エピローグ
「親父!行ってくるぞ!!」
「おー、今日は早く帰ってこいよ!分かってるだろ!」
「わかったわかった!約束は18時だろ!」
そう言って玄関で振り返ると、親父は部屋から手だけ出して、ヒラヒラと返事をしている。
母さんを亡くしてだいぶ経つが、親父はやっと再婚を決めた。
母さんと同じくらい愛している人らしい。
しかし、相手の人は俺のことを気遣ってか、事前に俺に会いたがっていると言うのだ。
親父もまだ若いんだし、再婚については俺も反対する理由はない。
(親父たちの人生だから、好きにすればいいのに…)
小さく笑みをこぼすと、俺は玄関のドアを開けて外へ出た。
晴天。
雲ひとつないその空はとても澄んでいて、夏の暑さを一瞬だけ消してくれた。
「今日も暑ちぃ〜なぁ〜」
空を見上げれば、太陽が存在感を知らしめるようにギラギラと日差しを送ってくる。
手で日差しを避け、俺は歩道を歩き出した。
短い人生の一瞬一瞬を、力強く鳴く蝉たちの声は、命を燃やして奏でるオーケストラのように聴こえてくる。
今は夏休みだろうか…
小学生たちが虫取り網をもって横を走っていった。
最寄りの駅に着くと、改札を通り抜ける。
事前に調べた列車がホームで待っていて、俺はその列車に乗り込んだ。
時間にして20分ほど。
5つほど駅を過ぎたところで列車から降りた俺は、改札を抜けると、立ち止まる事なく目的の場所へと向かう。
駅前の広場を抜け、歩道橋を渡り、そのまま少し進むと路地に入り込む。
先ほどの喧騒とは程遠い、閑静な住宅街。
都会とは切り離されたかのように静まり返るその区画の中に、俺の目的地がある。
いくつか角を曲がり、道を歩いていくと、モダンなデザインの戸建てが目に映った。
ここだ…
2階の窓を見る。
真夏だというのにカーテンは閉まっていて、人がいる気配は感じられない。
でも、多分ここなのだ。
実家に帰ってくる前に、ある夢を見た。
『秋人』という青年と話している夢。
彼は泣いていた…
助けを求めるように…
そこで目が覚めたのだが、そこから今日まで何かが心に引っかかって離れないのだ。
夢を思い出そうとすると、この家が頭に浮かんできた。
来たこともない街。
来たこともない駅。
そして、来たこともない住宅街。
なのに…この家だけは記憶に残っているのだ。
今日、ここに来たのは、その違和感を確かめるため。
俺は気を引き締めると、その家のインターホンのボタンを押した。
「はい…」
インターホンの機械越しに、女性の声が聞こえてくる。
「あの…秋人くんはいますか?」
その言葉がサラリと口から出てきたことには、自分でも驚いた。
「おりますが…どちら様でしょう?」
少し警戒した声色が、機械の中から聞こえてくる。
「榎本春樹といいます…以前、彼にお世話になったことがありまして。久しぶりにこの街に来たので一目会いたいと思い、伺いました。」
「…そうですか。少しお待ちください。」
女性はそう言うと、インターホンを切った。
しばらくして、玄関のドアが開くと、頬がこけ、痩せ細った50代くらいの女性が中から姿を現した。
おそらく母親だろう。
「秋人は今、誰にも会いません。」
「え…なぜですか?」
「…」
女性は答えない。
何か言いにくそうにしている。
それを見た俺の口から、再び自分でも驚く言葉が出てきたのだ。
「引きこもってるんですよね?」
「…っ?!」
女性はなぜ知っているのかと、驚いた表情を浮かべている。
俺は、自分でもよくわからないまま、言葉を続ける。
「会わせてください。」
「えっ…?」
「秋人に会わせてください。」
秋人の母親は、俺の勢いに押されて家の中に招き入れた。
そのまま二階への階段を登り、ある部屋の前で母親は立ち止まる。
「秋人…以前あなたにお世話になった方がいらしてるんだけど…」
部屋の中からは何も返事はない。
母親は俺を一瞥する。
それを見て俺は、部屋の前に立ってドアをノックした。
「秋人…覚えてないかもしれないけど…俺は榎本春樹って言うんだ。以前、君と…」
ガタッと部屋の中で音がした。
「君と一緒に戦ったよね…辛いものだったけど覚えてるかい?」
もちろん俺にそんな記憶はない。
口が勝手に話しているようだ。
秋人の母親も、俺が言っていることが理解できないと言った顔をしているが、それも無理はない。
しかし、部屋の中からはまったく別の反応が返ってきたのだ。
「春…樹…?」
母親がハッとして声をかけようとしたのを、俺は制止する。
「そうだ…春樹だ…覚えてるかい?」
「あぁ…なんでかわからないけど…その名は覚えてる…」
力なく声が聞こえてくる。
長い間、しゃべっていないのだろう。
少し震えているようにも聞こえた。
「出てこいよ…こんなところにいないで。」
「……無理…だよ…怖いんだ…」
「何が怖いんだよ。」
「人だよ…みんな、俺をいじめるんだ…」
「大丈夫…君なら乗り越えられるだろ。」
「無理だ…」
小さくなる声を聞いて、俺は深呼吸する。
そして…
「戦ってるのは君一人じゃないよ…秋人。俺がいる…だから…安心して。」
少しの間、沈黙が訪れ…
ガチャッ
扉は開かれた。
Cross Navi Re:〜運命の交差〜 noah太郎 @satomimi
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