1-65 師弟


ルシファリスたちは驚きを隠せずにいた。


クロスが倒れたのを見て、やっと終わると思った。


それなのに、倒れたクロスの周りから黒いオーラが溢れ出て彼を包み込んだからだ。



「なによ…あれ…嫌な予感しかしないわ。」


「あれは何なんだ?」



茫然と見つめるルシファリスに、秋人が問いかける。



「わからない…でも、嫌な感じしかしないのよ。」



それを聞いた秋人も、黒い繭のようなものに目を向けた。


確かに嫌な感じだ。

あれは気持ちが悪い…ただ直感的に感じたのだ。


何かしようにも、その違和感たちが邪魔して手を打てずにいる。


そうしているうちに黒い繭にヒビが走り、再びクロスが姿を現した。


いや…本当にクロスなのだろうか。

額には角が生え、髪の毛は一部が白くなっている。


それに額にある三つ目の眼…

ギョロギョロと動く様は異質だった。



「あれ…さっきまで戦ってた奴と違くないか?」



秋人がそうつぶやいたその時だった。

突然、クロスは右手を上げて法陣を放ってきたのだ。


大きな黒いエネルギーの塊が、ものすごいスピードで四人に襲いかかる。


それはまるで、ブラックホールのように地面を削り上げながら。



「…っ!!みんな、避けろ!!」


「「「…くっ!?」」」



秋人がとっさに叫んだことで、他の三人もなんとかそれをかわすことができた。


全員がかわしたことを確認すると、ニヤリと笑みを浮かべ、クロスは悠々と一歩目を踏み出す。



「さぁて、ラストダンスと行こうではないか。」



その声はすでにクロスのものではなかった。



「クラージュ!?大丈夫?」


「私は大丈夫です!」


「なら、仕掛けるわよ!」


「かしこまりました!」



ルシファリスとクラージュは同じ方向に飛んでいた。着地するや否や、すぐさま攻撃に転じる。


ルシファリスは法陣をまとい、自身の動きを加速させると、クロスの顔面に思い切り拳を叩き込んだ。


しかし、彼女の顔には驚愕の表情が浮かび上がる。



「…ふむ、この程度か。」



全く意に介さないといったように、クロスが口を開く。拳が直撃したはずの顔には、傷ひとつついていないのだ。


ルシファリスは一度後退し、再び攻撃を行おうとした瞬間、いつの間にか目の前にクロスの姿があることに気づく。



「…遅いぞ、アスラの娘よ。」


「…!がぁっ…!?」



そのまま顔を鷲掴みにされ、地面に叩きつけられるルシファリス。


後頭部の衝撃で、一瞬意識が飛びそうになる。今までにないほどの力でどんどん押し込まれ、メリメリと音を立てながら体が地面に沈んでいく。



「…うぐっ」


「クハッ…クハハハハハ!」


「がぁぁぁぁぁ…!!」



ルシファリスを押さえつけたまま、その顔を潰さんばかりにクロスは手に力を入れる。


苦しそうな声を漏らすルシファリスを見て、笑いが止まらなくなる。


そんな隙だらけのクロスに対して、クラージュは後ろから蹴りを放った。


しかし…


無防備に攻撃を受けているはずなのに、これもまったく意に介さない様子のクロス。


クラージュが何度攻撃しても、これといった効果はない。


そんなクラージュに興がそがれたというように、クロスは左手を後ろに向けて振るった。



「うるさいやつだ…死ね!」


「ぐはぁっ!!」



ルシファリスを掴んだまま、カウンター気味に放たれた左手は、クラージュの顔面を捉え、彼の体は水切り石のように地面を転がっていく。



「くっ…クラー…がぁぁぁぁぁ!」


「人の心配より自分の心配をしたらどうだ?」



なおも、ルシファリスの顔を掴む手に力を込めていくクロスに、秋人もアルコも動かずにいた。


秋人もアルコもその力の差を一瞬で理解してしまったからだ。



「あれは本当にアブソルさま…くっ!」



アルコが悔しそうにこぼすと、ミウルがやってきて声をかける。



「兄者よ…」


「わかっている!わかっているのだ!しかし…!」



黒い繭が発生した時から、アルコは薄々気づいていた。師であるアブソルの魔力がその繭から発せられていることに。


そして、声を聞いて確信したのだ。


今目の前にいる異形の男の中には、本当に師と仰ぎ、尊敬した男がいるのだと。


その事実が悔しくて、彼を止めたいと願う反面、体が言うことを聞いてくれない。


本能が意思を拒否しているようだった。



(くそっ…なぜなのです…!)



アルコとミウル。

二人は天界で育った神の子である。


天界には世界大樹と呼ばれる木が存在し、神はそこから生まれてくる。


悠久の時を超え、天界にはすでに千を超える神が存在し、各々が自分の世界を管理しているのだ。


アルコとミウルは、その中でも古参の神である。


世界大樹が初めに産んだのが、世界の母なる神「ボキア」、二人目が絶対神「アブソル」、三人目と四人目に創造神としてアルコとミウルの兄弟が産み落とされたのだ。


この四人は原初神と呼ばれている。


ボキアは命を生み、それを育んだ。

アブソルは種別を作り管理した。

アルコとミウルは、命と種別により様々なものを創造していった。


当時のアルコは創造神として類稀な才能を発揮し、多くのものを創造していた。


アブソルは優秀なアルコをいたく気に入っていた。


時間が経つにつれ、神の数は増え、管理される世界が増えていくと同時に、四人の原初神の仕事は落ち着き始め、他のことを学ぶ機会も増えた。


すると、アブソルはいろんな世界へアルコを連れて行ってくれるようになった。


もちろん、神にも知らないことは多い。アブソルは世界を見せる中で、アルコに多くのことを教えてくれたのだ。


その中には『闘い』もあった。



アルコはそれに魅了される。

力と力のぶつかり合いだけではない。

時には力を合わせ、時には頭を使い、時には心で闘う。


そんな『闘い』に彼は心を奪われていった。


アブソルはそんなアルコに、闘い方を教えてくれたのだ。


絶対神としてアブソルは、神は常に強くなければと考えていた。世界を管理するためには自分たちが強くあらねばならぬと、深く考えていたのだ。


そのため、アルコが強さを求めることを、アブソルは大いに喜んだのだ。


そうして強さを極めたアルコは『闘神』を名乗ることとなったのだった。



(師よ…いったい何があったというのですか…)



異形の男へ再び視線を向ける。

そして、拳を握ると、想いをぶつけるように地面を殴りつけた。


地面は割れ、アルコのまわりが隆起する。その大きな音に気づいて、異形の男が顔を向けた。



「私が…止めましょう!あなたを…そして、理由を問いただしてみせる!!」



そういうとアルコは一直線にクロスへ飛びかかった。

クロスはルシファリスから手を離してゆっくりと立ち上がる。



「ふん…アルコか。貴様に私をやれるか?」


「確かに力の差は未だあります!しかし!『闘い』とはそれだけでないことを教えてくれたのはあなたです!」


「それは時を選んでこそと教えたことも忘れたか?」



アルコが拳を放つ。

クロスもまた、同じように拳を放った。


その瞬間、両者の拳が激突した。

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