1-69 さようなら
仰向けに倒れたままの一つの体の中で、二人の精神が戦っていた。
「きっ…貴様…!!ぐはっ…体が…言うことを聞かん!!」
クロスから精神を取られまいとしながら、なんとか立ち上がろうとしたアブソルに、秋人の蹴りが当たる。
再び倒れ込んだところに、今度はアルコが追い討ちをかける。
それが何度も交互に行われ、遂にはアブソルは立つことができなくなってしまった。
「ハァハァ…ハァハァ…きっ…貴様らなんぞに…この私が…くそっ…死に損ないのバースが…!」
「アブソルのおっさん!だいぶ苦しんでんな!もっともお楽しみはこれからだがな!!」
クロスはそういうと、一気にアブソルから自分の精神を取り戻しにかかる。
「ぐ…精神が乗っ取られる…神である私が…なぜ…」
「いったん消えとけ…よ!!」
「ぬあっ…」
クロスがそういうと、アブソルの意識は消えていった。
秋人とアルコがその様子を離れたところから伺っていると、クロスの元にテトラがやってくるのが目に入る。
「クロス…おかえりなさい。」
優しく笑う姉。
その顔を見て、クロスは涙する。
「ただいま…姉ちゃん…」
「ボロボロじゃない…世界最強には程遠いわね。」
「…へへ…"今から"なんだよ!」
テトラはクスリと笑うと、ミウルがやってきて二人に声をかけた。
「アブソルは…どうなったんだい?!」
「…今は俺が抑え込んでるぜ…グッ…」
「そうか…」
「だいぶやられたよ…いやその表現はおかしいな。加減がわからんかったものでな…やり過ぎたか。」
アルコと秋人もそこに近づいてきて、声をかける。
「ハハハ…身体中がめちゃくちゃ痛てぇよ。」
仰向けのままでそう話すクロスを見ていた秋人は、チラリとテトラに目を向ける。
すると彼女は気づき、秋人に視線を向けた。
その瞳は、秋人が以前会ったテトラのものとは違い、冷酷な感じはなく、慈愛に満ちたものだ。
それを見た秋人の心の中に、小さく黒いものが芽生える。
ドックンッ
こいつ…なんで生きている…
鼓動が少しずつ大きくなる。
ドックンッ
自分の体をいじくりまわしておいて…
ドックンッ…ドクンッ
殺したはずなのに、なぜ生き返っている…
ドックンッドックンッドックンッ…
こいつのせいで、もはや自分は人間とは呼べなくなった…
ドックンッドックンッドックンッドックンッ…
怒りと恐怖が込み上げてくる。
心の中に憎悪が膨らんでいく。
こいつのせいで…こいつのせいで… こいつのせいで…こいつのせいで… こいつのせいで…こいつのせいで… こいつのせいで…こいつのせいで… こいつのせいで…こいつのせいで…
その時だった…
クロスの体から黒いモヤが飛び出して、秋人へとまとわりつく。
「なっ…!なんだぁ?!」
「こっ…これは!」
「ぐっ…ぐぁぁぁ…」
頭を抱えて苦しみ出す秋人。
ミウルはそばへ寄ると、大声で叫ぶ。
「アキト!憎しみはだめだ!!アブソルに引き込まれるぞ!」
「アッ…アブソル…に…?」
「そうだ!心を落ち着かせて!!怒りを抑えるんだ…!」
「そっ…そんなこと言っても…ぐあっ…」
頭を抱えて膝をつく秋人の体へ、黒いモヤが少しずつ染み込んでいく。
「ミウル…何が起きておるのだ?!」
「アブソルは憎しみや怒りの心を媒介にしているんだ…さっきのクロスもそうだったし…ミカエルの時も…魔力玉の中にはそれらを増幅させる魔力が込められていたんだよ。」
「しかし、なぜアキトに…」
「それはミカイルとテトラたちがよく知ってるだろ…」
ミウルは二人を睨む。
ミカイルもテトラもうつむくことしかできない。
「まずいまずいまずいまずい…!アキト!負けるなよ!ここで君が負けたら…僕らは終わりだ!この世界は終わってしまう!」
「クククク…なにやら慌てているな?」
「アッ…アブソル!?」
その声に、その場の全員の顔に緊張が浮かぶ。
「先ほどはこの私も焦った…本体にもかなりのダメージを受けてしまった…だが、この異世界人がいてくれて助かったぞ!!クハハハハ!!」
「アキト…!負けるんじゃない!!アキト…」
「カカカカカッ!もう無駄だ!!こいつの心はほとんど乗っ取ってやったわ!!」
・
・
アブソルが自分の心に侵食してきているのがよくわかる。
少しずつ体の自由が効かなくなってきているのを感じる。
もういい…疲れてしまった。
自分に関係ない世界のために…なんでここまでボロボロになってまで戦っていたのだろう。
何もかもどうでも良くなりそうだ。
春樹には申し訳ないが…
その瞬間、視界の中に春樹の姿が映る。
(春樹…?)
彼はこちらをみて微笑んでいる気がする…
(ごめんよ…そろそろ限界かも…)
口元を見ると、何が言っているようだ…
(なんだい?なにを言って…)
目を凝らし、春樹の口をじっと見据える。
『あ』『り』『が』『と』『う』。
(ありがとう…?お礼を言いたいのは僕の方だよ…ん?まだ何か…)
『い』『き』『ろ』。
(え…?)
『き』『み』『な』『ら』『大』『丈』『夫』。
(春樹…?)
春樹はそこまで言うと、秋人に背を向けた。そして、迫り来る黒いモヤへと向かって歩き出したのだ。
(春樹っ!どこへ…どこへ行くんだ!)
すると、春樹は一度だけ秋人に振り返る。そして、口元でこう告げたのだ。
『さようなら。』
そして、春樹は再び黒いモヤへと走り出す。
そして…
・
・
「クハハ…クハハハハハハ!この異世界人を奪ったら、貴様ら皆殺しにしてやるぞ!!」
「くそッ!どうすれば…!」
アブソルの言葉に焦りを隠せないミウルに、アルコが口を開く。
「この異世界人をころすしかないのではないか!?」
「やってみるがいいさ…ただ、こやつが死ぬだけで私は痛くも痒くもないがな!!」
「ミウルさま…!アルコさまの言う通りです!精神を繋ごうとしているのだから、彼が死ねば、アブソル様にも何かしらの影響はあるはず…」
「簡単に言うな!彼は…異世界人なんだぞ!?巻き込まれただけの彼を…自分たちのために殺す事なんて…僕ら神がそんなこと…許されない!!」
ミウルは焦りと怒りで、大声をあげる。
その間にも、アブソルは秋人の体を蝕んでいく。
苦しみに悶える秋人をみながら、そこにいる神たちは、為す術なく見つめていることしかできない。
しかしその時であった。
「クハハハハ…そろそろこいつの心も私のものに…なに?!きっ…貴様どうやって!がぁ…やめっ…やめろ!!」
突然、アブソルが動揺の声を上げた。
「お前…死んだはずでは…なぜここにいる!なんだその力は…来るなっ…!やめろぉぉぉぉ!!!!」
「どうしたんだ…?」
「わからない…」
一同が見守る中、アブソルは未だ苦しみの声を上げている。
「なぜだ!異世界人ども…なぜここまでして私の邪魔を…くそっ…この心は諦めるしか…畜生…しかし…ミウル、お前たちは…この世界は必ず潰すぞ…一度は引くが…肝に銘じておけ!…ぐぁぁぁぁぁ!」
アブソルの悲鳴と共に、秋人の体が光り始める。そして、その光は宙へと舞い上がると、天高く飛び上がっていった。
あとには、気を失った秋人が静かに横たわっていたのだった。
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