第5話:五人を捕らえ

 最後にその顔を見たのは、半年前だっただろうか。野盗を前に逃げ出すことしかできない農民の、土に汚れた顔だった。それが、デュスノの見た最後の瞬間。


 だが、今見た顔は、同じく土に汚れていると言っても、見違えるほど壮観な顔つきだった。堂々と、力強い目力を持った、まるで希望に満ち溢れた戦士のような目。


 それは――

「おま、え……ハルモ? 何があった……」

 驚愕によって、声が上手く出ない。


 男子三日会わざれば刮目してみよ、とはどこか東の国の言葉だったか。直接顔を会わせたのは、もう何ヵ月ぶりか。

 あの時見た、ひ弱な顔はどこにもなかった。


「デュスノはさ、昔から背が大きかったよね、今もだけど」


 頬に付いた土汚れを拭いながら、ハルモは言葉を続ける。


「君は騎士団に一発合格。聞いているよ、今じゃあ小隊長にまで昇進したんだって」


 僅か一年の間に頭角を見せたデュスノ。半年前の襲撃以降もめきめきと実力を見せて、同期では一番の出世頭となった。


 すごいね、君は。と称賛を送るハルモの言葉に――

「お、おう」

 デュスノは戸惑いながら返事を返すしかなかった。


 だからといって、彼が何しに来たのかということはわからない。ちらりと荷車を見れば、そこには鎖で雁字搦めになった大の男が五人。


 デュスノには、全員見覚えのある顔だった。


「こいつら、ここら辺を荒らしまわっていた野盗や山賊のかしらじゃないか」

「うん。大変だったけど、まだ全員ちゃんと生きているよ」


 去年、ハルモは騎士でもない多少体がでかいだけの奴に負けていた。ハルモはもともとチビなのだ。力も弱い、毎日剣の鍛錬ができるわけでもない。


「だいぶ、時間がかかったけど、これで全員のはずだよ」

「部下もいたはずだろ、こいつら……」

「うん。部下もいたけど、運べるのが五人で限界だったから置いてきちゃった」


 まるで別人のようだと思わせる言動にデュスノは生唾を呑み込む。


「小隊長にまで昇進する君との差を考えたんだ。どうすればそれが埋まるのか。埋まったと思わせられるのか。僕の答えはこれだけだった」


 うめき声をあげる野盗の頭たち。

 デュスノ含めた騎士団がたびたび迎撃しているとは言え、その数はまだまだいる。本格的な山狩りもリスクが高いとされて実行されてこなかったのに、ハルモは奴らを捕らえたというのだ。


 それもまさか、単身で――。


 そこまで考えたとき、デュスノの背筋を冷たいものがザッと走る。

 対して、ハルモはふぅぅ、と息を吐く。


「へとへとだ……デュスノだったら、もっと簡単に捕まえることができたのにね。見ての通り、ボロボロだよ」

「どうやった? お前、どうやってこいつらを捕らえた! 誰の力借りた!?」

「――僕に何ができるのか、試験で証明するよ。まだ間に合ったよね?」

「あ……ああ、受付は、まだやってる」


 有無を言わさぬ気迫に、デュスノはつい答えてしまう。彼が気を取り直すまでの間に、ハルモはゆっくりとだが荷車を牽いて進んでいく。


「待てよ! だから、どうやってそいつらと戦って……」

「僕には君みたいな血筋はないから、どうにかしてがんばるしかないんだ。一人ででもあいつらを倒せるくらいの実力がなくちゃ、君に届かない」


 真っすぐ、射貫くような視線がデュスノに注がれる。


「俺に、届くだと? どの口が――」

「ああ。君はいつも僕より前に居た。血筋があって、体が大きくて、試験に合格して、立派な装いをして。これ以上差を広げられるのは――癪だった」


 幼少期も、騎士になる前も、なった後も、常にデュスノはハルモより前に居た。

 彼にとって、それは彼に強い怒りの感情を与えた。どんなにがんばっていると思っても追いつくことのない自分の弱さが苛立たしく、許せなかった。


 だがそれは、デュスノにとっても同じだった。


 どれだけ後ろに引き離したつもりになっていても、いつの間にかその気配が真後ろにあったように思えた。何度も差を開いたのに、今目の前にこうして彼は立っている。


「ちょっと待ってて。僕もすぐに、同じ場所に立つから」


 それは、すぐに追い抜いてやるという意味でもあるだろう。

 デュスノの蹴り倒してやろうという気概は、とっくに消えていた。


「あ、そうだ。こいつらの報奨金をもらったらすぐに会場に向かうからさ、ちょっとだけでいいから、試験の開始を伸ばしておいてくれない? ね、頼んだよ!」


 そういって、ハルモは急いで施設の奥に消えていく。


 ハルモとデュスノの差は、いつの間にか――踏み越えられていた。



End

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君と僕の差 セラー・ウィステリア @cerrar-wisteria

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