第16話戦渦の合間
ロバーツが盗賊になったのは十年前。漁の間に盗賊にさらわれた妻子を取り戻す為に一人で盗賊の巣窟にぶっこみをかけて勝ってしまったのが始まりだという。それからお礼参りに疲れ果てた所に男に色仕掛けをかけられたのをネタに脅されて盗賊団に入り、いつの間にか頭目にまで上り詰めたというのだからどこから突っ込むべきか悩む話だ。
そんなロバーツの娘だが今度結婚することになったらしい。あんなんでも親の情はあるのか聖騎士さまの祝福が欲しいのだとか。それならそうと言えばいいのになんであんな貞操狙ってますな言い方を……。
「それで娘とやらはどこにおるんじゃ?」
「この先の漁村リエージュだな。娘の名前はマーガレット。網元の家の子で今年で18になる赤毛の女だそうだ」
トコトコ馬を三日ほど歩かせてリエージュへの道を進む。寄り道になってしまうが、俺達の目的は今のところ時間稼ぎと呪いの治癒(自傷)なのでまあいっかというところである。
そんなわけで着いたリエージュなのだが、ここにも戦火の影響がしっかり来ていた。
「網元さんとこのマーガレットですか?ええ、ええ、もう女衆を連れて奥方の御実家の……マルタ村の方へ避難して行きましたよ。ここよりは反乱軍も来ないでしょうし」
リエージュは小さな漁村なのだが女子供の姿が全く見えない。気配を手繰っても村に存在していないようだったのでその辺の漁師を捕まえて話を聞いたところ、女子供はとっくの昔に避難済みだったということだ。
「それでは御婚礼は……」
「男衆はここで船を守らにゃならんのです。とても式どころじゃありません」
「可哀想だが相手のルイも立派な男でさ。真っ先に州兵に取られちまった」
まあ、ガタイのいい漁師なんか軍隊に目を付けられるわな、という話である。当事者はリエージュにはおらず、既に離れ離れになってるじゃん。俺、何しに来たんだよって話。
「そうですか。せめてこの地の被害が無いよう祈らせては下さいませんか?」
「おお、そりゃあ有り難いことです。」
「教会はそこの角を右に曲がった所です。案内しましょうか?」
「いえ、そこまで御手を煩わせるわけにはいきません。自分達で参ります」
「こんな時分ですんで何もできませんですんません」
「いえ、こちらこそ大したことも出来ませんで……」
日に焼けた赤ら顔を心配そうに俯けていた漁師達はわずかばかりの希望に縋るように色めきだった。とりあえず厄災避けの祈りと聖遺物に祝福を施してやることにして俺達は教会に向かう。
簡素な木製の扉を開けると残っていた修道女が聖遺物を持ち出してくれた。
「聖遺物とかいうから何かと思えばただのミイラの指じゃな」
「こら。これは第六次千年戦争でノーデンス様に随行したナイトゴーントの一部だ。神聖なものなんだぞ」
ハスターの言う通り、パッと見はただのミイラの指だ。両面宿儺の指よりは黒い。というかカビもあって真っ黒だ。白黒印刷でニュアンスが出るかどうかというくらい黒い。まあ神話生物に生えるカビなんてものなのでお察しだが。
聖遺物というのは大抵奉仕種族の遺体の一部で、これらを媒介にノーデンスは人間たちに加護を与えているのである。聖騎士、聖女なんてものまで用意して面倒なこった。
「では祝福を……」
儀仗用の剣を振って祝福の祭文を唱える。これでこの辺は一年間豊作豊漁と安全が保障されたってわけ。続いて厄除けの儀式も行ってやれば修道女は涙を流して喜んでいた。
「聖都ノーリアスが陥落し、聖騎士さま方も半分になられたと聞いておりましたがこんな村にまで来て頂けるなんて……」
「どんな時でも我々の使命はノーデンス様の加護を皆さんにお届けすることです。今は辛いでしょうが、きっと聖都も平和も取り戻して見せましょう」
そばかすだらけの顔を歪めて修道女は静かに泣いていた。ノーディアスでは他人頼みで自分から事態を解決するという人間が少ない。だから転生者が好き勝手に出来るのだが、この性質は俺からすると面白くない。
人間というものは如何なる理不尽にも残酷な運命にも抗って戦うモノだ。だからこそ面白いのだし、最高の娯楽になるのだ。考える葦でなければただの草。息を吸って吐いてるだけの代物だ。
そう考えると女子供を避難させて自警団を組んだらしいこの村はまだ好ましい方である。だって水晶洞窟の前のおばちゃんなんかこの状況下でまだ呑気に屋台出してたしね。誰かが救ってくれると思っているのだろう。よほどの吝嗇だと思って思考読んでみたけど空っぽだったし。
適当に修道女を言いくるめて俺達はリエージュを去った。何度でも言うが当事者がいないのでは何もしようがないのだ。
「さて、どう報告するつもりじゃ?ロバーツとやらと落ち合うのは三日後じゃろ」
「さあてどうすっかなー。とりあえずマーガレットが無事だっていうのはともかくとして、後でマルタ村にでも行ってみるのもいいかもな」
「ノープランということじゃな。尻を狙われても知らんぞ」
「ぶっ、ばか事を言うんじゃねえよ!」
思わず尻に防御魔法をかけてしまった。攻めのアナルはコンクリ詰めとかいう拷問があるらしいがよっぽど人道的な守りになったのをハスターは指差して笑っていた。
ニャルラトホテプの異世界紀行 広瀬弘樹 @hiro6636
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