霧が晴れた日
24.エピローグ
この地方でも、こんなに暑くなるのかという程に気温の上がった平日。
世間一般には、お盆と言われる季節、僕は慧と共に街の方へと出かけていた。
「お似合いのカップルだ。包帯だらけでさ」
「壮絶な喧嘩の後ってか。笑えない冗談だ」
互いの格好を見て、今日何度目かのブラックジョークを1つ。
僕も慧も、頭のてっぺんから足の先まで、所々包帯が巻かれていた。
更に、僕は利き腕の左腕、慧は右足にギプスを付けていて、傍目から見ても痛々しい2人組になっている。
こうなったのはつい先日。
霧の中に巻き込まれた日の出来事のせいだ。
夢の中の様な、あり得ない世界での怪我がそのまま持ち越されたわけではない。
何が何だかいまだにわからないのだが、どうやら僕達は散歩に出た先の公園で派手にやらかしていたらしい。
霧の中の世界に関して相談しようと、公園に呼び出していた葵と一博が、酷い怪我をして気を失っていた僕達を見つけて救急車を呼んでくれたそうだ。
目が覚めると、病院のベッドの上。
横のベッドには傷だらけの慧がいて、そこから数日間、予期せぬ入院生活が待っていた。
手当やらリハビリやら…大怪我が数か所なれど、そこまで深刻な怪我では無かったのは、不幸中の幸いだった。
そして退院して、徐々に体の自由が戻ってきて、やってきたお盆の1日。
僕と慧は、病院の中で話していたことを実行に移そうと、傷だらけの体に鞭を打って外に出て、今に至る。
「花屋ってここに入ってたっけ」
「さぁ…隅の方に行けばあるイメージだったけど、お盆の時期ならお盆フェアみたいな感じでさ、特設コーナーの一つや二つあるでしょ」
「それもそっか」
「花に蝋燭に線香…」
「お供えで何か買ってっか?」
「そうだね。適当に盆菓子でも。置く場所無かったら持って帰れば良いし」
普段より時間をかけてやって来た、駅前のショッピングモール。
僕達は互いに互いをフォローしつつ、お参りの準備を進めていた。
・
・
「暑い…」
空調の効いたショッピングモールで買い物を済ませて、そのまま連絡通路を通って、これまた空調の効いた駅へ移動して、滅多に人が行かない方面へ出る電車に乗って十数分。
ワンマン電車に揺られて向かったのは、最寄駅から3駅しか離れていない無人駅。
切符を通して外に出て、そこから更に徒歩で30分。
人もおらず、車も滅多に通らない、それなりの規模の市の近くとは思えない程に痛んだ田舎道を歩いてやってきた先は、これまた忘れかけられたように寂れた墓地だった。
「ベンチの1つや2つ、無いのかな」
「高望みだな。何もねぇや」
「ここから、大丈夫…?松葉杖で」
「ゆっくり行けば何んとか」
ボコボコになった歩道から、墓地の敷地へと足を踏み入れる。
お盆の時期と言えど、既に後半…ましてや平日。
Uターンラッシュが騒がれるようになっている日に、こんな辺鄙な土地の墓に来る者は僕達を除いていなかった。
木々の生い茂る中、急に現れた丘に墓地が並ぶ…というような場所。
整然と墓地が並んでいるけれど、所々並びが雑に当たり、それなりに昔から存在する墓地であることが分かる。
「どこだっけ?」
「俺が言うには、見晴らしの良い場所に立ってる地蔵だって」
「見晴らしのいい場所…」
不整地の上。
僕達は息を整えるついでに立ち止まって、周囲を見回す。
見晴らしのいい場所と言えば丘の上の方だろうと、2人揃って目線を上の方へと上げた。
「あれかー」
目的のものは直ぐに見つかる。
分かりやすい…丘の一番上に立った、それなりに大きなお地蔵様。
僕達は目を合わせて、もう一度お地蔵様がある場所を眺める。
「登れそう?」
「ゆっくり行かせて」
「ファイト―」
力ない声。
2人そろって、今まで以上に重くなった1歩を踏み出した。
丘の上まで5分ほど。
不整地の、砂利と土が混じったような獣道の上をゆっくり歩いて辿り着く。
この墓地全体を見下ろすように立てられたお地蔵様。
足元には、幾多の蝋燭と線香が置かれていた。
「お供えは要らなかったね」
「ま、置くだけ置いて、持って変えりゃいいさ」
目的地に辿り着いた僕達は、買って来たお参りセットを出した。
蝋燭に火を付け、線香にも火を付けて、地蔵の足元へ。
花は、空いていた花瓶に挿してやる。
「結局ココにはいないんだけどな」
お盆らしいことをやりながら、慧がボソッと呟いた。
彼の言う通り、僕達がお参りに来た対象は、ココに居ない。
「共同墓地に入れられた…って聞かされちゃねぇ…」
この地蔵は、共同墓地の墓標。
何度も何度も"やり直した"世界の中の幾つかで、僕達が入れられたお墓がここだ。
霧の世界が晴れる頃、彼らは名残惜しそうにしながらも、僕達に幾つか昔話を話してくれた。
「死んだら墓は要るだの要らねぇだのって、考えるのはずっと先だと思ってたけどもよ、墓が無いって言われると、ちょっと来るものがあるよな」
「ねぇ…全部が全部そうじゃなかったとしても、何処かの"周回"の僕達は、親から墓も貰えなかったって、考えちゃうとね」
「そりゃ、あんな感じでグレるわけだ」
慧はクスッと笑ってそう言うと、直ぐに表情を元に戻す。
会話が途切れ、僕達は示し合わせた訳では無いのに、2人そろって手を合わせた。
「…ここ、丘の上だけあって見晴らし良いな」
「ねー、遠くに海も見える」
「偶に来てやろうか?」
「次は来年かな。怪我が治る頃には雪の中だよ。僕は良いとして、慧に歩いてくるガッツがあれば別だけど」
「……来年なら、もしかして車?」
「誕生日が9月だから、お彼岸だね」
僕はそう言ってニヤリと笑うと、携帯を取り出して待ち受け画面を彼に見せる。
「モノはもうあるからね。あとは時間が解決してくれる」
そう言うと、慧は驚いたような顔を浮かべてから、すぐに優しげな笑みを浮かべた。
「じゃ、とりあえず1年、死なない様に生きてみるか」
冗談の様に感じる言葉なのに、彼の一言は妙に身に染みた。
僕は霧中で嘲笑う 朝倉春彦 @HaruhikoAsakura
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