うことにした。初めのうちは円盤とずっと顔を合わせているだけであった。伝えはしなかったが、二人はお互いに、これらの図面を永遠に理解できないような気がしていた。そろそろ一日の疲れが襲ってくるころ、二人のうち、どちらかが声を出した。


「円に円が描かれている」


 単純な発想ではあったが、視界の隅で見えた流れ星のように、すぐに見落としてしまいそうなものだった。そんな発想だったからこそ、二人はもしやと思った。


「つまり、これってできるだけ単純な図を載せているってことじゃないか?」

「あぁ、そう思えてきた」


 先ほどまで疲れ切った顔をしていた二人だったが、ワンフォンの頭はひどく冴え始めていた。


 描かれている円の上では、何かが這いずっている。そのように見える。すると隣に刻印されている線は、この円盤を横に見立てた図ではないだろうか。線の上には何か指のようなものがある。這いずっているのは、この指ではないか。ならば這いずっている場所は? 一つ、また一つと連鎖的に発想が繋がり、二人なりの答えが生まれた。


「これはおそらく、何かの記憶装置だ」

「だな」

「で、これを起動させるにはたぶん、溝の大きさに合わせた指か爪でなぞればいいわけだ」

「あぁ、そうらしい。それを明日作ろう」


 ウィーピンは疲れ切っていた。それも仕方がないはずで、二人は普段の三倍以上、調査を行っていたのだ。しかし相棒は、少年のように瞳を輝かせている。


「馬鹿言え。今日中にやるぞ」

「なら、それは任せていいか? 死ぬほど疲れたんだ、もうフラフラで倒れてしまいそうだよ」

「あぁ、もちろんだ。任せてくれ。お前が寝ている間に、謎は全て解明しておくさ」


 何か言い返す気力もなく、ウィーピンはハッチを出て行った。


 ワンフォンには恐ろしいほどのエネルギーが溢れていた。故郷の若き太陽が煌々と爆ぜているように、体の隅々を際限なく動かしてゆく。なくなっても困らない機材を分解し、溝の大きさに合わせた専用の爪を作りあげた。爪を溝に落とし込み、そしてなぞる。


 不明瞭な声がした。聞き取るには小さすぎるし、何よりも意味不明だった。失敗だった。が、彼は諦めることなく方法を探す。


 その間に未知なる航路を辿る調査船は小惑星帯を通過しようとしていた。熱波ドリルが起動し、細い道を生み出してゆく。


 時間が経つごとにワンフォンに眠気が襲っていたが、それ以上に調査の手は止まらなかった。描かれていた円の中央に点があることに気づき、その点が示しているのは、円盤の中央に開けられた穴のことだと分かった。つまりこれは、惑星が太陽を中心に公転するように、何か軸を作って回転させるようなものだろうと考えた。装置を急いで作って、円盤を乗せた。今度こそ、と思い円盤を回転させ、爪を落とした。


「なんだこれ」


 成功とも失敗とも呼べるような結果だった。声が飛び出たのだ。とはいってもひどく不規則であり、声の調子も一定であり、それが延々と続く。


「なんだなんだ、なんなんだ」


 ワンフォンははじめ失敗したと思い、もう一度初めからスタートさせた。しかし、同じ結果で終わった。これまでかと考えるが、相棒に大言壮語を吐いた自分を思い出す。いつも難なくこなす相棒に笑われたくない。そんな一心が体を動かす原動力だった。


 失敗した原因は何なのだろうか。もしかすると、それともここまでのものすべてが間違っていたのだろうか。いや、それはない。意味不明ながらも、円盤は声を発したのだから。だとすると何が間違っているのか。少ない図だけで答えを求めようとしたからなのか。


 結果からすると、ワンフォンのその考えは間違っていなかった。彼は円とその隣の、何かの図形に集中していた。しかしふと、目を横にずらすと、波打つ図形があった。


「もしかして何かしらの波形なのか?」


 AIに命令し、記憶されていた全ての声を吐き出させ、一旦データとして記録させた。波形として表示させると、もはや波と呼べないほど声ぎっしりと詰まっていた。刻印されていた形をまねて、波のように見えるまで波形を伸ばす。なんとなく、としか形容できないが、それなりの形に整えた。それでも飛び出る声は相変わらず無機質なものだった。


「わっかんねぇ……」


 ワンフォンは既に限界を超えていた。これ以上作業を続ければ蓄積された疲労によって、張り詰めた糸が途切れるように、急に倒れてしまうだろう。だがそれでも、と思い作業を続行することに決めた。


 過ぎてゆく時間を惜しむようなことはしなかった。劇的な瞬間を前にして倒れるのは、何よりも耐え難い苦痛である。そう言い聞かせているうちに、ふとアイディアが下りてきた。


 もしこの波が、実は風景を表しているのだとしたら?


 試しに何通りもの方法で、思いつくままに音声を風景に変換させた。すると何点か風景が現れたが、一つだけ見覚えのあるものがあった。


「あれ、見たことあるぞ」


 その風景は、『〇』とだけの、非常にシンプルなものであった。だがそれは、円盤に刻印されていた図形の一つと差し支えないものであった。この方法に違いないと確信し、あの無機質な声を片っ端から風景に変えていった。風景は一つ、また一つと増えてゆき、作業が終わるころには、百十五点にも上っていた。


「これは……」


 最初に理解できたのは、その星の数字だった。円盤の表面に刻印されていた小さな線は、数字だと記されていた。横線は「0」、縦線は「1」と表しているらしい。大きさを表す単位も記されているから、風景に見えるものの大きさの理解に大いに役立った。


「なるほどね、二進法か」


 数多の星で理解されている二進法が、原始的な文明にもあることに彼は親近感を覚えた。むしろ原始的だからこそ、そんな数え方をしているのかもしれないなと笑った。


 ワンフォンが次に理解できたのは、これらの物体を飛ばした文明を営む生命の姿だった。一対ずつの手足を持ち、一つの頭、二つの目が前についていて、口は一つ。自分たちとは似ても似つかない姿だった。


 久しぶりに見る異星人の生活様式に、どことなくだが、ワンフォンは親近感を覚えて始めていた。それは、五代前の祖先たちが星間の交流を結んだ異星人が水生生物であり、違いすぎていたせいであった。姿形は違えど、同じように大地に足をつけて住んでいるとなれば、一層その感覚は強まっていた。


「おや」


 そこで唐突に風景は終わった。故障かと思ったが、保存した声はまだ残っていた。AIに命じて、調査を続ける。すると、異星人の肉声と思われる声が飛び出してきた。どうやらまだいくつもの言語を使っているようだ。単調な短い声が連続で続いたり、何かしらの歌を詠みあげる太い声が、記憶されている。おそらく声帯は一つしかないが、その使い方も性質も言語ごとに異なっているようだ。別々に記憶された風景と声は、抑揚をつけて喋るアンドロイドを前にしたような、そんなむず痒い感覚をワンフォンに覚えさせた。


 それらの声が終わり、続く声を聴くと、ワンフォンは自分の耳を疑った。流れてくる声は全く調子が違っており、彼を高揚させる。


 聴き終わるころには、彼は今日まで宇宙調査開拓員をやっていてよかったと心の底から思った。それほどまでに、今までの自分を肯定していた。


 調査室のドアが開いた。


「やぁおはようさん。というよりも、お前、その様子じゃ寝てないな? 睡眠は大事だと何回も言っているじゃないか。あんまり熱中しすぎると、お前が昨日話していた……」


「おい、ウィーピン」

「なんだ?」

「とんでもない映画が記憶されているぞ」

「は? 異星人の映画? なんでそんなものが」

「いいから、ほら」

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コスモノート 高坂 吉永 @Asagirilei

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