月下美人

 そこに人が住んでいないことは明らかだった。深い山の中、ポツンと取り残された家は蔦に侵食されて、誰も入れないように入口も塞がれている。しかし、その家を守るかのように月下美人だけは恐ろしいほどに美しく咲いていた。





 獲物を求めてフラフラと彷徨う獣の姿も、寂しく鳴く鳥も、この広い森にはいなかった。いるのは、無邪気に笑いながら攻撃してくる存在だけ。


「まだ生まれたばかりなんですよね。それにしては、戦い慣れしていませんか」


 男は先程からこちらに向けて攻撃してくる敵に向かって、何発も続けて銃弾を打ちこむが全て避けられてしまう。狙いは悪くないが、しつこいくらいに追ってくる蔦が邪魔をする。


「今までも生まれたばかり詐欺なんて何度もあったじゃないですか。神様なんて、そんなものですよ」


 黒髪を高い位置で一つに結んだ少女も短剣を持ち、次々に迫って来る蔦を刈っていく。位置を変えて、どんどん高い木へ移動してもしつこいくらいに追ってくるためキリがない。


「こういうのは私たちだと相性が悪い。他の人と組むべきでした」


 攻撃されても対抗出来る武器を持っていれば良いというわけではない。攻めだけに徹した戦いでは体力にも限界があり、自らを守る手段も持っていなければ、戦いは厳しい。


「他の人は違う仕事をこなしているので、仕方ないですよ。流石に一人だと危険ですし」


「それより、さっきから本気で狙いにいってますか? ここまで見事に全部外すなんて逆に凄いですよ」


「避けるし、弾かれるので当たるわけが無いんですよね」


「まだまだ訓練が必要ですね」


 そう話している間も、攻撃は止まることなく激しさを増していく。


「ここを通りかかると、みんな掠り傷を負うって言いますけど、そんなものでは済みませんよね。そろそろ体力がキツくなってきたので交渉始めたいんですけど、あの子、話を聞いてくれると思いますか」


 弾丸のように勢いよく飛んでくる花びらの攻撃を交わしつつ、男は少しづつ敵に近づいていく。


「そういうのは最初にやるべきでしたよね。いきなり攻撃してきたから応じましたけど、やってみますか」


 彼女も限界が近づいていたのか倒れ込むようにして地面に着地した。足取りは少しフラついているが、真っ直ぐに敵のもとへ向かっていく。


「少し話をしませんか」


 屋根の上で暇そうに両足をブラブラとさせていた相手に話しかけると、ピタリと攻撃を止めて意外にも素直にやってきた。


「君たちは何者だ? 僕の姿が見えるだけでなく、対等に戦えるなんて」


 それは真っ白な紬を着て、頭には自分と同じ月下美人の飾りをつけた幼い子どもの姿をした神様だった。


「あなたを救いに来ました」


 そう言うと、首を軽くかしげて困ったように笑った。


「倒しに来た、の間違いではないのかな。攻撃に応じてきたのだし」


 あとさ、とチラリと男の方を見る。目は口ほどに物を言うの通りに強い殺気が込められていた。


「君は僕とこういう風に向かい合って話してくれているけれど、彼は木の上で僕に向かって銃口向けているんだよね。あれは作戦かな?」


「意気地なしですね。降りてきて下さい」


 睨まれつつ少女にそう言われると、溜息を吐きながら男も少女と神様の元へやってきた。そして、持っていた銃を足元に置いた。


「関わりたくないから様子を伺っていただけですよ」


「おや、そこまでしてくれるなんて」


「あなたは話が出来るタイプの神様だったので」


「いいね、君たちは分かってくれそうだ」


 雲で隠れていた月が風の流れによって現れたかと思うと、それに呼応するかのように月下美人も一斉に開花し始めた。


「美しいだろう、ずっと僕が守ってきたんだ」


 目を細め、誇らしげに笑う。そして、一つ一つを慈しむように愛でながら彼は話し始めた。


「僕がこの姿を得る前の話さ。この家の主は植物を愛する人で、月下美人だけでなく色々と大事に育ててくれていた。だから、みんな彼のことが好きだった」


 それなのに、と急に顔つきが険しくなった。先ほどまでの穏やかな雰囲気は消えて、怒りや憎しみ、悲しみを纏っていた。


「ある時、家族と名乗る人たちが彼を連れていってしまったんだ。もっと素敵な場所に行こう、とか言ってさ。すぐに帰って来るだろうと思っても戻って来なくて、気が付いたらみんな枯れて、僕だけになってしまったよ」


 ポタポタと流れる涙は真珠のようで、光の粒が当たった月下美人は更に輝く。


「戻ってきたかと思えば、違う人間が立ち入ろうとするから僕は攻撃していたんだ。彼以外を入れるつもりは無いからね。それにしても随分と待っているのに、まだ来ないんだ」


「残念ですが、戻ってこないですよ」


「どうしてそんなことを言うんだい?」


 目を真っ赤にさせて泣く姿は本当の人間の子どものようだ。


「あなたの待っている人は、もういないからですよ」


 少女は、弱々しく小さく縮こまった神様にハッキリと言う。


「また僕に攻撃されたいのかい?」


 泣きながら彼らに向けて花びらを飛ばそうとするが、寸止めのところでヘナヘナと力なく散っていく。


「攻撃するというなら振り出し状態に戻るだけですけど、もうそんな気力ないですよね」


 男の言葉を聞いて、ギュッと強く両手を握りしめた。


「あなたは十分この家を守った。お疲れ様でした」


 少女が一礼をすると、彼はワァーと声を上げながら泣いた。


「分かっていたんだ、もしかしたらそうかもしれないと。でも、認めたくなかったんだ。いつか帰ってきたら、育ててくれたお礼を言おうと。君たちみたいに見えなくても、もう一度会いたかったんだ。けれど、話してやっと踏ん切りがついたよ」


「では、この場所から離れてくれますか」


「あぁ、守る必要がなくなったんだ。もういいよ」


「分かりました」


 少女が神様の手を取ると、彼女のしていた指輪がキラッと光った。


「せっかく神様になったのに、彼に会えなかったなんて意味がなかったな。これなら花のまま寿命を終えた方が幸せだったかもしれない」


「あなたは、この家を今日まで守り続けたので、神様として頑張りましたよ。まぁ、時々来た人に向けて、花びらで攻撃したのは駄目ですけど」


「あはは、大丈夫だよ。君たちみたいに本気で戦ったわけでは無くて、軽く脅しただけだから」


 少しずつ彼の体が薄れていく。それと共に、守り続けていた場所も消えていく。


「ありがとう」


 優しく微笑むと、家と周りに咲いていた花たちを連れて跡形もなく消えてしまった。





「今回は説得出来るタイプで良かったですね」


「えぇ、運が良かったです」


 話が出来ても説得に応じるとは限らず、むしろ状況を悪化させてしまうこともある。それは交渉上手かどうかよりも、相手が神様だからというのが大きい。


「そういえばなんですけど、月下美人って食べられるらしいですよ。今度食べてみませんか」


「よくそんな話が出来ますね……。それよりも、今回もほぼ私のおかげで何とかなったじゃないですか」


「年齢的には俺の方が上ですけど、仕事的には先輩の方が上なので、頼るのは当たり前じゃないですか」


「本当に……」


―バディを間違えた―

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間違いばかり 笠木礼 @ksgr0

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