1-70 全ての終わり
「ハァハァ…ハァハァ…」
アブソルは自室のイスに座っていた。
苦しそうに肩で息をしており、そのまま背もたれにもたれかかる。
「何なのだ…あの異世界人は…」
秋人の心を奪おうとしていたところに、突然現れた別の異世界人。
どこかで見たような気もする顔立ち。
その異世界人に邪魔をされ、ミウルたちの世界を破壊する計画は、破綻してしまった。
怒りに任せて、アブソルはデスクを叩く。
「くそっ…!!あの顔、どこかでみた事がある…いつだったか…」
それを思い出そうとしたその時だ。
ドクンッ
アブソルの中で何かが鼓動する。
「…なんだ?」
ドクンッ
「ぐっ…頭が…」
アブソルは頭を抱え込んで、その場に膝をつく。
すると、頭の中に先ほど邪魔をしてきた男の声が響いてきたのだ。
「どうも、さっき振りですかね。」
「なっ…?!貴様、なぜ…心は切り離したはずだ!!」
「知ってます。だから着いてきちゃいました。」
「着いてきただと…?あり得ん!!どつやって…」
「うーん、そう言われてもできちゃったんで。アブソルさんでしたっけ?少し話しましょうよ。」
飄々と話しかけてくる男に、アブソルはイラ立ちを隠せない。
「貴様と話すことなどない!私は全世界を統べる絶対神だぞ!」
「そんなこと言わずに…俺が誰か知りたくないですか?」
「ふん!今更、お前が誰ということなど興味はない!」
「あれれ?さっきは思い出そうとしてましたよね。神様なのに嘘はダメですよ!」
「今はもう興味は無くなったのだ!」
声の男は大きくため息をついた。
「まぁ、いいんですけど。勝手に話しますから…」
「やめろ!私に許可なく頭の中で話すな!!」
「俺は…イツキの息子ですよ。ハルキって言います。」
その瞬間、アブソルの顔に驚きが浮かび上がる。
「きっ…貴様、あの初代異世界人の子か…」
「はい…そうです。なんの因果か、代々でこの世界に来るなんて、すごいとしか言いようがないですよね…ハハハハ。」
笑っている春樹に対して、アブソルは必死に考えを巡らせる。
(ミウルにはそんな力はすでになかったはずだ…アスラの娘にもそんなことは不可能なはず。ならなぜ…そもそも転移や転生は私の許しがなければできないはずだが…)
「そうなんですね…ミウルもそんなこと言ってました。けど、この世界に俺を呼んだのはミウルですよ。」
「なんだと…?」
「だってあいつが自分でそう言いましたからね。」
「あり得ん…奴には管理権限も力もなかったはずだ。それをするのは絶対に無理である。誰かの手引きがない限りな。」
「その手引きがあったんじゃないですか?」
「誰がそれをできるというのだ…ミウルから権限を移譲されたアルコも、ほとんど力を失っていたし、他の神にしても私を通さず、そんなことはできないのだぞ?」
「ということは、あなたが一番偉い神様ってことですか?」
「違う…1番偉いなどという観念は神にはない。私は全世界を統治することを責任としている神なのだ。だから、ここに浮かぶ全ての世界に権限を持ち得ている。」
アブソルは窓の外に目を向ける。
そこには世界大樹と、億千にも広がる世界の数々が浮かんでいるのが見える。
「だから、私以外でそんなことができる神はおらんのだ!」
「あなただけが全世界を好きなようにできるんですね。」
「そうだ!私だけが世界を管理できる唯一の…」
アブソルは思い出した。
世界への権限を有する神がもう一人いた事を。
(くっ…まさか、母神ボキアさまが…?いったい何のために…!)
すると春樹が大きく声を上げた。
「大正解!その通りです!母神ボキアさまが俺をあの世界に来させる手伝いをこっそりしてたんです!びっくりしました?」
「なっ…なぜお前がそれを知っているのだ!!まるで会ったことがあるような口ぶりも気に食わん!!」
「会ったんですよ。」
「なに…?!」
「俺はボキアさまに会ったんです。」
「会えるはずがない!ボキアさまはそこの世界大樹となり、世界を見守っておるのだ!物理的に無理であるし、そもそもお前が簡単に会えるようなお方ではない!!」
「…」
「そもそも、なぜボキアさまがお前に会うのだ!それこそ理由がなかろう!たかがに一人の人間に会う理由などな!!」
春樹は少し黙っていたが、肩で息をするアブソルへ、静かに話し始めた。
「理由ならありますよ。」
「ハァ…ハァ…どんな理由だ。言って見せろ!!」
「ええ…それはあなたを止めることです。」
「何を抜かすと思えば…なぜ私を止めるためにボキアさまがお前と会うのだ!」
「世界は自由であり、平等でなければならない。そこに神は手を加えてはならない。」
「なっ…!?」
春樹の言葉にアブソルは絶句した。
その言葉は、ボキアさまの神是なのだから。
「なぜお前がそっ…その言葉を…」
「心の中でボキアさまに会ったんですよ。俺の心の中で…アルコにお願いして殺してもらった後、ボキアさまが俺の中に入ってきて答えをくれた。だから、秋人に想いをつなげることができた。そして、あなたを止めてくれとも言ったんです。」
「あっ…あり得ない…」
「あり得ますよ…だって現にあなたを止めて、俺はここにいる。そうでしょ?」
「くっ…」
アブソルは認めざるを得なかった。
ボキアがこの春樹という男に力を貸し与え、自分を止めようとしたことが、事実である事を。
「理由は理解した…しかし、お前の…ボキアさまの目的はすでに完遂したはずだ。お前はなぜここにいる…」
納得した上で、アブソルは春樹へ問いかけた。
「まさか、ずっと俺と居るつもりではあるまいな?」
「それはちょっと違いますね…ボキアさまはこうもおっしゃったんです。」
春樹は少し間をあける。
アブソルが聴き入る体勢になったかを確認すると、ある言葉を口にする。
「我が力を持って、汝の権限を無効とする。無に帰れ、絶対神アブソルよ。」
その声は女性であった。
そして、声を聞いたアブソルは驚愕する。
「なっ…なぜ!ボキアさまがそこに!!」
「アスラの件も含めて、あなたはやり過ぎました。アブソルよ…一度身も心も洗い流してやり直しなさい。」
「ボキアさま!それには理由が…私はこの世界を守る義務を果たそうと!!」
「それは理解しています。…が、やり方を誤りましたね。犠牲をあれだけ出したのです。あなたも少しは罪を償わなくてはなりません。」
「お許しを…お許しください!ボキアさまぁぁぁ…!!」
アブソルの体が少しずつ光の粒子となっていく。そして、それらは散り散りになっていく。
最後の粒子が彼の断末魔とともに消えていった。
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