第3話

 まず言っておかなければならないことがあるんです。私、小説家と名乗ったじゃないですか。あれですね、人によっては違うと糾弾される可能性があります。


 小説で生計を立てていたとかいうわけではないんです。

 ただ、小説を書いて生きていただけで。

 だから人から言わせればきっと私は無職のニートだったんじゃないんですかねぇ。

 でも、まぁ名乗るのは勝手ですからね、私の中で私は小説家だったんです。


 えっ? 働きもしないでどうやって生きていたのって?

 あのですねぇ江渡さん、現代日本ってお金なんてなくたっていくらでも生きていけるんですよ。……まぁ後々になってしっぺ返しを食らうことにはなりますが。

 私の場合はですね、大学を中退しまして、とあるブラック企業に就職、一年間頑張って勤めて辞めて、貯金と失業保険で食いつないで、それらもなくなったらあとはリボ払いでなんとかしてましたね。

 ええ、ええ、そうです。あの年利18%とかいうやべぇ借金制度です。

 いやー正直さっさと小説家で食っていけるもんだと思っていたので、それほど危機感はありませんでしたねぇ。でも私が死んだあと、その借金はきっと実家が肩代わりすることになっちゃったんでしょうね、ザマァみろです。


 家族仲ですか? ん~たぶん悪い方だったと思いますよ。というかですね、どうしても私が上手く立ち回れなかったんです。

 私って、母が一人で海外旅行してたときに強姦されて出来た子供なんですよ。そんで母は日本に帰って心優しい男――私にとっての義父と結婚して、二人の義弟もできるわけですが、家族の中でこんな見た目なの私だけですし、母ですらも、私を見て嫌な記憶を想起してしまう具合で。


 居心地は最悪でしたねぇ。だから小さい頃からずっと、物語の世界に逃げていました。

 私にとって創作は、生きることだったんです。


 大学進学を理由に家を出て一人暮らしを始めました。文芸サークルとかいうのに興味があって顔を覗かせてみたんですが、オナニーの見せ合い、無意味な褒め合いパラダイスで反吐が出ちゃって入りはしませんでした。


 それでフラフラと部活見学をしている中で、唯一創作に対して真摯に取り組んでいたのが演劇部だったのでノリで入部しました。最初は脚本志望だったんですけど、部の意向として役者も音響も照明も大道具も、なんでもやりました。

 するとですね、勝手に人との繋がりが生まれて、勝手に惚れられたりするんですね。

 いや~世の非モテ男子女子に私は言いたい。恋人作りたいなら演劇部に入れと。


 ああいや、私は恋人なんかいらなかったので作りませんでしたよ? でもほら、私一人暮らしだったじゃないですかぁ、終電逃した人とか泊めてあげてたんですよね。

 最初は善意だったんですけど、泊めてくれって言ってくるの男子ばっかりでしたし夜中突然迫られたりで……恋とか好意とかってこんなもんなんだなぁって思っちゃったりして。

 いや指一本触れさせてないですよ。お風呂で寝てもらいましたし。


 まぁそんなこんなで大学三年まで自堕落に過ごしていたんですが、母が自殺しまして。遺書とか残ってないですし、義父も義弟達も不自然なことはなかったの一点張りで。まだよくわかってないんです。


 でもその報せを受けたとき、『ああ、人ってこんな簡単に死んじゃうんだ。私も早く成すべきことを成し遂げなきゃ』って焦りが出てきて――


 ――冒頭に戻ります。


 一応就職したものの長続きせず、失業手当をもらって、リボ払いで食いつないで、死ぬまで小説を書いて……結局、何も残せずに死にました。


 はいっ私の人生は大体これでおしまいです。

 ええっ! ちょっと江渡さん、泣かないでくださいよ! 全然そんなテイストのお話じゃなかったでしょう?

 ……江渡さん、もしよろしければ、次は江渡さんのお話を聞かせてくれませんか?

 だって変じゃないですか、江渡さんみたいな健康体の美人さんが、働きもせずに学生街の事故物件で一人暮らしなんて。


 教えてください。私と出会うまでの物語を。


 ×


 私の人生は、貴女に比べたら山も谷もないようなものよ。


 物心ついた時から女性が好きだった。同じクラスの女の子も、幼稚園の先生も、可愛くて、綺麗で、お淑やかな存在がたまらなく愛おしかった。


 それが異常だと気付いたのは小学四年生の頃だったかしら、クラスでどの男子が好きか、という話題についていけなかったの。


 中学で初めて恋をした子は、あっけなく男子と付き合って、自慢気に処女を散らしたときの話をしてくれたわ。結局高校に上がってもそういうことの連続で、何度も吐いて徐々に心と体を現実に擦り寄せていったの。


 だけどようやく、大学二年生で私と同じ――レズビアンの人と出会った。その子とは話も趣味も合ってすぐに仲良くなって、幽霊が見えるっていう話も驚きはしていたけど信じてくれたわ。私も彼女の全てを受け入れる覚悟があった。それで、一年後、私達は恋人同士になったの。

 キスも、肌を重ねたのも、その子が初めてだった。

 ちょ、そんなに抱きしめたら苦しいってば。……でも、嫉妬してくれたの? ごめんね、たまらなく嬉しい。ちなみにその子以外には今までいないわ。モテまくりヤリまくりの貴女と違って。言っておくけどまだ疑ってるから。


 ……そうね、話を戻すわ。

 結局、その子にはフラれたの。実はビアンっていうのは違くて、バイだったみたいで。子供が欲しいからっていう理由で、いつの間にか男の先輩と付き合ってて、あっさりお別れ。

 全てを受け入れる覚悟があるって言った割には大ダメージでね、視界に色はないし、ご飯に味もない。

 彼女からもらったプレゼントを粉々に砕いて食べたり、燃やしたりしながら、二年を掛けてなんとか折り合いをつけたわ。


 それからは……流石の私も、贅沢なことは考えなくなった。つまり、恋人なんていらないって振り切ったの。


 私は貴女と違って死ぬほど熱中できることなんかなかったし、ただ生きて、真面目に、誰にも迷惑をかけないよう、かと言って男から求められても困るから静かに、ただ、生きて。


 生きて。無為に生きて。なんとなく生きて。漠然と生きて。流されるまま生きて。死ぬように生きて。


 一つの結論に辿り着いた。私の人生は、死ぬためにあるのだと。

 よりよい死を手に入れるために、私は生きているのだと。


 それでここに来たのよ。知人はいないし、生活の固定費は安いし、なにより若い女が死んだっていうから、幽霊と恋愛するくらいは許されると思ってね。


 ちょっと、貴女こそこんな話で泣かないでよ。バカね、私今、人生で一番幸せなんだから。

 こんな気持ちにさせてくれたお礼をしたいって、ちゃんと本心で思ってるのよ。


 だから、明日はもっと頑張るから……今度はもう少し大人のマッサージ、期待してもいい?

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