1-68 姉弟の約束


秋人とアルコ、そしてクロスの攻防は熾烈を極めた。


しかし、今まで当たらなかった秋人たちの攻撃が、いくつか当たるようになっていたのだ。


クロス…いや、すでにアブソルと言っていいだろう。


クロスの体を乗っ取ったアブソルは、イラ立ちを隠せない。



「ゴミムシどもめ…くそ…先ほどから体の動きが鈍いな…」



アブソルにもその理由はわからない。

しかし、考えられるのはひとつ。クロスの心が奥底で邪魔しているのだろう。



(無駄な足掻きをしおって!!)



そんなことを考えていると、アルコの蹴りが右から襲いかかる。



「だぁっ!!」


「ぐっ…」



なんとか右手でガードするが、今度は上から秋人が飛びかかってくるのが見える。



(見えてはおる…が、体の反応が遅い!)



秋人が、回転した反動を利用し、上から踵落としを繰り出す。アブソルはそれを左手で防いだ。



「貴様らぁぁぁ!なめるなよ!!」



二人を掴んだまま、アブソルは法陣を解放する。周りには猛烈な風が吹き荒れ、秋人とアルコは吹き飛ばされた。



「くっ…」



秋人はなんとか受け身を取って体勢を整える。アブソルを挟んで反対側でも、アルコが体勢を整えている。


再び、アルコと合わせようとしたその時。


一人の少女がゆっくりとアブソルに向かって歩いていく姿が視界に映った。



「あっ…あれは!俺が殺したはずの…」



秋人は驚愕の表情を浮かべ、少女を見つめている。


少し癖っ毛まじりの金髪。

少し色黒だが、透き通った肌。


自分の体を弄び、こんな体にした張本人。

自分がその手で殺してしまった少女。


そんな彼女が、無防備のままでアブソルへ向かって歩いていくのだ。


顔をずらすとミウルと、意識を取り戻したミカエリスが、自分と同様に少女を見ていることに気づく。



「何をする気なんだ…」



アブソルは、自分に向かって歩いてくる少女を見ている。



(こいつは…たしか…)



ミカエルの記憶の中で見たことがある。

ミウルの子孫で、ミカエルが利用していた女だ。


たしか、クロスの姉だ。


静かに無表情で向かってくる少女を一瞥すると、アブソルはゆっくりと立ち上がった。



「私に何か用か?」



そう言うと、アブソルは右手を上げて法陣を放つ。


…が、それは発動しなかった。



「…ん?法陣が発動せん?!」



もう一度、少女に向けて法陣を発動しようとするが、やはり何も起きない。



「どういうことだ…!?」



何度も法陣を発動させようとしながら、アブソルの心に焦りが生じ始める。



「それならば直接…!!」



法陣は諦め、少女を殴りにかかる。


…しかし、なんということか。

その拳は少女に当たる寸前で止まっているのだ。いくら力を込めようとも、何かの壁に阻まれているかのように、拳はそれ以上進むことはない。


一度離れて仕切り直そうと思ったが、今度は足が動かない。



「なっ…何だというのだ!!」



アブソルが必死に体を動かそうとしていると、少女が口を開く。



「あなたをそんな弱い男に育てた覚えはない…」


「きっ…貴様…何を…!」


「一族を復興させると私と約束したのは誰です?」



少女はアブソルを無視して話し続ける。



「自分のやりたいようにすると言っていたのは誰です?」


「そのためなら、世界で一番強くなると豪語したのは誰です?」



少女は誰かに問いかけるように何度も何度も口を開く。少女の目には少しずつ涙が浮かんでいく。


そして、少女は最後に力強く吐き出した。



「私を絶対に守るといったのは…誰ですか!!?」



その瞬間、アブソルの体が自由になる。

それを感じたアブソルは、肩で息をしながら、小さく笑みを浮かべた。



「ハァハァ…いったい何だったのだ…ちぃっ…貴様は死んでおけ!!」



アブソルはそう言うと、少女に向けて手刀を振り下ろした。





暗い空間に、クロスは一人で佇んでいる。



「ここは…どこだ。」



先ほどまで秋人たちと戦っていたはずだ。クラージュに致命的な怪我を負わされて、倒れたところまでは覚えている。


しかし、あたりを見回しても誰もいない空間に、クロスは一人で座り込んでいたのだ。



「たしか…取り込んだ玉から声が聞こえてて」



胸のあたりを触りながら考えていると、手に何かが当たる。


見れば、首飾りがかけられていたのだ。



「これ…小せぇときに姉ちゃんにもらったやつだ…」



ただの鉱石に鳥の羽をつけただけのアクセサリー。


小さい頃にもらったもので、どこにあるかもわからなくなっていたものが、なぜ今ここにあるのだろうか。


そう考えていると、どこからか声が聞こえてくる。



「あなたをそんな弱い男に育てた覚えはない…」


「ねっ…姉ちゃん!?」



クロスはあたりを見回すが、姉の姿はどこにもない。疑問に思っていると、再び声が聞こえてくる。



「一族を復興させると私と約束したのは誰です?」


「自分のやりたいようにすると言っていたのは誰です?」


「そのためなら、世界で一番強くなると豪語したのは誰です?」



クロスに言い聞かせるように、何度も何度も、響き渡る声。その声に刺激され、クロスは記憶を取り戻す。



「そうだ…俺は奴に…アブソルに体を乗っ取られたんだ。」



そう思った瞬間…



「私を絶対に守るといったのは…誰ですか!!?」



姉の悲痛な叫びがこだました。

そして、それ以上その声は聞こえなくなってしまう。



「わかってるよ…姉ちゃん…」



クロスはゆっくりと立ち上がる。



「俺は約束は破らねぇ…とはいえ、姉ちゃんは守れなかったけど…体乗っ取られたままで、はい終わりじゃ…あの世で姉ちゃんにまたぶっ飛ばされちまうぜ…」



クロスは顔を上げ、真っ暗な天を仰いだ。

そして、両手を上げて力強く叫ぶ



「体を返しやがれ!!このクソ神がぁぁぁぁぁ!!!」





少女は目をつむり、その場から動こうとはしない。


アブソルの手刀が少女の首に当たる。

その場の全員が、そう思った。


しかし…



「あっ…れ?当たっておらんだと…」



アブソルの手は空を切り、少女には傷一つなかったのだ。


まるで理解できないといった様子のアブソルに、少女は微笑みかける。



「きっ…貴様…!何がおかしい!?」



少女は伝えるべきことは終わったと言うように、笑顔のままアブソルを見ている。



「やはり殺して…がっ…がぁぁぁぁぁ!」



それはアブソルがイラ立ち、再び少女へ攻撃を加えようとした瞬間だった。


頭を抑えて苦しみ出したアブソル。



「…よしっ!おそらくクロスの精神が引きずり出されたんだ!」


「ということは…今がチャンスです!!」


「アキト!!兄者!!今だ!!」



ミウルとミカエリスが、秋人たちに向かって叫び声をかける。


それを聞いて、二人は顔を見合わせるとアブソルに向かって飛びかかる。



「ぐっ…がぁぁぁ…なっ…なんだっ!頭が…割れるように…ぐがっ!?」



苦しみの最中、突然、体に衝撃が走ったかと思えば、後方に弾き飛ばされる。


仰向けで倒れていると、今度はみぞおちに強烈な衝撃が訪れ、口の中から血が溢れ出る。



「がはぁっ…まっ…まずい…精神を引き離さねば…」



そう考え、クロスの心を切り離してその場を離脱しようとしたが、なぜか切り離すことができない。



「なっ…なぜだ!!なぜ切り離せん!?」



すると、アブソルの頭の中で知った声が響いてきたのである。



「好き放題やって、用が済んだらサヨナラなんて…悲しいじゃねぇか!もう少し一緒に遊ぼうぜ!!」

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