1-71 春樹について
「終わった…のか。」
横たわる秋人を見て、ミウルが口を開いた。
アルコ、ミカエリス、テトラは何も言わずそれを見ているだけだ。
すると、秋人の横に倒れていたクロスが、口を開いた。
「終わったぜ…」
「なんでお前にわかるんだ…」
「そいつの中には、もうアブソルはいねぇよ。さっきまで自分の体ん中にいた奴の気配は、すぐには忘れねぇ…」
クロスはそう言って大きくため息をつく。
「とりあえず、脅威は去ったということか。しかし、アブソルをどうにかしないと…その内、また何か仕掛けてくるはずだ。」
「そうですね…」
「う…うぅ…」
ミウルが、いまだ深刻な顔で話していると、秋人が気づいたようだ。
「おっ…気づいたようだね!」
「俺は…そうだ!春樹は!?春樹はどこに…!!」
「……」
その問いには誰も答えられない。
ミウルたちがどう声をかけようか迷っていると、秋人が涙を浮かべながら地面を叩き出した。
「くそっ…くそっくそ!!なんであんな奴と一緒に!!なんで行ってしまったんだよ!!」
「アッ…アキト?いったい何を言ってるんだ?」
「春樹は…!俺の心の中にいたんだ!だけど、アブソルが俺から離れていくときに、魔人の力とともに奴についていってしまったんだ!!止めようとしたけど…くそ!!」
「ハッ…ハルキが…アブソルに!?」
秋人は涙を拭いながら、悔しさを吐き出していく。
「アブソルは俺に任せろって…俺は大丈夫だからって!そう言って俺の心から消えちゃったんだ!これからたくさん恩返ししないといけなかったのに!!なんでだよ…春樹!!」
拭っても拭っても流れてくる涙を、何度も手でこすり、秋人は大声を上げて泣いた。
「ハルキのやつ…もしかして!」
「ミウルよ…何か知っていることが?」
「いや…推測でしかないけど…」
ミウルはそう言って話し始めた。
自分が春樹をこの世界に呼んだこと。
これまで彼の心の中で、いろんな手助けをしてきたこと。
ミウルが見てきた春樹の記憶。
それをひとつずつ話していく。
「そうして、今に至るわけだけど…今考えれば、春樹をこの世界に呼んだとき、私は本気で彼を呼べるとは思っていなかったんだ。」
「どう言うことでしょうか?」
「やっぱり力が足りなくてね…でも、うまくいったんだ。彼を召喚できたのさ。その時は嬉しさのあまり、特には考えなかったけど…よく考えてみるとこれはおかしいのさ。だって召喚するにはアブソルの許可が必要なんだもの…」
「それを必要とせず、ハルキを召喚できたというのは確かにおかしいな。絶対神の管理下にある世界において、その権限は絶対だからな。ならば…」
「あぁ…理由はひとつしか考えられない。」
ミウルはアルコを見て頷いた。
テトラもクロスもよくわからないと言った顔をしているが、ミカエリスだけはなんとなく理解しているようだ。
その表情は驚き、額から一筋の汗が流れ落ちる。
「もっ…もしや、その理由というのは…」
「あぁ…ボキアさまだよ。全世界における母なる神、ボキアさまが何かなされたのさ。」
その瞬間、秋人の体が輝き始め、彼は意識を失う。そして、今度は目を開いて女性の声で話し始めたのだ。
「いろいろ苦労をかけましたね。アルコにミウル…そして、その仲間の皆さん。」
「ボッ…ボキアさま!?」
ミウルが驚いてひざまづく横で、アルコも静かにひざまづく。
「アブソルには私が処分を下しました。アスラの件から気にかけてはいたのですが、彼は…彼の心は野心に囚われすぎていたようです。私がもっと早く力添えできていれば、こんなに苦労もかけなかったのに…心からお詫びします。」
「恐れ多くも…ひとつ伺ってもよろしいでしょうか…」
「なんです?ミウル。」
「ハルキをこの世界に召喚できたのは…ボキアさまのご助力があったからなのでしょうか。」
秋人に宿ったボキアは、すぐには答えない。少し考えるように間をあけると、再び話し始める。
「それは違いますよ。あの時、私はまだ手を出さない状況にありましたから。彼がこの世界に来れたのは、おそらく彼の父、イツキの想いの強さです。彼の…アスラの娘を想う気持ちが、息子に受け継がれ、ミウルの力に共鳴したのでしょう。」
ミウルはその答えを聞くと、口を閉じた。
ボキアはなおも続ける。
「アブソルはもういません。アルコにとっては兄のような存在だったから、想うところもあるかも知れませんが…彼は一度無に帰り、一からやり直させます。」
「ボキアさまの御心のままに…」
アルコもそれのみ答えただけだった。
「ミカエリス…」
「はっ…はい!!」
突然呼ばれて、動揺しながらひざまづいたミカエリスに、ボキアが話を続ける。
「あなたの罪は重い…操られていたとはいえ、目的のために多くの命を奪った。あなたには罰を受けてもらいます。」
「なっ…なんなりと受け入れる所存です。」
「ボッ…ボキアさま!彼女は…!」
「分かっています…」
ミカエリスの処分の話に、進言を試みるミウルをボキアは制止する。
「あなたからは天使族をやめてもらい、人として生きることを命じます。限りある命の中で、生命の尊さを学びなさい。」
「人として…」
「そうです…その世界は、ハルキとアキトの世界。ヤマトが治る『地球』とします。心して生きなさい。」
「…はい!」
下を向き、頭を下げるミカエリスの目からは涙がこぼれ落ちた。
「次にバースの二人…」
その言葉にテトラはひざまづき、クロスは顔を引き攣らせながら視線を秋人へと向ける。
「あなたたちは神界へ来なさい。私の下で私の手伝いをしてもらいます。」
「しっ…神界で…ですか?」
「はい…ミウルとの確執もあるし、この世界では生きにくいでしょう。私の管轄する世界で人手が足りていない世界があるのです。そこを手伝っていただけますか?」
「しかし…俺らには…いっ…一族復興の悲願が…」
「それも理解しています。ですから、あなたたち二人は、その世界でミカエリスやルシファリスと同じような仕事をしてもらうつもりです。どういうことか、理解はできますね。」
その言葉に、テトラもクロスも無言だった。
テトラの足元にポツポツと涙が溢れていく。クロスも頭を再び地面につけると、その目から大粒の涙をこぼしていた。
その後、ミウルとアルコには自分の世界をしっかり管理することを指示し、ボキアは最後の話を始める。
「最後に…このアキトと死んでしまったハルキについてです。」
「ボキアさま、指示に反く形になりますが、私の命を使ってハルキを生き返らせてはくれませんか?」
「…それはできません。」
「しかし…彼にはなんの罪もない。このままでは、私は…」
「落ち着きなさい。」
苦しそうに歯を食いしばるミウルを、ボキアはなだめるように声をかけた。
「アキトについては元の世界…元の生活へ…記憶も取り除き、心の傷も修復します。この世界に来る前の状態に戻すのです。良いですね…ミウル。」
「はい…」
「そして、ハルキについては…」
・
・
「う…」
ルシファリスは聞き慣れない声で意識を取り戻した。
視線の先ではクラージュも目を覚ましており、ある方向を向いている。
ルシファリスもそちらに目を向けると、体を輝かせるアキトと、それを取り囲むミウルたちの姿があった。
静かに耳を覚ますと、大らかで慈愛に満ちた女性の声が聴こえてくる。
「アキトについては元の世界…元の生活へ…記憶も取り除き、心の傷も修復します。この世界に来る前の状態に戻すのです。良いですね…ミウル。」
ミウルがそれにうなずいた。
「そしてハルキについては…」
ルシファリスはそれを聞いて驚いた。
しかし、それも悪くない。
天を仰ぎ、目をつむるとまぶたの裏には、樹の笑った顔が浮かんでくる。
その眼に浮かぶ涙が、彼女の頬を伝っていった。
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