第4話:四季の巡った後

 春の花芽吹く季節が巡ってきた。騎士団の施設にも、春らしい暖かい風が吹く。

 また、新しい騎士を迎え入れる時期だ。

 

――クシュンッ!


 この時期になるとムズムズする鼻を描くデュスノは、寮の窓から街並みを眺める。


「ハルモの奴、今年も本当に受けるのか……?」


 一回落ちたからと言って来年で受かるという団員もいなくはない。ハルモが農家の三男坊だからといって絶対に受からないというわけではない。

 相応の実力を発揮すれば、問題はない。だがそれ以外の要素もなくはないとデュスノも知っている。


 しかし、彼は歴史に名を遺す騎士の血筋。ただの農民が自分と同じ立ち位置に存在することは、どうしても許せない。


 努力すれば、どんな夢も叶えられると信じているその姿が、気に食わなかった。


 デュスノにとって、騎士は『なりたいもの』ではない。『ならなければならないもの』だった。由緒正しくテュケーの街開闢より連綿と続く騎士家系。そこに生まれた以上、男女どちらであろうと騎士になる道が待っている。


 毎日手の皮が擦り切れるような鍛錬を積み、眠る時間を削って兵法を学び、与えられる食事を全て血肉へと変えてきた。

 その努力をあざ笑うように、騎士になりたいと叫ぶ同年代のチビがいた。


「目障りだった。ずっと、ずっと……」


 彼の口の端から漏れた言葉は、ハルモに対する本心だった。

 幼いころから騎士になりたいと口にし、農家の仕事を手伝いながら試験に挑む。中途半端、悪くすれば夢見がちな挑戦が気に食わなかった。


「どうして、あいつはいつも……」

 ――あれほどまでに、輝きを持った歩みを踏み出せていたのだろう。


 その疑問を自覚したとき、デュスノは壁を殴りつけていた。



 去年の入団試験から丸っと一年。試験会場に、少年少女が集結する。


 ハルモの姿は、この場になかった。騎士になるという想いを維持し続けるには、この忙しい毎日の中で一年は長すぎる。特に一度不合格になったという落胆は、非常に大きな枷となるだろう。

 子どものころからの憧れと言っても、失うまでは一瞬だ。


「結局あいつも、その程度だったってことだ」


 どこか安堵している自分を、デュスノは無視した。ハルモのことばかり気にかけている暇はない。

 自分が入団してから一年。ようやくここで初めての後輩ができるのだ。


 先輩として後輩の様子は見ておく必要がある。指導が必要になりそうな奴も最初に目をつけておかなくてはならない。

 いない者になど、興味を裂いている暇ない。


「よし、ちょっと見に行って……ん?」


 ふと、施設の外が騒がしい気がした。がやがやと何か騒いでいる。

 また野盗でも出たことで報告が上がったのだろうか。そう思って寮を出て柵越しに外を見てみれば、デュスノの予想はある意味で当たっていた。


「誰だ? あいつ、何を引っ張っているんだ……」


 ガラガラと荷車を引いている者がいた。

 その周りに人だかりができているようで、デュスノの位置からでは荷車の中身がよく見えなかった。


 珍しい行商人が来たり、旅芸人でも来たりしたときはああして荷車の周りを人が囲むものだ。しかし、そんな風には見えない。

 荷車を引いているのはぼろぼろのマントをフードごと頭から羽織っている小柄な、わずかに見えている手足のごつさや肩幅から見て、男らしい。


 どう見ても行商人でも旅芸人でもない。


 むしろ浮浪者といった方が分かりやすいくらいだ。


「入団試験の日だっていうのに、目の前で騒ぎを起こしやがって。蹴り倒してやるか」


 入団希望者にとっても迷惑だろうと判断し、デュスノは急ぎ施設の外に向かう。

 溜まっている人だかりを押し退けて進んでいく。


 騎士が来たと知れば人々は道を空け、マントの男の前にデュスノは立つ。


「おいお前、今日が何の日かわかっていてこんな騒ぎをここで起こしているのか?」


 ずいぶんとどすの効いた重い声。一触即発かと警戒した市民は距離を取り、マントの男の姿が太陽と風にさらされる。


「……今日、騎士団への入団試験ですよね」

「わかっていてやって、覚悟はできているんだろうな?」


 コクリと頷くマントの男のフードが、轟と吹いた風によって跳ね上がる。


「――ッ! お前、なんで……」

「久しぶり、でいいのかな。デュスノ」


 土に汚れた顔がそこにあった。

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