1-66 嫌いではない


クラージュが吹き飛ばされ、離れたところで倒れ込んだ。


すると今度は、アルコがクロスに飛びかかり、拳同士をぶつけ合う。


激しい衝撃波が辺りを襲う。

地面にめり込んだルシファリスの体が、その衝撃波により吹き飛ばされた。


秋人は、自分の手が震えていることに気がつく。



(くっ…こんなときになって…)



その手をグッと握りしめると、秋人は再び戦いに身を投じた。



アルコとクロスの拳が弾かれ合う。



「なかなか…力だけは相変わらず…だな!」


「…くっ!」



アルコが体勢を整えて再度攻撃に転じようとするが、クロスの方が一歩早い。


いつの間にか目の前に来ており、アルコの顔面めがけて再び拳を振るう。



「ちぃっ…!」



紙一重でそれをかわす。

頬をかすめた拳に交差させて、カウンターに法陣を重ねる。


しかし、それは空を切る。


自分の体の勢いをうまく利用して、クロスは体を空中で前転させ、アルコのカウンターを避けたのだ。


アルコの放った法陣が、そのまま一直線に天井へぶつかる。


攻撃をかわしてアルコの後ろに回り込んだクロスは、そのまま回し蹴りを放つ。



「ぐはぁっ…!!」



背中に衝撃が走り、吹き飛ばされそうになるアルコ。なんとか足を踏ん張り、それを逃れるが、追撃を与えんとクロスが飛びかかる。


そこに秋人が割って入る。



「ほう…異世界人。お前もまだやれるか?」



秋人の攻撃を簡単にかわしたクロスは、秋人の耳元でそうつぶやいた。


そのままバックステップを取ると、秋人と対峙した形になる。



「バカに…するな!!」



秋人が飛びかかり、法陣を打つ。

難なくかわしたクロスが、秋人へ蹴りを放つが秋人もそれをうまくかわす。


アルコがそこに加わり、二体一の攻防が始まった。



「ほれほれ…どうした?数の優位をうまく使え!!もっと頭を使うのだ!!ハハハハ!!」


「くっ…」

「なんで…当たらない!」



正面から来る秋人の拳を左手で右へといなす。秋人に合わせて放たれたアルコの蹴りを、左手に交差させて右手で受ける。


右横から再び拳を向ける秋人に対して、右手で受けた蹴りの反動を利用して、アルコの足を引く。



「ぬぉぉっ!?」



クロスに引っ張られて、そのまま秋人と衝突するアルコ。


そのまま二人を叩きつけ、怯んだところにクロスは間を置くことなく、法陣を撃ち込んだ。



「しまっ…!」



秋人がそう思った瞬間、アルコに体を放り投げられる。そして、アルコ自身も体をひねり、なんとか直撃を免れた。


しかし…



秋人が受け身をとって、アルコへ視線を向けると、片手に大怪我を負ったアルコが、クロスを見据えて立っている。



「すみません…」


「お前のせいではない…気にするな。」


「…っ!だけど…!」


「くどいぞ!」



アルコに強く言われて、秋人は口をつぐんだ。アルコは肩で息をしながら、話を続ける。



「やはり絶対神は強いな…ブランクはあるとはいえ…アブソルさまを追い抜く一心で鍛錬してきたが、それでもなお…これだけ差がある。」


「……」


「しかし、そう言ってもあれは反則だな…本人の体ではないのに、ご自分の力を100%引き出されている…」


「…100%ですか?俺はよくわかりませんが、別の人の体でそんなことが可能なんですか?」



アルコは一瞬考える。


確かにその通りだ。

神とはいえ、他人の体で100%の力を引き出すのはなかなか難しい。


どうやってこんな短時間で、あれだけの適合率を…


考えられるのは一つしかない。



「…おそらくだが、アブソルさまはあやつの心と融合しておるのだろう。」


「心に融合…ですか?」


「あぁ…肉体の適合率は、神ならば99%まで引き出せる。しかし、そこには精神の壁がある。他人はあくまで他人…いくら体を空け渡そうと、心まではなかなかうまくいかないものよ。」


「じゃあ、今の奴はクロスの心までも意のままにしていると言うことですか…」


「どうやったかは知らんが、おそらくは…な。」



秋人は、仁王立ちで余裕を見せるクロスへ視線を向けた。



「何か…手はないんですかね。」


「あの状態にもデメリットはいくつかある。」


「デメリット…ですか。」



クロスから視線は動かさず、秋人はアルコに聞き返した。



「あぁ…一番のデメリットは、精神まで融合するのであの体を壊されると、本体にかなりダメージを受けることになる。」


「……」


「もう一つは、相手の精神が目覚めた場合、その力はかなり激減してしまう…こんなところだ。」


「…例えばですけど、クロスの心が目覚めた状態で大きなダメージを与えた場合、奴の本体にダメージは届きますか?」


「やってみないとわからんが…精神を繋いでいる状態で相手が目覚めても、すぐにそれが断たれる訳ではない。」


「…なら、やることはひとつですね。」



アルコもそれに無言でうなずいた。



「クロスの精神を無理矢理でも起こす。」


「しかし、方法はどうする?」


「わかりませんよ…とりあえず、一発顔面でも殴ってみますか!」


「ふん…浅はかだな。浅はかである…が…」



アルコは秋人からクロスへ視線を向けると、続けてこう告げた。



「嫌いではない。」



秋人とアルコは、再びクロスへと飛びかかった。





「…う…うぅ」


「ミカイル…気がついたようだね。」


「ミウ…ル…さま?」



気を失っていたミカエリスの元に、ミウルがやってきた。ミカエリスはゆっくりと起き上がると、胸の部分に手を当てる。


ミウルはそれを見て、口を開いた。



「彼が…アキトが君を救ってくれたんだ…」


「アキトが…?」


「そうさ…アブソルの魔力玉に操られていた君を、開放してくれたんだ。今までのこと、覚えているのかい?」



ミカエリスは小さく頷いて、戦っている秋人たちの方に目をやる。



「あれは…クロスでしょうか?なんだか見た目が…違う…」


「半分正解…かな。今の彼は、アブソルに体を乗っ取られているんだ。」


「アブソルさまに?!なっ…なぜ…」



意識を失っていて状況を把握できていないミカエリスへ、ミウルはあの後に起きた一部始終を説明した。



「そっ…そんなことが…」


「あぁ。それで今、アキトとアルコが戦ってくれてるんだけど、少しずつ押されてる…このままだと、アブソルにここにいる全員が殺されちゃうね。」


「……」


「ただ…今のアブソルは、クロスの精神と融合しているんだ。クロスを呼び起こすことができれば、アブソルに勝てる可能性もある。現に二人は、それに気づいているみたいだからね。」



ミカエリスはミウルの話を聞きながら、三人の戦いをジッと見据えている。


そして、ゆっくりと口を開いた。



「クロス…そしてテトラ。彼らバース一族について少しお話しいたします。」

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