1-67 願いのために
「クロスは本名をクロス・バースと言います。彼はバース一族の子孫…つまりはミウルさまの子孫であることはすでにご存知ですね。」
「あぁ…それは理解している。」
「彼には姉が居ました。名をテトラ・バースといい、一族の復興を目指していた少女です。」
「その彼女は今どこに?」
ミカエリスはクロスを見据え、口を開く。
「アキトに…彼に殺されました…」
「なっ…アキトがかい!?」
「はい…わたしは彼女に、陰と陽の能力を持つものを探させていました。理由はミウルさまを復活させるため…テトラには一族を復興させるには、ミウルさまの復活が不可欠だと伝え、手伝わせたのです。」
ミウルは無言で話を聞いている。
「初めはハルキがアルフレイムに現れたという情報を知り、何度かテトラに拉致を指示しました。しかし、ルシファたちに邪魔され全て失敗…ヘルヘレイムの暗殺者にも依頼しましたが、ハルキの陽の力により、これも失敗に終わります。」
「…」
「イラ立ち、焦ったテトラの元に、たまたまスヴァルにアキトが現れたという情報が舞い込み、彼女は彼を拉致監禁し、わたしには隠して、陰と陽の力について調べようとしたのです。」
「調べるってどうやって…?」
「治癒の法陣をかけながら、体を解剖し隈なく調べたようです…」
「なっ…!なんということを…」
ミウルはそれを聞いて驚愕する。
一族復興のためとはいえ、そこまでするとは…やはり、自分の子孫とはいえ、バースを好きにはなれない。
その傲慢さゆえに、滅んだということをまるで理解していないのだ。
複雑な表情を浮かべるミウルに対し、ミカエリスは構わず話を続ける。
「しかし、アキトに陰の力が発現し、テトラはアキトに敗れました。アキトはその場を離れ、スヴァルの都市に潜入したところを私が捕らえたのです。」
「アキトが記憶を失っていたのは…なぜだい?」
「テトラの従者により、異空間に閉じ込められたこと、魔人になってしまったことなど、これら事実によって精神が不安定になったことが原因でしょう。これも全て…私がやったことです。」
ミカエリスはそう言ってうつむいた。
「クロスは姉が殺されたことを知り、復讐に燃えました。アキトがその仇だということも知っています。」
「そうか…わかった。」
ミウルはミカエリスを見て目をつむる。
「君がやったことは償わなければならないね。だけど、今はやることがある。」
「はい…クロスの意識を戻すのですね。」
「長く一緒にいた君になら、何かわかるんじゃないか?」
「正直、彼のことはよくわかりません。計画に関わっていたのは主に姉のテトラでしたので…しかし、彼の意識を戻す可能性がある方法…それならわかります。」
ミウルは目を開け、ミカエリスを見つめる。
「それは…?」
「彼女の遺体です…」
彼女は亜空間を広げると、一人の少女の遺骸を取り出した。
それはきれいな顔をしていた。
死んでいるとはまるで思えないほどに。
ミウルはミカエリスを睨みつける。
「この期に及んで、君は死者を冒涜する気なのかい…」
「仰りたいことはわかっております。しかし、アブソルさまを止めるには、クロスの意識の覚醒が不可欠です。彼の…姉への想いは本物ですから…」
ミウルは少し考えて、再び口を開く。
「わかった…。しかし、彼女の骸をどうするんだい?」
「彼女の魂は未だにこの体から離れられずにおります。それだけ一族復興への想いが強かったのでしょう。ミウルさまならば、このテトラを生き返らせることができるのではないですか?」
「世界を管理する神は、滅多なことでは人を生き返らせたりしない。君ならよく知っていると思うが…」
「今がその滅多な時だと、進言いたします。」
ミウルは舌打ちをする。
世界を管理する上で一番嫌いなこと。
それは、命を弄ぶことだ。
死んだら生き返らないという当たり前の摂理。
これは何があっても覆してはならないと、ミウルは考えているからだ。
しかし、今はその信念を貫いている場合ではないこともまた、事実である。
「なんとなく…君の思惑どおりな気がしてイラつくね。」
「罪は償わねば…しかし、その前に少しでも己の犯した過ちを取り返したいのです。」
ミウルは無言のまま、横たわる少女を見た。
アブソルを止めるためとは言え…
悔しさを滲ませながら、少女の体に手を触れると、法陣を起動する。
緑のオーラが現れて、少女の中に何かが吸い込まれていったのだ。
「う…」
少女は息を吹き返し、ゆっくりと目を開ける。
「ここは…」
「目が覚めたかい?」
「あっ…あなたは…」
視界に入ってきたミウルの顔に気づいて、ゆっくりと起き上がる。
「お目覚めかな…テトラ・バース…」
「わたしは…なんで…」
「あなたは死んでいたのです。それをミウルさまが生き返らせてくださったのです。」
「ミウ…ル?」
少女は再びミウルへ顔を向けた。
「そう、僕だ…君が必死に復活させようとしていたミウルだ。」
「…っ!なっ…」
その名を聞いて、突然目を見開くと、テトラはすぐに体勢を変える。
正座して、両手を前に置いて顔だけミウルに向けている。
「ミウルさま…!どうか…どうか我がバース一族の復興を…!!」
「生き返った矢先だというのに、そうまでして一族を復興させたいか…」
「一族復興のためならば、わたしはどんな犠牲もいとわないつもりです…やれと言われればなんでもやります。」
「反吐が出そうだ…その傲慢さが自分たちを滅ぼしたのだと知っているはずだろう?」
ミウルは明らかにイラだった顔をしている。
「理解しております。一族が復興できたならばわたしは罰を受け、罪を償う所存です。」
テトラは必死だ。
額を地面につけ、ミウルに懇願する。
ミウルはテトラを少し睨んだ後、小さくため息をついた。
「…わかった。お前の望みは聞いてやる。」
「ほっ…本当ですか!?ご慈悲にっ…感謝いたします!」
「しかし、その前にお前にはやってもらいたいことがある。」
「…と言いますと…」
目に涙を浮かべながら、テトラは聞き返した。
「お前の弟…クロスの心を取り戻してほしい。」
ミウルが指さす方向に目を向けると、戦っている三人の男たちの姿が映る。
一人は知らない。
一人は知っている…自分を殺した男だ。
そして、戦いを優位に進めている男…クロスらしき人物を捉える。
白が混じる髪、白銀の目、額の角…何よりその額には三つ目の瞳がある。おおよそ自分の弟とは様相が異なるが、テトラはそれが弟だとすぐにわかった。
目の下にある雫の刺青…それは弟にとって特別な意味を持つもの。
「我が弟はなぜあんな姿に…」
「端的に言うと、アブソルという神に操られているんだ。だから、彼の意識を取り戻して操っているやつを倒したい。」
「そうですか…わかりました。今のわたしにどこまでできるか不安はありますが…一族のため、命をかけて弟を取り戻します。」
テトラはそういうと立ち上がり、ゆっくりと三人が戦う場へと歩き出したのだった。
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