いい夢を

 翌朝教室に入ると有紀が弾けるように私に飛びついた。


「叶夢ちゃん。穂希がね、穂希が昨日目覚めたの。体に何も異常もないって」


 今にも空へ飛んでいきそうなほど今まで見せたことがない喜びようで有紀は飛び跳ねていた。委員長を起こせたのは私たちなんだけど、信じれないだろうな。と私は初めて知ったような口ぶりで喜んだ。


「良かった良かった。委員長が目覚めたんだ。それでね有紀、誕生日会のことなんだけど、私やめておく。その代わりに委員長と会ってきて」

「どうして、誕生日までまだ時間はあるから私は」

「有紀、委員長とまだ疎遠になっているんだよね。私のためじゃなく、有紀のための誕生日にしてほしいの。同じ誕生日の幼なじみがずっとお祝いできないままなんて悲しいよ」


 夢の中でアリスとして答えてくれた彼女の言葉は、まぎれもなく委員長の心の奥底の言葉だった。

 委員長は幼稚園の頃にやってしまった失敗を根に持っていた。自分のせいで大事な幼なじみの誕生日を壊してしまい自分から距離を置いていたんだ。

 有紀はその時のことを楽しい思い出としているけど、委員長はそうじゃなかった。自分のせいで有紀にバースデーケーキを捨ててしまった後悔があって、誕生日を委員長の方から避けていた。委員長の性格なら過去の失敗を笑い話にしたくないだろうし。いつか謝りたい。でもどうすればと委員長は悩んでいた。

 だから仲直りできるのはこの機会しかない。それが、委員長が望んでいることだろうし。


「勝手に決めないでくれる」


 後ろから急にかけられた言葉に振り替えると、暁委員長が立っていた。


「穂希ちゃん! 昨日目覚めたばかりなのに、もう学校に来ていいの」

「寝てただけだったし、何日も休んでて心配続きになるでしょ。それより間さん、勝手に私の気持ちを推測して決めないで」

「ご、ごめん。でも委員長本当は有紀とまた誕生日を迎えたいと思っているんじゃないかなって」


 ムッとしていた委員長は、少し目線を背けてしばらく沈黙すると。再び私に向き直った。


「わかったわ。その代わり、間さん」

「は。はい」

「あなたの誕生日はいつなの?」

「え?」

「誕生日はお祝いするもの。一人や二人よりも大勢で祝う方がいいものになるんだから」


 腰に手を当ててやわらかい笑みを浮かべる委員長。その後ろで目を潤ませていていた有紀が委員長を背後から抱きしめた。


「穂希ちゃんがまた来てくれるなんて嬉しいよ。穂希ちゃんが大好きなイチゴのホールケーキ用意しておくからね。でも、来る前にシュークリームは食べないようにね」

「な、なんのこと」

「委員長ごめん。その話もう有紀から聞いた」

「な!? あの話をしたの」

「もう時効かなと思って、つい」


 えへへと笑ってごまかそうとする有紀だけど、委員長にそれは通じないどころか逆効果だった。


「有紀~。あんた私の黒歴史をよくも」

「ご、ごへん」


***


 委員長が学校から帰ってきたその日の夜。私は白澤君に電話をした。

 電話がつながると『う~ん』と目覚めたばかりのうなる声が聞こえた。


「白澤君ごめん寝ていた? 明日かけなおすね」

『ううん。ちょうど目が覚めたところだから』


 現実の世界でようやく白澤君の元気そうな声が聞けてほっとした。委員長が学校に戻ってきた一方で、白澤君は学校に来ていなかった。

 白澤君からの電話が途切れて焦ったのだけど、その後電話から小さな寝息が聞こえた。私が学校で倒れたのと同じで、この数日夢の中で起きていながら悪夢と戦っていた反動で眠気に落ちたようだった。

 寝ていただけということに気づいたのもあってその時は電話を切ったのだけど、こっちから電話をかけるのはどうしようか迷っていた。

 迷った末、えいっとLINEの通話でかけたのだった。


『もう委員長が学校に来たの』

「うん。寝てばっかりでいられないからだって。真面目な委員長らしいよ。そうそう、有紀の誕生日に委員長が来てくれるって」

『そうか。夢の中でたまっていたことが現実で解決できるなんて。間さんもしかしたら悪夢払いの才能があるんじゃないかな』

「そんな。あれは白澤君の力があってだよ」


 そもそも委員長に悪夢が住み着いていたのを発見できたのも、私の居眠り病が夢魔だと判明したのも白澤君の助けがあってこそなんだから。


『僕なんかやっぱりぜんぜんだよ。寝落ちしちゃって、丸一日寝ていたんだから』


 丸一日も! クマができるほど寝ていなかったけど、まさか一度も起きなかったなんて。そんなに体力を消耗していたんだ


「そんなに寝て両親は心配してなかったの」

『こういうことはよくあることだから、特にそんなこと考えたりしないよ。回復するまで遅いとか言われるぐらいで』


 電話の向こうから流れてきた声はいつもと変りないものだった。そのいつもの調子で何でもない言い方が、怖い。だって、一日中寝たきりなんだよ。誰かが倒れたら今回みたいにみんな心配してくれるし、私が授業中に居眠りしていたら委員長が怒って起こしに来てくれた。

 でも白澤君の家はそれが当たり前。ううん。遅いとみられて無関心だ。悪夢払いとして優れていないからってそんな悲しいことが、彼にとってなんだ。


 電話を離してあぜんとしていると、白澤君から嬉しいそうな声が聞こえる。


『初めてだな。寝ているのを心配してくれるなんて』

「心配するよ。今日一日メッセージも何も返ってくれなくて授業中集中できなかったんだから」

『ごめんね心配かけて』

「そんな心配だなんて」


 するのが当然に決まっているじゃない。悪夢払いとしてがんばって、私や委員長たちを助けてくれた白澤君にいっぱい心配の声をあげたいよ。


『おやすみ、ゆっくり休んでね間さん』

「…………うん。もらったアイマスク大切に使うよ」


 ピロンと携帯の音が切れた。

 この後また悪夢払いに行くのかな。使命という重荷を背負いながら誰にも知られず戦う白澤君の姿を思い浮かべた。誰からも感謝されずに戦うのって悲しいな。

 でも私は知っているよ。白澤君がみんなを救ってくれたヒーローだってことを。

 白澤君のことを思いながらアイマスクをつけて目をつむると、ハーブの香りに誘われるように眠れた。


***


 その日、私はまた夢を見た。

 ぽかぽかお日様が照る花畑に、私は白澤君のひざの上に頭をのせて寝ていた。

 何が起きるわけでもなく、白澤君が私にほほえみながら、こっくりと舟をこいでお互い眠っている夢。大したことも起きず、記憶にも残らない夢だけど、これが私が主役の夢であることは違いなかった。

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ユメモブ~夢魔の子孫だった私が夢の中のモブとして悪夢退治~ チクチクネズミ @tikutikumouse

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