メアリーアン

「だから私は盗んでない」

「その口元のケーキのあとが証拠だ」

「私には証人がいるの。だから盗んでない」


 女王とアリスがにらみあったままお互い主張を譲らない隙を見て、後ろに回ると自分の体にお札を当てた。


「メアリーアン。私はメアリーアン」


 お札にアリスと瓜二つの姿をイメージして、変身した。前に人間に戻った白澤君の時と違い体に変化はない、私のキャラは夢になじんでいるようだ。後は上手くなりきるだけ。

 演技なんて幼稚園のお遊戯会しか経験ないけど、やるしかない。メアリーアンがいるとしたらと口調を考えて、息を吸い。口を開いた。


「待って! その裁判私も入れさせて」


 その場にいた全員が一斉に振り向いた。突然どこからともなく現れたと思い込んで、みんな私に視線を向けている。

 コツコツと音を立てながら被告人席の横に行くと、アリスに声をかけた。


「アリスやっと会えた」

「あなたは誰?」

「メアリーアンよ。あなたのそっくりさんのメアリーアン」

「……すごい、私とおんなじだ」


 口を半開きにして驚く表情を隠せないアリス。そっくりなのは私がそうイメージしたからなんだけどね。

 そして裁判長席脇から、ウサギの赤い目がギラギラとにらむように私に視線を注いでいた。


「メアリーアン? ……なぜここにいるメアリーアン」

「さっき眠りネズミさんから、ウサギが私と会ったって聞いたの。ひどい嘘ね、今日あなたに一度も会ってないというのに」


 もちろんメアリーアンがウサギと会ったわけもない、そもそもメアリーアンは原作でも名前だけしかなく私が今作ったもので、存在すらなかった。しかし私の主張にみんなざわつき始めた。それを聞いたウサギは耳をピンと立てて腕をブンブンふって否定する。


「そんなことはない。私が会ったのはメアリーアンのはずだ、アリスなんて見てないのだから」

「そうねあなたは目が悪いから、アリスなんて最初から見てないのよ。あなたはその長い耳で、誰の声か聞き分けたのよ」

「なぜそう言える」

「さっきまで証人席に眠りネズミがいなかったの。ちょっとした拍子に落ちて隠れてしまったの。あなたのいる席からでは眠りネズミは見えないはず、けどあなたはしっかり聞き取った」

「たまたま見ただけだ」


 そっぽを向いてウサギは意地を張る。なら次の手に移ろう。私はウサギに指を差した。


「じゃあ質問します。あなたの隣には誰がいます?」

「もちろん女王様に決まっている」

「それと僕も」


 さっきまでいなかったはず白澤君の声に、ウサギの耳がピンっとまっすぐになった。


「な、どこにいるというんだ」

「目の前だよ」

「なんだこの猫は!? 私の許可なくとなりにいるなんて無礼な。早くこいつを追い出せ」

「失礼女王様、すぐこの者を追い払います」


 ウサギがサスマタを手に取り突撃すると「にぎゃ!」と白澤君にかすりもせず、勢い余って女王のお尻に突き刺してしまった。


「お前の目はどこについているんだい」

「はい、鼻の上にあります」

「なら鼻の上の上に目を新しくつけなさい。今すぐに」


 怒る女王はぶすぶすと太い指でウサギの目の上を何度も突き刺した。あらぬ方向にウサギは刺してしまい、ウサギは大弱りになる。


「し、しかしいったいどこにあの証人のチシャ猫がいるんだ。第一お前は証人だ、証人席に座るべきだ。これは法律で決まっている。逆らうと首をはねられるぞ」

「僕は証人じゃないです。宙に浮いた猫です。だから僕がいるべきなのは宙です」

「なんだって? そんなバカなことがあるかね。猫が宙に浮かぶなんて。嘘はよくない、女王様は嘘が大嫌いだ。首を切られるぞ」

「おバカなウサギ。目の前に首が浮かんだ猫がいるじゃないか。どうやって首を切ればいいんだい」


 たしかに白澤君はウサギの目の前にいる、首だけ宙吊りになってというただし書きがいるけど。

 原作で女王が首だけのチシャ猫の首をはねようと命じたけど、その下がなくて大弱りするシーンそのままを再現した。

 驚いたことにお札の力は首を宙に浮かせることのみで済んだ。白澤君の首は最初から外せられたの。中途半端な再現だと思ったけど、これは委員長が逆に不思議の国のアリスを中途半端に覚えていたからだと白澤が教えてくれた。


「ということは証人席のチシャ猫はいないということだ。勝手に移動するのは罪に問われる」

「体は証人席にあります。だって体がないと証人席に立てないじゃないか」


 立て続けにくるウサギの答弁に白澤君が反論する。証人台には首から上がなくなりっているのに、前足を上げて立っている猫の体があった。

 周囲のトランプ兵たちはその不気味な光景におののき、あるトランプ兵が大岩のような分厚い本を倒れかけながら開くと「法律によると、『証人は証人席にいるように』とある。チシャ猫の体は証人席にいるので問題はないでしょう」と震えながら分厚い法典を読み上げる。その一方で「しゃべっている頭は宙にあるから無効だ」と別の本を読んで反対のことを主張する兵士が叫び、大混乱。


「お黙り! この国の法は私。極刑は首をはねるのが決まり。首が切れないのは知らない!」

「そうですか。ところで女王様、ウサギは目が見えないのにアリスを見ていないとおっしゃってますが」

「嘘つきだ。ウサギは嘘をついている」

「ではアリスを連れて帰ります」


 これで逃げられるとアリスの手をつかもうとした瞬間、まるで殴りつけられたみたいな爆音が響いた。


「待った! 私の命令もなしに連れていくなんてどういうつもり。首をはねるわよ。そいつにはまだケーキを盗んだ容疑がかけられているの。お分かり? アリスが私の特性ケーキを盗んだのよ」

「だから私は」


 簡単に逃がしてくれない。それはわかっていた。だけどこれで悪夢を追い詰めることができる。


「そうそう女王様、忘れていました。私ケーキを盗んだ犯人がわかりまして、それをお伝えするために参りましたの」

「誰なの。その不届き者は」


 女王が裁判長席から転び落ちそうになるほど前のめりになって私をにらみつける。そして女王の横にあるケーキを指さした。


「女王様のケーキはすばらしいです。だって食べてもなくならないケーキなんて女王様にしか作れません」

「そうよ。こんなケーキ、私にしか作らせることができないのよ」

「だとしたら簡単です。女王のケーキを食べなかったものが犯人です」

「なんだって? 私のケーキを食べないということは、私を拒んでいる奴だわ。その者の首を全員はねよ!」

「いいえ、たった一人です。まずこの巨大なケーキがどうやって盗まれたか。簡単です食べてしまったんです。ケーキを腹の中に隠して、皿だけを盗んだのです。皿だけ盗んでしまえば簡単に隠せます。そして部屋の中においてケーキが復活するまでに逃げればいい」

「では誰がケーキを食べてしまったの?」

「簡単です。もう一度ケーキをみんなに配ってください。」


 ケーキがまた切り分けられて、全員の前に配られていく。


「私のケーキは私の体と同じよ。食べても食べても私の体になるだけよ」

「口で食べるなんて意地汚いけど、これで僕も犯人じゃないよ。もう一個持ってきてもいいよ」

「バースデーケーキじゃなかったけど、ぜんぜん食べられる」

「私も」


 女王もアリスもトランプ兵も切られたケーキを口の中に入れた。そして一人だけフォークに突き刺さったケーキを前に震えていた。


「どうした。私のケーキを拒むというの」

「い、いえ。食べますよ。もちろん」


 ウサギは震える手でフォークを手に取り、それを口に運ぼうとした。しかしクリームが前歯にくっつくと、まるで毒でも入っているのを感じたようにフォークを引き離した。


「どうした」

「た、食べます。食べます」


 女王にせかされるとウサギは今度は勢い任せでケーキを丸ごと口に入れた。次の時には唾液と共にぐちゃぐちゃになったケーキを吐き出した。ウサギは慌てて持っていた大きな時計で隠そうとしたが、手遅れだった。


「こいつの首をはねよ!」

「違います。女王私は腹がいっぱいで。証拠が」

「うるさい。噓つきは首をはねる。私が法律よ!」


 原作だと恐ろしい言葉が、とても頼もしく聞こえる。

 悪夢はウサギだった。アリスを常に追いかけさせて、自分は見ていないと裏切るような主張をすることでアリスを陥れようとしていた。そしてケーキを食べてアリスのせいにして首をはねようと画策していた。

 夢の主がつくりだしたキャラならケーキを無限に食べられるかもしれなかった。けど悪夢も私と同じ夢の一族だ。夢で起きたことは現実として返ってくる。ケーキを運ぶために食べてしまったことで、お腹いっぱいになってしまっていた。お腹がケーキでいっぱいだと食べるのだって苦しいはずだ。そしてその狙いは当たっていた。


「危ない!」


 白澤君の体が私に飛びついて押し倒すと、体すれすれに時計が飛んできた。


「キサマ、ナニモノダ。メアリーアン、コノユメニ、ソンザイシナイ」


 ギラギラとトランプ兵に押さえられたはずのウサギが全員をひっくり返して、赤い目を黒く光らせていた。


「来るよ。悪夢が」

「うん」


 首と体が元に戻った白澤君が警告する。

 ついに本性を現した悪夢が、立ち上がった。アリスを除いて女王やトランプ兵たちはみんな固まって動いてない。きっと悪夢が夢の主だけに狙いを定めているんだ。まずはアリスを守ろうとポケットに手を入れた。

 …………あれ、ない。まだもう一枚あったはず。そうだ、昨日白澤君からお札の補充をもらってなかった。どうしてちゃんと確認しなかったの私のバカ!


 しかしそんなことは構わず悪夢は地面をこぶしでえぐりながら、接近してくる。


「ハラガ、ハチキレソウナノニ。ヨクモ」

「自分がまいた種だ」


 白澤君が取り出したお札から巨大な枕が飛び出して、悪夢の上に落とされる。悪夢は姿がウサギだけあってすばやく枕をすり抜けて白澤君に飛びかかる。


「チレ!」


 バチーンと悪夢が白澤君のお腹を殴りつけると、あまりにも強烈だったらしく白澤君は一発でノックアウトされた。そしてぎろりと黒い目をこちらに向けて次の狙いを定めた。


「キサマハ、オレノ、モノ」

「委員長!」


 とっさにアリスを守ろうとかばった。

 地面をえぐるほどのパンチが来ない。もしかして痛さのあまりに何も感じなかったのかと目を開けるとどこにも穴は開いてなかった。


「ナンダ!? トランプヘイガ」


 振り返るとさっきまで倒れていたトランプ兵たちが私たちを守るように巨大な一枚の壁となって悪夢に立ちふさがっていた。


「なんで? さっきまで動いてなかったのに」

「夢魔の力だよ。間さんの力で動かしたんだ」


 そうださっき「委員長を守りたい」って思って壁になろうとしたから、トランプ兵たちが壁になったんだ。しかもちょうど悪夢の腕がトランプ兵たちのすきまに挟まって動けない状態になっていた。


「観念しろ悪夢。永遠に眠れ!!」


 白澤君がさっきのより細長いお札を手に巻き付けてこぶしを握ると、さっきのお返しばかりにたたきつけた。

 じゅうじゅうと音を立てて、悪夢はお札の中に取り込まれていく。そしてウサギの来ていた服だけを残して完全に消えてしまった。


「行こうアリス」

「嫌。帰っても誰もバースデーパーティーに来ないの」


 アリスは私の手を振りほどこうと力をこめる。


「どうして来ないの」

「私パーティーで失敗してしまったの。だから来週の誕生日誰も来ないの」


 やっぱりアリスのは委員長が失敗したことを反映しているんだ。けど夢の主委員長が求めているのはひとりぼっちが嫌と言うわけでもない。だからメアリーアンが答えるべき言葉は。


「奇遇ね! 私も来週お誕生日なの。顔がそっくりなのに、お誕生日も同じだなんて世間は狭いわね」

「……! そう奇跡よ。同じ日に生まれた人が目の前に二人もいるなんて、最高のバースデーパーティーになるわ」

「そうよ、おんなじ顔のアリス。私たちは同じ、つらさもうれしさも同じ。けんかしても私たちは同じ気持ちよ」

「いっしょ、いっしょ。メアリーアンもアリスも同じ。」


 アリスはポロポロと涙を流しながら、私と共に光の中に消えていった。


***


 ピロリンピロリンと電話の音が鳴って目が覚めた。

 画面には『白澤君』と表示されていて、目覚めて間もなく指が画面にうまくスライドできず二回引き直したが、なんとか切られる前に出られた。


『間さん、目覚めたんだね』

「うん。悪夢はもういなくなったんだよね」

『今度こそ。僕の持っている札の中に封印されているから間違いない。委員長は目覚める』

「よかった」

『これで間さんも、安心して…………』


 急に白澤君の声が聞こえなくなった。

 まさか。嫌な予感がよぎり、汗が噴き出る。


「白澤君? どうしたの。ねえ、返事してよ。白澤君!」

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